【佐藤優の眼光紙背】第14回:2008年の展望・パキスタン情勢に注目せよ - 佐藤優
※この記事は2008年01月01日にBLOGOSで公開されたものです
新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。2008年の国際情勢は、相当の波乱含みになるものと思う。
まず注目しなくてはならないのは、パキスタン情勢の流動化が高まったことだ。2007年12月27日、野党指導者のベナジル・ブット元首相が、イスラーム原理主義過激派によって暗殺された。仮に暗殺者がムシャラフ大統領に近い勢力であったならば、パキスタンは大混乱に陥ったであろう。今後の情勢の推移については、暗殺者がイスラーム原理主義過激派であったため、ブット元大統領の支持勢力である親欧米(民主派、人権派)も、「軍事独裁のムシャラフ政権の方が原理主義過激派よりはまし」という消極的選択をし、2~3カ月の単位で見るならば、ムシャラフ現政権の基盤が強化されることになると筆者は見ている。しかし、総選挙を巡って、情勢が混乱するならば、ムシャラフ政権がパキスタン全域を実効支配できないという状況も生じかねない。特にパキスタン西部とアフガニスタンにまたがって居住するパシュトゥーン人には、タリバーン勢力が根強い基盤をもっている。ムシャラフ政権が弱体化することによって、この地域にアルカイダに連なるイスラーム世界革命を目指す擬似国家が成立する可能性もある。
パキスタンは核保有国だ。アメリカは、アルカイダに連なる勢力が核兵器をもつ蓋然性が高まれば、「核ジャックを防ぐ」という口実で武力を用いた介入を行うであろう。これに対して、「イスラームの館に対する異教徒アメリカの侵略を許すな」とのスローガンで、アルカイダ勢力が中東、ヨーロッパでテロ活動を起こし、更にそれがチェチェンのワッハーブ派(イスラーム原理主義過激派)を刺激して、ロシアでもテロが多発する可能性がある。
イランもしくはシリアとイスラエルの間で第5次中東戦争が勃発するならば、それは欧米を巻き込んだ第三次世界大戦に発展する。パキスタン情勢が悪化した場合、局地紛争にとどまる可能性の方が高いが、イランが「アメリカは、イラク、パキスタンに忙殺されているので、イランに対して介入することはできない」という誤った見通しに基づいて核武装に踏み切るならば、イスラエルは、確実にイランを攻撃する。イスラエル・イラン戦争が始めれば、アメリカが局外中立の立場をとることはない。必ずイスラエル側で参戦し、ヨーロッパもこの戦争に巻き込まれ、第三次世界大戦に発展する可能性が高い。
アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、イスラエルなどの国際情勢専門家が、最悪のシナリオである第三次世界大戦について、本気で情勢分析をし始めていることを、日本の専門家はどうも皮膚感覚で理解していないようだ。このままでは2008年に日本が国際社会から一層取り残されることになると筆者は懸念する。(2008年1月1日脱稿)
プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家の罠」(新潮社)など。
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。