帰宅すると玄関に女物の靴…。妻の外出中に夫が自宅に呼んだのは
結婚3年目の夫婦に、待望の第一子が誕生。
これから始まる幸せな生活に心を躍らせたのも束の間―。
ささいなことから2人の愛情にひびが入り始める。
すれ違いが続き、急速に冷え込んでいく夫婦仲。
結婚生活最大の危機を、2人は乗り越えられるのか？
◆これまでのあらすじ
これまでは嬉しかった、昌也のプレゼントや気遣いが、どんどん鬱陶しくなっていく彩佳。彼の一挙一動にイライラしてしまう彩佳は、体に触れられるのすら嫌になっていた。
「久しぶりに外でリフレッシュしてきたらどう？」
日曜日の朝。
彩佳がリビングで温かい紅茶を飲んでいると、昌也がこんな提案をしてきた。
昨晩、彼を拒絶してしまい、なんとなく気まずかったから、意外に思う。
「でも、結衣がいるし…」
ありがたい申し出だが、不在にするのは気が引ける。昌也に結衣の世話を任せるのも不安だ。
そんな彩佳の心配を解消するように、昌也が続ける。
「ミルクもオムツ替えもマスターしたし、3時間くらいなら大丈夫。ランチしたり、買い物でもして気分転換しておいでよ」
「そうかな…」
やはり不安が残る。3時間と簡単に言うが、必ず1回は結衣が起きるだろう。
「不安かもしれないけど、まずはやってみよう。俺も、育児の大変さを分かち合いたいんだ。ほら、出かける準備して」
だが昌也は、自分で世話をする気満々らしい。彩佳をなかば強制的にドレッサーの前に座らせた。
「本当に…いいの？」
ここまで言ってくれるなら、一度任せてみるのもアリかもしれない。
積極的な昌也の姿勢に、彩佳の考えも次第に変わっていく。
「任せて！どうしてもダメなら連絡するから」
「そうね。じゃあ、近くにいるからお願いしようかな」
彩佳は、昌也に背中を押され、産後初のひとり時間を満喫することにした。
産後初の外出を楽しむ彩佳。久しぶりのランチや買い物でリフレッシュできたが…
つかの間のリフレッシュ
「暖かくなったなあ」
新緑がまぶしい季節。
彩佳は、羽織ってきたカーディガンを脱いだ。
結衣が生まれた頃は天気が安定せず、まだ寒さと暖かさを繰り返す日々だったが、すっかり暖かくなった。今日は暑いくらいだ。
昌也から連絡がきたらすぐに戻れるよう、日本橋界隈を歩いてみることにする。
現在、11時30分。14時過ぎまでの、つかの間のひとり時間だ。
「まずは、ランチでもしようかな」
彩佳は、千疋屋総本店の2階にある『デーメテール』で、久しぶりにスパイシーココナッツカレーライスをいただくことにした。
ピリッとしたスパイシーさとココナッツミルクの甘みが絶妙で、昔から彩佳のお気に入りだ。帰りにフルーツサンドでも買って帰ろうかと、心が弾む。
カレーが運ばれてくるまでの間も、彩佳はついスマホを気にしてしまう。
もし連絡がきたら、すぐに戻らなければ。店員への詫びなど、頭の中でシミュレートしてみる。
そうこうしているうちに、ウェイターがカレーを運んできた。
「いただきます」
本当はゆっくり味わいたかったが、万一に備えてカレーを掻きこむ。もう一度スマホに目をやるが、昌也からのSOSはない。
― 案外、うまいことやってるんだ。
時刻は12時を回ったところ。まだまだ時間はある。
早々に食べ終えた彩佳は、コーヒーでも飲んでいこうと、マンダリンの『グルメショップ』にあるカフェに立ち寄った。
テラス席を陣取り、テイクアウトしたコーヒーで、一息つく。
「ふぅー」っと、外の空気をたっぷりと吸い込むと、心がとても落ち着いた。
そして彩佳は、昌也からの連絡がないのを良いことに、日本橋高島屋まで足を伸ばす。
フロアの一角に、ある有名スタイリストが手がけるブランドのポップアップストアを発見し、テンションが上がる。
トップスとパンツ、それぞれ1枚ずつ購入した。予想外の出費だったが、ご褒美だと思うことにする。再度スマホを確認するが、連絡はない。
― やればできるんじゃない！
昨日拒絶してしまったことを深く反省する。やはり自分には、昌也しかいないのだ。
「化粧品も新調していこうかな」
彩佳は、約束の14時まで、思う存分リフレッシュすることにした。
◆
「やばい、泣き止まないんだけど…」
彩佳が出かけてから20分後。
昌也は、結衣を抱えながらうろたえていた。
意気揚々と世話を買って出たものの、いざ結衣が泣くとパニックだ。
オムツも替えたし、とりあえずミルクをあげてみるが、どうにも泣き止まない。
ヒートアップする泣き声に、昌也も余裕がなくなっていく。
― 彩佳に連絡しようかな…。
だが、まだ20分しか経っていない。こんな短時間で呼び戻すのは情けないと、パパとしてのプライドが邪魔をする。
それに、最近笑顔が減り、疲れ切った様子の彩佳には、きちんとリフレッシュしてほしい。
しかし、彩佳が帰ってくるまであと2時間以上もある。この難局をひとりで乗り切れるとは思えなかった。
「そうだ！良い助っ人がいるじゃないか！」
あることをひらめいた昌也は、スマホを手にとった。
清々しい気持ちで帰宅した彩佳を待ち受けていたのは…？
招かざる助っ人
◆
「ただいま！…って、え？」
玄関を開けた彩佳は、すぐに違和感を抱いた。
見知らぬフラットシューズは、明らかに女物。リビングへと続く廊下には、百貨店の紙袋が無造作に置かれている。
― だ、誰か来てるの…！？
予想外の展開に、久しぶりの外出で浮かれていた彩佳は一気に現実に引き戻された。
呼吸を整えて、おそるおそるリビングに入る。
「あら、彩佳さん。おかえりなさい。ゆっくり羽を伸ばせたかしら？」
彩佳を出迎えたのは、結衣を抱えた義母だった。思いやるような言葉とは裏腹に、その目は冷めていた。
「すみません、ご迷惑をおかけして…」
頭を下げると、義母の視線が手にしていたショッパーに向けられる。
「たくさんお買い物できたようで、良かったわ」
言葉の一つひとつに棘があるのは、気のせいだろうか。
「すみません…」
「いいのよ、思いがけず結衣ちゃんのお世話ができて、嬉しかったわ」
この重苦しい空気をどうしようか。そんなことを考えていた時、ある意味タイミングよく結衣が泣き出した。
「ママが帰ってきたから、ばあばは帰りますよ。それじゃあ、失礼するわ」
帰り支度をする義母に、昌也が悪気なく爆弾を投下する。
「お袋、ありがとな。昼飯まで用意してくれて。何もなくて困ってたから助かったわ」
どうやらおかずをいくつか持ってきて、ご飯を炊き、昌也に食べさせたようだ。
― これじゃ私、育児も家事も放棄してるみたいじゃない！？
義母の前でナチュラルに嫁をさげすめる昌也に、彩佳は腹が立つ。キッと睨んで視線を送るが、全く気づいていないようだ。
「じゃあまた。必要な時は、いつでも声かけてちょうだい」
「…ありがとうございました」
彩佳は、玄関先で5秒以上頭を下げて、義母を見送った。
◆
「ねえ、ちょっと」
リビングに戻った彩佳は、語気を強めながら切り出した。
「どう、リフレッシュできた？今日は、天気も良くて気持ちがよかっただろう」
だが昌也は、彩佳の怒りに気づいていないようで、呑気なことを言っている。
そんな能天気さにも腹が立ち、彩佳は矢も盾もたまらず声を荒らげた。
「お義母さんを呼ぶくらいなら、私に連絡くれれば良かったじゃない！」
「へ、なんで？彩佳にはリフレッシュしてほしかったんだけど、俺ひとりじゃどうにもならなくてさぁ」
義母を呼んだことが悪いとは、これっぽっちも思っていないらしい。
「お義母さんに、こんな散らかった部屋とか、すっからかんの冷蔵庫なんか見られたくなかった。あーもう、最悪」
「そんなこと？お袋も、彩佳さん全然余裕ないのねって、事情は理解してくれてたよ。心配しなくていいよ」
― それ、嫌味だよね？
お坊ちゃま育ちの昌也は、言葉を素直に受け取る天才だ。皮肉や嫌味にまったく気づかない。彼の良い面でもあるが、その素直さは時折彩佳をいらだたせる。
「昌也に任せた私がバカだった。ほんと、ありえない！」
そう口走った直後。昌也が、手に持っていたコップを、ドンッと乱暴に置いた。
「彩佳、いい加減にしろよ」
「なんでそういう言い方しかできないんだよ？俺は、彩佳に休んでもらいたかった。それでお袋に頼ったのに、そんな言い方されるなんて納得いかない」
「お義母さんに電話する前に、私に連絡くれてもいいじゃない！」
すると昌也は、信じられないことを口にした。
「俺の気遣いや努力に感謝するとか、そういうのはないのか？努力やプロセスを褒められない母親になんか、子どもの教育やしつけは任せられないなっ！」
まくし立てるように言い終えると、昌也は書斎に行ってしまった。
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すれ違いを繰り返し、彩佳と昌也は冷戦に突入。1ヶ月健診の帰り、彩佳が偶然目にしたのは…？
