21世紀に再び「陸と海の戦い」が始まったのかもしれません(写真:Ystudio/PIXTA)

ウクライナ侵攻は21世紀版「海と陸の戦い」である。長年、世界を支配してきた「海の帝国」は、「陸の帝国」の挑戦を退けられるのか。

元朝日新聞社長で政治哲学や文明論に詳しい木村伊量氏と、近著『次なる100年』を上梓し、21世紀の文明のあり方を論じた水野和夫氏が縦横に語り合う。

21世紀に生じた「海と陸の戦い」

木村伊量(以下、木村):戦後の世界を少し長いスパンで考えたときに、21世紀の最初の四半世紀をどう捉えるか。私は、第2次大戦後に超大国として君臨したアメリカとロシアの両国で、ほぼ同時期に現れた指導者が21世紀の最初の四半世紀を象徴しているように思えてなりません。ロシアのプーチン氏、そして、アメリカのトランプ氏です。


プーチン氏が郷愁を持ち、かつ目指しているのは「大ロシアの復活」だと言われています。冷戦終結で失った旧ソ連時代の領土を取り戻すだけではなく、イワン4世(雷帝)やピョートル大帝、さらにはスターリンになぞらえる見方もあって、ツァーリ(皇帝)の復活を志向しているとも言われます。プーチン王朝ですね。

一方、トランプ氏は「アメリカ・ファースト」というスローガンを掲げ、自国中心主義を訴えてアメリカを世界から孤立させ、分断させた。国際社会のルールにも背を向けて、公然と「力の政治」を復活させるという極めて退行的な姿勢を打ち出しました。

第2次世界大戦を勝利した核の超大国として圧倒的な力を有する2つの国家において、公然と「力の政治」を唱え、「過去の栄光」の再興を訴える指導者が登場した。このことは、戦後、私たちが築き上げてきた「平和」や「民主主義」といったシステムを壊しかねない、かつてない危機と言ってよいでしょう。

水野和夫(以下、水野):今回のロシアによるウクライナ侵攻を世界史的な視点で捉えるならば、カール・シュミットが唱えていた「陸と海の戦い」がもう一度始まったと見るべきだと思います。

資本主義社会が始まって以来、この400年は海の時代が続いてきました。海の時代というのは、各国の国境は存在するものの、領土が重要な意味を持つわけではない。市場メカニズムをフルに活用し利潤を極大化し資本の自己増殖を図ることに最大の目的があるので、そのために重要なことは、海洋を支配して、人・もの・金の往来を自由にし、グローバリゼーションを推し進めていく。さらには、グローバリゼーションのためのルールを世界市場で統一化していくことです。

このような「海の時代」における競争は、イギリスとアメリカ、つまりアングロ・サクソンがズバ抜けて秀でていました。ミリオネアの上位リストを見ると圧倒的にアメリカ人が多く、ロシア人はごくわずかです。ロシアの新興財閥(オリガルヒ)が注目されていますが、彼らはトップテンには入っていません。

ロシアは、1991年に旧ソ連が崩壊して以降、資本の極大化という「海の戦い」に参入したものの、まったくうまくいかなかったのがこの30年だったと思います。ロシアの人たちも自分たちは海の国、すなわち市場経済には向いてないと認識したことでしょう。

20世紀の初めに、アメリカは、債権国が債務国を指導するというルールを唱え始めました。ドイツのシュミットなどはこれに猛然と反対しましたが、国際収支発展段階説なども出てきて、所得収支の黒字の大きさが国家の優劣を決めるという流れが定着します。

そして、所得収支をいかに黒字にするかという点では、アメリカは現在でも圧倒的な優位性を保っています。一方で、IMFの統計をみると114カ国中、ロシアは下から6番目の超支払超過国(所得収支赤字国)です。90年代に資本主義社会に参入して以降、一度もプラスになったことがありません。

木村:一度もないのですか。資源輸出で外貨を稼いでいる印象がありますが。

水野:確かに、ロシアは資源の輸出で貿易収支が黒字で、経常収支も黒字を維持しています。経常収支を累計したものが対外純資産(=対外資産マイナス対外負債)となり、経常収支が黒字ですから対外純資産はプラスです。ところが、ロシアの場合、対外資産が生み出す利子・配当受取額よりも対外債務の利子・配当支払い額のほうが上回っているのです。したがって、所得収支は赤字となっています。

1992、1993年の頃は混乱期だったので統計が欠落しているのですが、結局、所得収支赤字が続いているのです。2013年が出超のピークで、そこから所得収支赤字が多少は小さくなりましたが、それでも世界の中では、下から6番目の出来の悪い国ということです。

中国も「海の国」としては劣等国

水野:こんなことを続けていては、いつかアメリカの軍門に下らざるをえなくなるという危機感は高まっていたはずです。近代化の競争の果てに、米ソ冷戦で敗れて、資本主義のルールの下で、エリツィンとプーチンで頑張ってはみたものの、アメリカの相手にはならない。

ならば、ゲームのルールをまったく変えてしまおう。「海の国」のルールでは勝算がないので、元来のロシアである「陸の国」に戻って、領土の拡大を推し進めていこうと、こう考えるのは不思議なことではありません。こうしたことが、ウクライナ侵攻の底流にあったのだと思います。

木村:なるほど。「陸の国」の反逆というか、決起というか。そういう意味では、中国も「陸の国」と捉えるべきですよね。


木村伊量(きむら ただかず)/元朝日新聞社社長、国際医療福祉大学評議員。1953年、香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社入社。政治部長、東京本社編集局長、ヨーロッパ総局長などを経て、2012年、朝日新聞社代表取締役社長に就任。2016年、英セインズベリー日本藝術研究所シニアフェロー。現在、国際医療福祉大学評議員・大学院特任教授。著書に『私たちはどこから来たのか 私たちは何者か 私たちはどこへ行くのか:三酔人文明究極問答』(ミネルヴァ書房)がある(撮影:尾形文繫)

水野:はい。先の所得収支が、世界でもっとも出超なのが中国です。中国は積極的に外資を導入して発展しているように見えますが、国家としては、高い利潤を外国に支払っている国なのです。一方で、中国が国外で行っている投資、アフリカや東南アジアなどに積極的に投資をしていますけれども、それらはまったく儲かってはいない。

ですから、中国も、俺たちも資本主義には向いてないなと。「世界の工場」などとおだてられていますけども、所得収支の赤字は世界最大ですから、やがて、ロシアと同じように、「海の国」のルールに背を向けて、領土拡張や膨張主義へと舵を切るかもしれません。

木村:ユーラシアの北と南に位置する、ロシアと中国いう2つのメインプレイヤーが、今後、どういった動きをするかは目を離せません。中国とロシアの関係は、手を結び合ったり、牽制し合ったりで、近代以前の清の時代から国境紛争もありましたし、なかなか中ロは一枚岩にはなれないでしょう。

ウクライナとの関係では、中国とウクライナの関係は深い。中国初の空母「遼寧」はウクライナのニコライエフ造船所でつくられて1988年に進水したもので、両国間には軍事的なつながりもある。十数年前には相互で、ウクライナが核攻撃を受けた際には、中国が助けるという条約まで結ばれているわけです。ですから、もしロシアがウクライナに対して戦術核を使った場合、中ロの間には微妙な問題が生じることになります。

ロシアとしては、中国を引き入れて、「中ロ中軸」のような形にしたいのかもしれません。エネルギーでも、軍事技術の提供、武器の提供でも、中ロが強固に手を組んで国際社会の中で存在感を示していく。中ロvs.ほかの国といった、まさに水野先生が言われたような「陸の国」vs.「海の国」の戦いになっていくのか。歴史の転換点と言っても過言ではない、たいへん興味深い時代を迎えていると思いますね。

水野:アメリカとしては、中ロが一体化したら大変厄介で、アジアとヨーロッパの二正面で戦わなければならなくなる。だから中国には、せめて中立的であってほしいでしょう。


水野和夫(みずの かずお)/法政大学教授。1953年、愛知県生まれ。法政大学法学部教授(現代日本経済論)。博士(経済学)。早稲田大学政治経済学部卒業。埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)などを歴任。著書に『終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか』(日本経済新聞出版社)、『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)、『次なる100年』(東洋経済新報社)など多数(撮影:尾形文繫)

木村:中国も位置取りは難しいですよね。ロシアは今、世界中から「悪の帝国」のレッテルを貼られているわけですから、それと手を結ぶとなれば、中国が2次的な制裁の対象になりかねない。この秋、異例の3期目を目指して世界に冠たる大中華帝国の完遂をめざす習近平氏にとっては、今回の事態は痛しかゆし。そうでなくても順調とは言えない中国の経済成長に、さらにマイナスのドライブがかかることになる。

プーチン氏のロシア国内での権力基盤がどこまで安泰かは不透明だし、中国が単純に「反米・反NATO」でロシアと手を組むことはしないでしょう。中国の対ロ貿易は対外貿易総額の5%程度にすぎません。今後の国際社会は、冷戦のときのような東西陣営の対立といったわかりやすい構図にはならない。ある分野では対立するが、ある分野では協力もする。そういった多面志向のモザイク模様が強まっていくと見るべきでしょう。

いま重要なのは、親ロシアか、反ロシアか、敵か味方か、という色分けをあまりに鮮明にして世界を二分化しないことです。戦況の帰趨はなおわかりませんが、ロシアが軍事的、経済的に追い込まれると、本格的な戦争状態に移行して国民に総動員体制を強いることも想定されます。

侵攻から戦争への局面転換は、避けなければなりません。窮鼠猫を咬む――その揚げ句に見えてくるのは、たとえ限定的であれ戦術核使用という破滅的な事態です。第3次世界大戦への導火線に火をつけかねない。ギリギリのところを見極めることが必要です。

欧米諸国がゼレンスキー大統領のもとで善戦し、意気上がるウクライナへの軍事支援を増強するのは仕方ないところですが、これはたいへん危険なスパイラルに陥りかねません。一方で、冷静で賢明な「出口戦略」を探る時期に来ています。バイデン大統領もプーチン大統領を「戦争犯罪人」とこきおろすだけでなく、悔しいけれども、世界が見えなくなっているプーチン氏をこれ以上暴発させないために、外交的な解決の糸口を何とか探るべきです。

世界が破滅の淵に立った1962年のキューバ危機をとどめたのは、ケネディとフルシチョフ、米ソ首脳の対話でした。そのことに思いを致すべきだと、米コロンビア大学のジェフェリー・サックス教授は主張しています。

グローバリゼーションは脆弱なシステム

水野:ロシアでは、西側の外資の資本が次々と接収されています。多くの人がグローバリゼーションにはこんなにリスクがあったのかと痛感させられたと思います。接収したほうも、たとえば、スタバのコーヒー豆やマクドナルドの加工材料が入ってこなくなるので、あまり価値はないと思うのですが、投資している西側世界からすると、投資した資産が消失するかもしれない。それからロシアからの支払い、配当とかもゼロになるわけで、投資した分が回収できないということになる。

グローバリゼーションというのは、1つの会社のサプライチェーンが月を往復する距離という驚異的な物流網によって支えられている。冷静になって考えてみると、それはかなり脆弱で歪んだシステムだと言えるでしょう。

木村:グローバリゼーションというのは、企業の側から見ると、安全で安価な物流網が維持されて、その物流網を使って効率的な生産・供給を行っていくことができる。だから、国外に進出するメリットが大きかったわけですが、いま、その仕組みに対する根底的な不安を世界中の経営者が感じているでしょう。

水野:原材料や製品だけではなく、エネルギーも相当な長さの物流網で結ばれています。それについても、危機が高まっています。また、アフリカのサブサハラなどでは、また児童労働が増え始めているという。アジアではアパレル企業などが子どもたちに労働させて、それで安価なTシャツを作っていると追及されて、結果、アジアでは児童労働が減りました。しかし、アジアで減った以上に、アジア以外の地域で児童労働が増えている。

そこまでして、手に入れたいものとは何なのか。いま世界は、目に見えないところで相当ひどい状態になっていると自覚すべきです。そもそも児童労働など、国際法で禁止されているはずなのですが、それが増えているということは、経営者が見て見ぬふりをしているか、あるいは本社に報告が来ないようにしているとしか思えません。現実を見ていないという意味では、グローバル企業のガバナンスもプーチンのロシアと同じだと言ってよい。

文明の危機の正体

木村前回の対談で、24時間で世界中を巡ってしまう新型コロナウイルスによって、いかに金融資本主義のエンジンとなってきたグローバリゼーションが脆くて、われわれがそういう一種の仮想現実のシステムの下で生きているかを認識させられた、という話をしました。

その後に、ウクライナ侵攻が始まったわけですが、今回のロシアによる野蛮な侵攻が浮き彫りにしているのは、相互依存の信頼関係がほころびた世界が広がり、グローバリゼーションの未来を左右する転機になるということでしょう。


それは、単にロシアの孤立によって生じる、世界のサプライチェーンの危機ということだけではありません。ロシアに対する経済制裁が続くことで、原油などエネルギー価格が上がり、電気代が上がり、「ヨーロッパのパンかご」と言われたウクライナが疲弊することで小麦の値も上がっていく。これが常態化して、これまでと同じ水準の生活が続けられなくなる人たちも出てきています。

喫緊の課題とされた地球温暖化の問題はしばらく横に置いて、化石燃料や原発に頼って危機をしのごうという動きが日本でも加速しつつある。ただ、ロシアへのエネルギー依存が高いドイツは、2035年には国内の電力供給をほぼ再生可能エネルギーでまかなうと表明しています。停止を決めた原発の運転延長への道もふさいでおり、「脱ロシア」への決然とした国家意思を感じます。「持続可能な開発目標」(SDGs)という指標も大きな試練にさらされている。私たちは現代文明の重大な岐路に立っている、といっても過言ではないでしょう。

水野:マルクスが「資本は文明の別名だ」と言っています。近代文明は「海の文明」であり、シュミットのいう16〜17世紀の「陸と海の戦い」が再び21世紀に始まったと言えます。「陸の野蛮」が「海の文明」を道連れにしようとしています。これが21世紀の文明の危機の正体だと思います。

(後編へつづく)

(木村 伊量 : 元朝日新聞社社長、国際医療福祉大学評議員)
(水野 和夫 : 法政大学教授)