深夜0時。女が“顔も名前も知らない彼”と、音声通話で密会を繰り返す理由
いまや私たちの日常に溶け込んでいるSNS。
InstagramやYouTube、Twitterなど、とても便利で面白いツールだが…。
そこには、とんでもない“ヤバイ世界”が潜んでいる可能性も。
SNSの沼にハマった女たちに待ち受ける衝撃の事件と、その結末は…？
▶前回：「みんなには内緒だよ」と、食事会中に耳元で囁く男。テーブルの下で見せてきたモノは…
連夜、Discordで男と密会を重ねる女〜美南（27）の場合〜【前編】
23時半。
私は、PCをシャットダウンし、大きく伸びをした。一人暮らしの自室で「今日も頑張った〜」と声に出して、自分をねぎらう。
私は、大手IT系広告代理店でプランナーとして働いている。
新卒で入社してから5度目の新年度を迎えて、はじめての異動があり、もっとも多忙と言われるチームに配属された。
コロナ禍でリモートワーク主体になり、「自宅だし、休憩を多くとってもバレないかな」「ドラマを見ながら仕事しようかな」と考えていた私だが、新たなチームに来てからその野望はついえた。
息つく暇もない多忙さに、異動したての頃は上長に泣きついて、前のチームに戻してほしいと懇願したこともある。
でも、“ある出会い”を機に、そんな忙しい日々を受け入れて、毎日頑張ろうと思えるようになった。
私のモチベーションであり、唯一の救い。それは…。
『ミナミさん、今日も24時から待ってます。よろしくお願いします！』
スマホに届いた通知を見て、顔がほころぶ。
私はキッチンに向かい、お気に入りのワインをグラスに注ぐ。
そして、いそいそとベッドルームへ向かった。
仕事で疲れ果てていた美南を、救ってくれたのは…？
「わ、どうしよう。こっち来ました！ やばそうです…」
スマホを握る手が、じんわりと汗ばむ。私はベッドの上で壁側に頭をもたげながら、スマホ画面をじっと見て“彼”に訴えかける。
『ミナミさん、ここは僕に任せて。敵をひきつけるので、そのすきに逃げてください』
「え…でも…」
『大丈夫です。勝利することを優先して動きましょう。出口に向かってください』
私は、彼……JINさんの優しい声に促されるまま、ひたすら出口のほうに向かって走っていく。
丸腰で逃げ回る情けない自分のアバターを見つめながら、ボイスチャットで聞かれない程度の小さな溜め息をついた。
― 今日も足手まといになっちゃったな…。初心者だから、仕方ないんだろうけど。
私は、ベッド脇のテーブルに置いたワインに手を伸ばし、残りを一気に飲み干した。
私が必死になってプレイしているのは…スマホゲーム『ネクストタウン・エスケープ』。
6人の人間が3体のゾンビとともに小さな街に閉じ込められ、人間たちは時間内にその街から脱出するという「鬼ごっこ」のようなゲームだ。
人間チームを半分以上捕まえられたらゾンビチームの勝利、逆に、人間チームが半分以上逃げ切れたら人間チームの勝利となる。
もともとゲームとは無縁の生活を送ってきた私だが、新たな部署でのはじめての仕事が、このゲームの広告プランニングだった。
― 「仕事の商材だから」がきっかけだったのに、まさかこんなにハマってしまうとは…ゲームの中毒性ってすごい。
数年前まで、私の趣味は旅行やアウトドアアクティビティ。しかし、コロナのせいで、以前のようには出かけづらくなってしまった。
仕事終わりや休日は、NetflixとSNSを見ながらダラダラ過ごす。情報を一方的にインストールするだけで、“発散”のない、つまらない日々。
そんなときにこのゲームと出会い、まるで自分自身がゾンビから逃げ回り、街を駆け巡っているような没入感を味わった。
今では、仕事終わりや休日は、ひたすらプレイしている。お世辞にもまだゲームに慣れているとはいえないが、何も考えずゲームの世界に没頭できる時間は、幸せだ。
『やりましたよ、ミナミさん。僕たちのチームが勝ちました！』
「さすがです、JINさん！」
このゲームは、友達同士でもプレイできるし、オンラインで見ず知らずの人と繋がって遊ぶこともできる。
チームになって、お互いにチャットで指示を出し合いながら戦うので、オンライン対戦で偶然同じチームになった人とも、気が合って仲良くなることがある。
そんななか、このゲーム上で知り合ったのが「JIN」さんだ。
はじめて彼とチームプレイをしたとき、操作に慣れない私を優しくサポートしてくれて、丁寧なアドバイスまでくれた。
そのときに、ゲーム用のボイスチャット「Discord」の使い方を教わり、声を通して繋がった。
彼は都内在住で、私と同じように広告代理店勤務。年齢は私の2歳上と、ほぼ同年代だそう。
私は一方的に、運命的なものを感じていた。
でも、彼の素性はその程度しか知らない。
最近は、ゲームをプレイしている最中に雑談をすることも多くはなったが、お互いのプライベートにはいまいち深く踏み込むことはなかった。
◆
木曜日の夜。
いつものようにJINさんと1〜2時間ほどネクストタウン・エスケープを楽しんだあと、Discordのテキストチャットでお礼のメッセージを送る。
すると彼から、『良かったら今度、青山あたりでお茶でもしませんか？』とお誘いを受けた。
プライベートにまで、あまり干渉してくるタイプではないと思っていたので、とても意外だ。
彼とは、かれこれ1ヶ月以上、週4日ほど話をする間柄。直接会ってみたいという気持ちは強かった。
私は、「いいですね。来週の土曜日のランチなら空いています」と送る。
すると、『では、その日で』とすぐにJINさんからメッセージが返ってきた。
彼とのやりとりを見返し、ドキドキしている自分がいた。
ついに、リアルなJINとの対面を果たす美南。彼に抱いた思いとは？
土曜日の12時。
私は、待ち合わせ場所である『ビストロ ブノワ』へ向かう。
お茶と言っていたので、もうちょっとカジュアルな店かと思いきや、わりとしっかりとした“デート”の雰囲気で、少し面食らった。
― JINさんって、リアルではどんな人なんだろうなぁ…。
私は深呼吸し、高ぶる気持ちを落ち着かせる。
ふとスマホを見ると、『お店の前に着きました！』というメッセージが2分程前に届いていた。
慌てて、ブラックアウトしたスマホ画面を見ながら前髪を整えていると、頭上から聞き馴染みのある声が…。
「ミナミさん、ですか？」
私が急いで顔を上げると、目の前には、小顔で長身の男性が立っていた。ゆるくパーマのかかった茶髪と細い黒縁の眼鏡が印象的な、正統派イケメンだ。
私は思わず、彼に見惚れた。
彼から「あれ？ミナミさんじゃない？」と再度確認され、私は慌てて「はい」と答えた。
「はじめまして、JINです。すみません…少しお待たせしましたか？」
「え…あ…いや、全然、待ってない、です……」
タイプど真ん中の男性の登場に動揺した私は、受け答えがカタコトになってしまう。
「良かったです。それでは、行きましょうか」
私たちはランチコースに舌鼓を打ちながら、色々な話をした。
彼の本名は、「仁」と書いて、じんさんではなく「ひとし」さん。いまは恵比寿在住で、猫を一匹飼っているそう。
ベンチャー系の広告代理店に勤務し、29歳という若さで役員をしているという。大手勤務とはいえまだまだ平社員の私は、同業として純粋に彼を尊敬した。
「美南ちゃん、本当に話しやすくて安心したよ。一緒にゲームしてるとき、本当に可愛らしい声だなってずっと思ってて」
仁さんは私の目をじっと見つめて、優しく微笑んだ。
「今日会えて、本当によかったよ。また…会いたいな」
「えぇ！うれしいです…」
彼のまっすぐな眼差しに耐えきれず、私は照れて下を向く。
昨年の秋に3年間付き合った彼氏と別れて以来、恋愛とはご無沙汰な私は、久しぶりに味わう胸のトキメキに戸惑う。
仁さんとの恋の予感に、私は淡い期待を抱いた。
◆
彼とはじめて会った日以来、私たちの距離感は一気に縮まった。
今まではネクストタウン・エスケープをプレイするときしか連絡を取り合わなかったが、1日に何通もテキストチャットでやり取りした。
ゲーム中にしか繋がなかったボイスチャットも、電話のように使って頻繁に会話するように。
『平日の夜に会うのは、厳しいかな？ 美南ちゃんを連れて行きたいワインバーがあってさ』
「え〜！ ワインバー行きたいです！ 来週水曜まではちょっと忙しいんですけど…それ以降なら、平日でも大丈夫そうです」
本当は水曜以降もかなり忙しい。が、睡眠時間を削ってでも、また彼に会いたい。
『じゃあ、来週木曜日の21時頃、麻布十番駅で待ち合わせね。デート楽しみだな〜』
“デート”という言葉に、胸がきゅんと苦しくなる。
― エステとネイルと、まつ毛パーマ…あと、美容院は絶対行かなきゃ。新しいワンピースとサンダルも欲しいなぁ。あ、アイシャドウも新しいの買っちゃおうかな…。
私はきっと、人生で初めての“一目惚れ”を仁さんにしてしまったんだと、自覚した。
「仁さんとのデート、楽しみにしてます！」
私は猫撫で声でそう伝え、彼とのボイスチャットを切った。
▶前回：「みんなには内緒だよ」と、食事会中に耳元で囁く男。テーブルの下で見せてきたモノは…
▶1話目はこちら：Twitter婚活垢のフォロワーを、5,000人に爆増させた女が使った手は…
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