日本を代表する名門校は生徒たちにどんな教育を施していくのか。灘中学校・高等学校校長の和田孫博さんは「柔道の修行法である形→乱取り→講義→問答の4つのサイクルは、勉強にも応用できるアクティブラーニング手法でもあります」という――。

※本稿は、『プレジデントFamily2022年春号』の一部を再編集したものです。

撮影=森本真哉
灘中学校・高等学校校長の和田孫博さん - 撮影=森本真哉

■灘の校長が「最近の子供は“いびつ”」と感じるワケ

最近の子供たちを見ていると、かつてに比べて“いびつ”になってきているなと感じることが多々あります。考えてみれば当然のことです。電子機器の発達で、スマホやゲーム機器、パソコンなどに囲まれて、現代の子供たちは生活をしているのですから。

『プレジデントFamily2022年春号』

しかし、『スマホ脳』という本によると、生き物としての人間の脳は、依然として狩猟採集時代の生活に最適化するのだそうです。仲間と一緒に獲物を追いかけて走り回り、果実を見つけて木に登ったりしているとき、脳が最も活性化するようにできていて、そういう活動を通じて発想力や思考力、忍耐力といったものが高まるのだそうです。電子機器と歩調を合わせて進化しているわけではないんですね。

ところが今の子供たちには、地域の仲間やきょうだいが少ないし、屋外で走ったり木に登ったりすることができる場所もない。あったとしても「危ないからやめなさい」と言われる。子供の成長にとって一番大切な「体を動かす」ことができる環境ではありません。

今、家庭でやってほしいこととしてまずお願いしたいのは、お子さんには体をたくさん動かしてほしいこと、運動させてください、ということですね。

■灘の勉強法は「柔道式アクティブラーニング」だった

灘中学・高校は、創立以来、柔道教育に力を注いできた歴史があります。中1から高1まで4年間、週1回の柔道の授業は必修で、卒業までに黒帯を取得する人もたくさんいます。本校創立時の顧問は、ご存じのとおり講道館の創設者で、“柔道の父”とも呼ばれる嘉納治五郎先生で、嘉納先生が柔道の修行法として提唱したのが「形→乱取り→講義→問答」の四つのサイクルです。

灘中学校・高等学校校長の和田孫博さん(撮影=森本真哉)

まずは基本の形を覚え、それを乱取りでしっかりと反復練習する。競技としての最近の柔道は、ここまでになってしまいがちですが、本当に大切なのは汗を流して練習した後、その理論を座学でしっかりと学び、疑問に思ったことをコーチや仲間たちと語り合う講義と問答の時間なんですね。

実はこのサイクルは、スポーツだけでなく、あらゆる教科の勉強にも応用できます。数学なら、形は公式、乱取りは練習問題、講義と問答は理論と質疑です。このサイクルを子供が自主的に行えれば、それは探究型学習であり、アクティブラーニングであるわけです。

その意味で灘では、創立以来、アクティブラーニングが行われてきたのです。

もう一つ、嘉納先生の言葉で本校の校是にもなっているのが「精力善用」「自他共栄」です。自分の得意な力を最大限発揮し、その個々の力をみんなの利益のために結集させるという意味です。

現代社会は過度に競争化が進んで、そのために貧富の格差などの対立が深刻になっています。ですから「一度でも失敗したらおしまい。どんな手段を使ってもライバルを出し抜いたほうが勝ち」という発想がはびこり、それが子供の教育にも反映されています。

ですが、私は少子化で人口が減少していく中で、この“競争”は“協働”に変わっていく、いかねばならないと考えています。嘉納先生の言葉のとおり、自分の得意分野を磨いて、個々の力を結集し協働していく世界です。

「精力善用」にあたって最も大切な力が「粘り強さ」です。最近では非認知能力などといわれ、Guts(度胸)、Resilience(復元力)、Initiative(自発性)、Tenacity(執念)の頭文字を取って、GRITとも呼ばれますが、要は自分で課題を見つけ、困難に立ち向かい、失敗しても諦めずに最後までやり抜く力、という意味です。

灘の生徒は認知能力=IQが高く、成功体験には恵まれているのですが、友達と遊ぶ中で失敗したり、ケガをしたりという体験が少ないために、挫折に弱く、立ち直りが遅い子もいます。スポーツや運動は、そんな能力も高めてくれます。ぜひ、ご家庭で取り入れてやってください。

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和田 孫博(わだ・まごひろ)
1952 年大阪市生まれ。65年灘中学校入学。76年京都大学卒業後、母校の英語教師に。野球部の監督も務める。2007 年から現職。1女1男の父。
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(和田 孫博 構成=田中義厚)