【佐藤優の眼光紙背】第8回:グルジア情勢の緊迫 - 佐藤優
※この記事は2007年11月20日にBLOGOSで公開されたものです
グルジア情勢が相当緊迫している。11月7日、親欧米のサーカシビリ・グルジア大統領は、首都トビリシで大統領退陣を求めたデモ隊を催涙ガスや放水で強制排除した。<保健当局によると、デモ参加者ら五百人以上が負傷し、病院で手当を受けた。大統領は野党寄りとされる二つのテレビ局にも治安部隊を送り、野党関係者らを拘束、放送を中止させた。アルベラゼ経済発展相は、国営以外の全テレビ局の放送が禁止されると説明した>(共同通信11月8日)。
グルジア政府は、このデモを裏側でロシアが画策しているとして、トビリシ駐在のロシア人外交官3名を国外追放にし、駐露グルジア大使を本国に召還した。外交の世界で、大使の本国召還は、もっとも強い不快感の表明である。11月7日、サーカシビリ大統領はグルジア全土に15日間の非常事態を宣言し、デモや集会を禁止した。もっともこの非常事態は15日間も続かず、9日後の17日に解除されている。しかし、情勢は依然、緊迫しており、いつ騒擾事件が発生してもおかしくない。
ロシアの外交官が、グルジアの親露派に梃子入れしていることはまず間違いない。しかし、これほど大規模な大衆行動を組織する力がロシアにないことも明白だ。日本ではあまりよく知られていないが、1991年12月のソ連崩壊後に成立したグルジアのどの政権も国全体を実効的に支配することができていない。特に黒海沿岸のアブハジア自治共和国にグルジア政府の統治権は及んでいない。南オセチア自治州やアジャール自治共和国においても現地政権の力の方が圧倒的に強い。工業がほとんど解体してしまったグルジアでは、国民が封建時代のような自給自足に回帰しつつある。トビリシを中心とする地域を支配するサーカシビリ政権は、ロシアの脅威を煽ることで、欧米からの資金援助を獲得し、それで権力を維持しているに過ぎない腐敗政権だ。サーカシビリ政権が親欧米であることは確かだが、決して民主的な政権ではない。このような状況に対する国民の反発が臨界点に達しつつあるのだ。
来年1月5日、グルジアで繰り上げ大統領選挙が行われることになった。ここで親露派の大統領が誕生したら、グルジア民族主義過激派との間で内戦が勃発する危険性がある。サーカシビリ大統領が再選しても、グルジア全土が統治できないという状況が続く。いずれにせよグルジアは「出口なし」といった混迷した状態が当面続くことになろう。このような状況で、パンキシ渓谷を中心とする国際テロリズムの基地をどう封じ込めるかは、重要な課題になる。米露欧日が連携し、コーカサスの安定を真剣に考える時期に来ている。(2007年11月20日脱稿)
プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家の罠」(新潮社)など。
眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。