【赤木智弘の眼光紙背】第9回:公益と利益と著作権 - 赤木智弘
※この記事は2007年11月29日にBLOGOSで公開されたものです
滋賀県彦根市で11月25日まで開催された、「国宝・彦根城築城400年祭」のマスコットキャラクターである「ひこにゃん」を巡って、著作権上の問題が起きている。ひこにゃんの作者が彦根市に対し、ひこにゃんの利用制限を求める調停申立書を彦根簡易裁判所に提出したというのだ。市は基本的に、申請さえすれば無料で利用を承認しており、これを多くの業社が利用して、ひこにゃん人気が沸騰したのだが、その一方で、作者の意に沿わないキャラクターの改竄やキャラ設定が行なわれてしまったことが、大きな問題となっている。
最近の著作権問題といえば、「大きな権限をもつ著作権者が、著作物による利益を独占しようとして、ユーザーによる複製などを問題にする」ような話が多いのだが、今回の件は著作権者である市が、著作物を広く利用させようとしていることに対して、作者が著作人格権の行使をもって異議を唱えているという、私としては「珍しいな」と感じる事例である。
作者は、同一性保持権への侵害を理由に意義を申し立てているのではあるが、「お肉が好物で、特技はひこにゃんじゃんけん」という設定程度では、キャラクターとしての同一性が変更されているなどとは言えないであろう。
また、祭の期間中のみ自由に利用できるとしたキャラクター利用者との契約が延長されたことについても、「原作者に一言あってもいいかな?」とは思うものの、権利上なんら問題は存在しないと思われる。
このように単純に考えれば、「作者が人気の出たひこにゃんを独占したいだけじゃないの?」と思えてしまうのだが、そう理解していいものだろうか?
市がほとんど無制限に申請企業に許可を出し、その企業が「ひこにゃんのようなもの」をデザインし販売しており、それに対して市が必要な措置を講じていない現状を考えれば、作者の感情(そこには産みの親としての感情もあれば、ビジネスとしての感情も含まれる)から生まれる主張には、しっかりと道理が存在しているのではないか。
だが、「それもまた人気キャラクターの運命」と言えなくもない。
ひこにゃんの人気は、厳格にキャラクターを管理しなかったおかげで高まったともいえる。この点は違法なアップロードや、同人誌やなどから人気が拡大するような、昨今のアニメやマンガの事情とも似ている。
しかし、ひこにゃんの万人ウケするかわいらしさは間違いなく作者の実力であり、それを抜きにしてのひこにゃん人気もありえなかった。
結局、キャラクターの人気と、作者や著作権者の利益を両立させるためには、そのどちらに偏らない、柔軟なバランス感覚が重要になってくる。私にはそうした感覚が、市と作者、両者共に欠如しているように感じてならない。
で、結論としては「どちらの考え方もわかるけれど、もう少し譲歩ができないか?」という、どっちつかずの判断を下すしかない。その言い訳として、最後に著作権法の第一条を引いておきたい。
「この法律は、(中略)著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。」
こうしてみると、著作権法自体が、公益と利益の双方を天秤にかけ、どっちつかずであることを受け入れている法律なのである。
そうした状況を懸念し、著作権を利益偏重にしようと考えるのが、最近の著作権者の思考なのだろうが、私としては今回のような問題がおこりつつも、ケースバイケースで判断しながら、どっちつかずの状態を保ってほしい。そこに著作権法が寄与すべき「文化」の意味があると、私は考えている。
プロフィール:
赤木智弘(あかぎ・ともひろ)…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。近著:「若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か」
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。