2回目でここ？経営者との婚活アポで大衆酒場に連れて行かれ…
「女は所詮、金やステータスでしか男を見ていない」
ハイステータスな独身男で、女性に対する考え方をこじらせる者は多い。
誰も自分の内面は見てくれないと決めつけ、近づいてくる女性を見下しては「俺に釣り合う女はいない」と虚勢を張る。
そんなアラフォーこじらせ男が、ついに婚活を開始。
彼のひねくれた価値観ごと愛してくれる“運命の女性”は現れるのか―？
◆これまでのあらすじ
経営者の明人は知人に依頼されて登録した婚活アプリである女性とデートをする。
▶前回：年収5,000万のこじらせ男が、アプリで出会った31歳のさえない女に翻弄され…
Vol.2 とっておきのお店
＜アキヒト様
本日は忙しい中お時間を空けてくださり、ありがとうございました。
そんな状況にもかかわらず、途中退席してしまったことを大変反省しております。言い訳になりますが、どうしても緊急を要する用件があり…＞
明人はその晩、アプリに届いたマイからのメッセージを見て、ため息をついた。
まるでビジネスメールのように固く、丁寧な謝罪文。
その律義さが余計に明人の神経を逆なでした。いっそ、何も送ってこないでほしかったとさえ思う。
＜―つきましては、謝罪がてらお会いさせていただけたら幸いです。アキヒト様もお忙しいと存じますので、指定のお日にちがあれば調整いたします＞
― なんだよ…無理矢理会う方向に持ってきやがって。
当然、明人にはもう彼女と会う気はない。
だが、ここまでの長文を送られ、既読もつけてしまっているとなると、ビジネスマンの性で無視するのは気が引けた。
＜はい、時間があれば＞
とりあえず、明人はそっけなく一言だけ返信した。心中察してほしい、と念じながら…。
一切会う気はなかったのに…。明人がマイをデートに誘った理由
良き理解者
「婚活サイトね…。明人さんもやっとその気になったか…」
仕事の後、明人は久保を汐留にある『Bar & Lounge MAJESTIC』に誘った。
もちろんマイの愚痴を言うためだ。しかし、話を切り出した途端、婚活サイトに登録したという事実に食らいつかれ、話の腰を折られてしまった。
「そうじゃないって。ただの付き合い登録！今のところ、相棒は久保だけで十分なんだよ」
「どうも。そりゃ光栄です」
久保は少々照れくさそうに顔をほころばせた。
明人と彼の側近である久保の付き合いは、もう10年以上になる。年齢は明人の方が2歳上だが、今の会社の前身企業にアルバイトとして入った際の同期という関係だ。
久保は、明人とは正反対で、温和で素直な性格だ。だが、妙に馬が合い、切磋琢磨しながら一緒に出世の階段を上ってきた。
今は、立場上は上司と部下であるが、苦楽を共にしてきた分、気が置けない関係である。
「久保が女だったら迷わず結婚するんだよなぁ」
「いや、僕は女性に生まれても未来子と結婚するから無理」
明人の冗談に、久保は妻の名を躊躇なく答え、拒絶した。
「おいおい〜！」
肩を叩き笑いあう二人はまるで少年同士のようだ。年齢や立場は上がっても、お互い心は20代のままであることが明人はうれしかった。
― もし、女同士だったら、こんな付き合いは絶対にできなかっただろうな。
醜い嫉妬やマウント合戦とは無縁で、大人になってもバカを遠慮なく言い合える友人関係。
久保の結婚で多少変化した部分はあるにせよ、彼と無駄話をしている時間は、明人が1日の中で最もリラックスできるひとときであった。
「―で、話は戻るけど、その婚活サイトで暇つぶししていたら、ヒドイ女に会ったんだよ」
明人はとにかく行き場のない怒りを発散させたかった。都合のいい共感を得るため、“お代を払われた”という事実は伏せ、先日の一部始終を喋りつくす。
「食い逃げパグ女、ね…」
「それだけじゃなく、質問攻勢もきついんだ。上目遣いで誘惑してくるし、本当に最悪な1時間だったな」
「まあ、それも勉強だ」
頷く久保の困ったような笑顔に明人は救われる。会話のエンジンがさらにかかってきたその時、彼のスマホが震えた。未来子からの“カエレコール”だ。
「あ、ごめん、じゃあ僕はここで」
「マジかよ。まだ話し足りないのに。なんなら、久保の家に行ってもいいぞ」
図々しいことを承知の上で持ちかけると、久保はすぐ未来子に連絡をし、了解を得ることができた。
久保は最近、勝どきにある4LDKのマンションを購入したばかりで、明人は、訪問する機会をずっと伺っていたのだ。子どもたちは既に寝ている時間だという。これ幸いと、彼らの好意に甘えることにした。
しかし…。
久保の妻にデートの出来事を話した明人だったが…
「ちょっと…『卑しい女の顔が見たくてデートした』って失礼すぎ！」
件の話をすると、案の定、未来子は金切り声を上げた。
彼女は久保の2つ年下の38歳。2歳児と小学生の子どもがいる専業主婦だ。
久保と付き合いが長い分、彼女のこともよく知った仲だが、養ってもらっている身分にもかかわらず、偉そうで厳しい彼女の性格を、明人は少々苦手としている。
「でもさ、そのオンナ、食べるだけ食べて逃げたんだぜ。酷くないか？」
「女を見下すバチが当たったの。1万円程度でグチグチ言うなんて、器小さすぎ。令和の時代の社長にそぐわないよ」
久保は未来子にサンドバックにされる明人をキッチンからニヤニヤしながら見ている。彼女を恐れているのか、擁護する素振りはかけらも見えない。
― この家に来て失敗したな…。ヒステリックな女には何を言っても無駄だ…。
明人は言い返すことを諦め、ハイハイとただ頷いた。
「この人は今、意識をアップデートしている最中なんだ。大目に見てよ」
久保が、サッと作ったアンチョビポテトと、もろみ味噌を添えたキュウリを2人の前に運んできた。ポケモンのシールが貼られた北欧風のローテーブルにそれらを並べながら、明人のフォローをする。
「ふーん。根本がクズだから、変わらないと思うけど」
未来子はぞんざいな調子で吐き捨てる。明人はイラっとしたが、大人の対応で聞き流すふりをした。
ふと、スマホに目をやると、件のアプリから新着メッセージ通知が届いていた。マイからのメッセージが来たようだ。
＜その後、ご都合はいかがですか？今週であれば時間帯問わず調整可能です＞
「…もしかして、その食い逃げ彼女？」
未来子が明人のスマホを覗き込んできた。
「そうだよ。また誘ってくるなんて、図々しいよな」
「きっと、支払ってもらったことを思い出して、挽回したいのね」
「挽回ね…」
返信する気はなかったが、未来子の言葉でまた悪知恵が浮かぶ。
挽回というより、プライドを傷つけられた復讐と言った方が正しいだろうか。愚痴を言っても同意されず満たされない今、この憂さを晴らすには、彼女に再び会って一泡吹かせるしかない…。
＜―では、僕のとっておきのお店でごちそうさせていただきます。27日17時に東京スカイツリータウンでどうでしょう＞
明人は含み笑いでメッセージを返したのだった。
◆
そして、約束の日。
待ち合わせ場所に、マイは今回も息を切らし、時間ぴったりにやって来た。
ノースリーブのロングワンピースにショールを羽織っている彼女。どちらかというとフォーマルな装いだ。
就活生のようなスーツを着ていた初対面と違い、だいぶおしゃれしているように見える。
― スカイツリーを臨む高級店に行くとでも？
マイの浮かれた様子を哀れに思いながら、明人の心は弾んでいた。彼はタクシーを呼び、わざとらしく紳士的に彼女をエスコートする。
待ち合わせ場所もこの行動も、実は演出の1つなのだ。
東に車を走らせ、荒川を少し越えたあたりで明人は車を止めた。
「―じゃあ、この辺りで」
降り立ったのは、静かな住宅街。通りから入り組んだ路地にはいり、薄暗く狭い道をつき進んだ。
マイは戸惑いながらも彼についていく。彼女の不安げな様子は背中ごしでも感じ取れた。
たどり着いたのは―
古ぼけたアーケードの商店街だ。年季の入った茶色みかかる看板の前で明人は足を止めた。
「昔よく行っていた大衆酒場です。突然行きたくなって…」
築年数は何十年もたっているだろうと思われる、綺麗とは言い難い店構え。店の前には行列ができているが、並ぶ面々はラフな服装の高齢の男性がほとんどだ。
「え…ここ？」
場所は京成立石駅の近く。
まだ日も高いのに、その周辺はどこかどんよりとした空気が漂っている。
明人は、落胆しているであろうマイの心中を想像し、ワクワクしていた。実際、マイは震えている。
今日はいい酒が飲めそうだと、満を持して明人は彼女の顔を覗く。
…だが、意外にもマイは花が咲くような笑顔をうかべていた。
「実は、このお店、とても来たかったんです！」
「は？」
「有名ですよね。大好きな音楽家やクリエイターが行きつけだと時折紹介している酒場です。まさか自分が行ける日が来るとは思ってもみなかった！」
長いスカートを揺らし、率先してニッカボッカの金髪男性の後ろに並んだマイ。心の底から嬉しそうに、明人を手招きするのだった。
▶前回：年収5,000万のこじらせ男が、アプリで出会った31歳のさえない女に翻弄され…
▶Next：5月4日 水曜更新予定
やることなすこと裏目に出る明人。そして、さらに屈辱を受ける羽目に…。
