男と一緒に住んでいながら、御曹司との結婚をたくらむ29歳女。予想を遥かに上回る、その理由とは
恋に落ちると、理性や常識を失ってしまう。
盲目状態になると、人はときに信じられない行動に出てしまうものなのだ。
だからあなたもどうか、引っ掛かることのないように…。
恋に狂った彼らのトラップに。
▶前回：「結婚しよう」と言うが、具体的な話はしない彼。すると平日の昼間、バッタリ遭遇してしまった恋人が…
「『マリッジ・チャンス』3代目プリンスは、大美賀グループ社長・大美賀清太郎さんです」
土曜の昼下がり。動画配信サイトに掲載された男性の写真を、私は食い入るように見つめていた。
─ 彼こそ、私が射止めるべき男だわ。
すぐさま参加者応募ページを開き、プロフィールを入力する。
「岡田京子、29歳。運命の男性との結婚を夢見て、応募させて頂きます、っと」
そして3ヶ月後。私は6度に渡るオーディションを勝ち抜き、最終選考会場へとたどり着いた。
「清太郎さんを見た瞬間、運命の人だと感じました。『マリッジ・チャンス』の旅を通して、真実の愛を見つけたいと切望しています」
白髪交じりのプロデューサーが、射抜くような目で私を見つめている。
「あなたにとって、真実の愛とはなんですか？」
少し間を置き、私は用意しておいた言葉をゆっくりと口にした。
「私にとって、真実の愛は…。お金には勝てないものです」
「…えっ？」
予想外の回答に、審査員たちが顔を見合わせている。
「私は、青春時代を貧しい家庭で過ごしました。お金がなければ、夫婦や家庭に平穏はありません。実際、父と母は喧嘩ばかりでした。
中学生2年生のとき、父の経営していた工場が倒産し、父は自ら命を絶ちました。母は酒に溺れて今も苦しんでいます。…だから愛よりもお金が大事だと、15歳のときに悟ったんです」
練習を重ね、一字一句を磨きあげて臨んだ迫真の演技。目に涙を浮かべる私を、審査員がジッと見つめている。
「ありがとうございました。『マリッジ・チャンス』は今回で3シーズン目ですが、あなたのような応募者は初めてです」
合格通知は、その日の夜に来た。
あなたを『マリッジ・チャンス』シーズン3の参加者として、2ヶ月間の旅にお招きします。清太郎さんとの結婚を目指し、真実の愛を見つけてください。
翌朝。私はリビングにいる孝之に、合格通知のメールを見せたのだった。
実は京子、ある男と同居していて…！？
合格通知を見た孝之は、俯いたまま黙っていた。
ちなみに3年前から一緒に暮らしている彼は、大美賀グループ法務部の社員だ。
「2ヶ月間は、外部との連絡も禁止になるの。私がどこにいるかも、何をしているのかも教えられない。孝之、ごめんなさい」
「…俺、待ってるから」
そうつぶやく彼の横で、私はスーツケースに荷物を詰め込み、最長2ヶ月間に及ぶ『マリッジ・チャンス』の旅への準備を始めた。
…愛する孝之を残して。
2ヶ月後。私は最終話の撮影現場、グアムにいた。10人の参加者から最後まで残ったのは、元ミス・ユニバースの外交官と私だけだ。
まぶしい日差しが降り注ぐ中、真っ白なスーツに身を包んだ清太郎が、私の肩に手を置いてこう尋ねてきた。
「僕と結婚したら、何より大切にしたいものはなんですか」
白い歯を輝かせながら、こちらを見つめてくる清太郎。
私は最終オーディションのときと同じように、自身の生い立ちについて語った。
容姿もスタイルも完璧で、順風満帆な人生を歩んできた外交官と、幼い頃に父を失った私のコントラストが、より引き立つように。暗記した言葉を選びながら、ゆっくりと。
カメラが、自然に流れ落ちた私の涙をとらえる。
「私、お金より大事なものはないと思ってました。でも、清太郎に会って“真実の愛”を見つけました」
それまでのハングリーキャラとは一転した言葉に、彼が驚いた表情を見せている。
「お金も豊かな生活も、何もいりません。私は、清太郎と一緒にいられればいい」
そう言って私は、彼の頬にキスをした。ドローンが私たちの頭上をかすめ飛び、生演奏の楽団がクライマックスを盛り上げる。
「岡田京子さん、指輪を受け取ってください」
10人の女性たちの中から、清太郎が最終的に選んだのは…。私だった。
◆
『マリッジ・チャンス』の配信がスタートするやいなや、100人程度だった私のTwitterフォロワー数は5万人にまで増えた。
Twitterに溢れる賞賛コメントを読みながら、私はある人物に電話をかけたのだった。
京子が電話をかけた相手とは…？
「やっとここまで来たね。孝之」
「まさか、最後の1人に選ばれるなんて。ほんと姉ちゃんはすごいな」
「当たり前でしょ。この日のために自分を磨いてきたんだから。孝之、そっちはどう？」
「…やっと見つかったよ。例の資料」
「入社して、5年もかかるなんてね。生放送の前日に、週刊誌へ証拠を渡して」
そうして電話を切った後、鳴り止まないTwitterの通知にチラッと目をやる。
『真実の愛を見た気がします』
『最高のハッピーエンドでした！』
「…最高のハッピーエンド、か」
私はスマホを握りしめ、窓を開けて空を見上げた。
◆
それからおよそ、1ヶ月後。
『マリッジ・チャンス〜特別編〜』の生放送に出演するため、私はテレビスタジオへと向かった。拍手喝采の中、清太郎と手を繋いでカメラの前に立つ。
「岡田京子さん、今の気持ちをお聞かせください」
華やかに彩られたスタジオで、私は大きく息を吸い込んだ。
「29年前。私は、都内郊外で物流系の工場を経営している父と、専業主婦の母のもとに生まれました。3年後に弟が生まれ、私たちは何不自由ない子ども時代を送っていました。
でも…。幸せな日々は突然、失われたのです。それから私は、ずっと苦しい日々を過ごしてきました」
隣にいる清太郎が、涙ぐむ私をジッと見守っている。
「中学2年生のとき、父の経営する会社が倒産したのです。取引先の会社と組んで行っていた不正会計が原因でした。父は心身を壊し、私たちが寝静まった夜、ビルの屋上から飛び降りました。
母は病に倒れ、弟とともに様々な仕事を転々としながら、今日まで生きてきました。…ツラかった。だから清太郎に出会えたとき、本当にうれしかったんです」
そして、清太郎がそっとハンカチを差し出してきた瞬間。私はその手を大きく振り払い、堰を切ったように語り始めた。
「父を殺したのは、彼の父であり、大美賀グループの会長です」
「…えっ。京子、何を言ってるんだよ！？」
会場にどよめきが起こる。
「ちょっと、一旦切って！CMいって！」
青ざめるスタッフたちを横目に、私は言葉を続ける。
「大美賀グループは、父だけに不正会計の責任を押し付けたのです。…証拠もそろそろ、週刊誌から出る頃でしょう」
私はメインカメラに向かって、満面の笑みを浮かべる。
それは、壮絶な日々で笑い方も忘れた私ができる、精一杯の笑顔だった。
「この婚活は私にとって、最大の復讐でした」
▶前回：「結婚しよう」と言うが、具体的な話はしない彼。すると平日の昼間、バッタリ遭遇してしまった恋人が…
▶1話目はこちら：マッチングアプリにハマった女が取った、危険すぎる行動
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“2番目に好きな男”と結婚を決めた女だったが…？
