「悪いのは、アナタ」誹謗中傷の真犯人が語る身勝手な言い分とは？【悪いのは、アナタ 最終回】
愛しい我が子の育児と、やりがいのある仕事。
多忙ながらも充実した日々を送る、働くママたち。
…けれど、そんなキラキラした“ママ”たちの世界には、驚くほど深い嫉妬と闇がうずまいているのだ。
ある日、1人の幸せな女性に、得体の知れない悪意が忍び寄る―。
悪いのは、一体ダレ…？
◆これまでのあらすじ
幸せな日々を送っていた北山麻紀だったが、自身の会社のSNSへ届く誹謗中傷や保育園でのウワサに悩まされるようになる。
▶前回：「あなたの上から目線が嫌い」誹謗中傷した人物との直接対決。犯人の自分勝手な理由と悲痛な胸の内とは
「行ってくるね！帰ったら遊ぼうね！」
海は生まれたばかりの妹を優しくなでると、寛人と一緒に元気よく保育園へと出発した。
厳しい寒さをやっと乗り越えたと思ったら、あっという間に夏が来て、気がつけば肌寒さを感じる季節になっている。
陽菜と話してから、もう半年ほどが経っていた。
あの日彼女は、自分が誹謗中傷の犯人だと認めた。そして後日、もう一度きちんと謝罪をしてきたのだった。
◆
「本当にごめんなさい。あの時はどこかで自分は被害者なんだと思ってた、麻紀さんも悪いって。けれど話しているうちに、本当の問題は私と夫にあるって気がついたの。夫ときちんと一度話し合ってみる」
深々と頭を下げる陽菜に、麻紀は封筒を差し出した。
「これ、陽菜さんが置いていった慰謝料、返すね。お金で解決したかった訳じゃないの。きちんと反省してほしかった。ご家族にも他のママたちにも言わないつもり。それに、確かにみんなの前で妊娠していることを言ったのは、私も配慮が足りなかった」
顔を下に向けたまま微動だにしない陽菜に、麻紀は続けた。
「今回のことは完全に水に流せるとは思わない。でも、あなたと友達になれたことは悪いことばかりじゃなかった。私は陽菜さんの優しい笑顔とか、場を和ませられるところが好きだったよ。前みたいには戻れないかもしれないけれど、あなたがこれから幸せになれるように願ってる」
陽菜の肩がかすかに震えているように見えた。
ついに、陽菜をたきつけた“真犯人”が明かされる…
麻紀はそれ以来、陽菜と直接2人で会ったり話したりすることはなかった。
そのうちに彼女と結愛は保育園を辞めてしまった。どうやら仕事を辞めて不妊治療に専念するため、幼稚園へ転園したらしい。
他にもこの半年のあいだに、色々と状況は変わった。恵とは徐々にだが関係が戻り、今では思ったことを遠慮なく言える関係にまでなった。
麻紀の会社の誹謗中傷については、陽菜以外のアカウントからのそれもやみ、以前のような平和を取り戻している。
保育園での麻紀家族に対するウワサも、いつの間にかなくなっていた。聞いた話では、理絵が他のお母さんたちに注意をしたらしい。
さらに1ヶ月ほど前、礼子先生が突然保育園を去ってしまっていたのだ。
彼女に懐いていた海は悲しんでいたが、代わりに来た先生が楽しい人で、すぐに元気を取り戻した。
そんな折、久しぶりに弁護士の宮城から連絡が―。
「進めていたアカウントの情報開示の件ですが、プロバイダから契約者情報の開示が認められました。今日にでもご自宅に資料が届くと思います」
結局、情報開示までしたアカウントは2つ。その中の1つが陽菜だったため、途中で訴訟を止めた。だが、もう1つのアカウントに関してはそのまま続けていたのだ。
いつまた同じようなことが起こるかわからないし、それに、陽菜にDMまで送ってたきつけていた人物が気になっていたのだ。
麻紀は届いたばかりの封筒から中身を取り出し、恐るおそる内容を確認する。すると、そこには見覚えのある名前が並んでいた。
― 平井礼子…。これって、礼子先生！？
麻紀の手から紙の一部がすり抜け、パサリと静かな音を立てて床へと落ちた。
◆
平井礼子 30歳 保育士
10年前の話だ、私と“あの人”が出会ったのは。
私がまだ20歳になったばかりの頃、食事会で運命の彼と出会ったのだ。
そこに来ていたのは10歳以上離れた人ばかりで、正直若い女の子を前にテンションが上がっている彼らに辟易としていた。
美味しいご飯が食べられればいいやくらいの軽い気持ちで参加した私は、早々に帰ろうと思っていたとき、彼が遅れてやってきたのだ。
今年31歳になるという彼は爽やかで清潔感があり、若々しさと大人っぽさを兼ね備えた人だった。
子犬のような丸く可愛い目を持つのに、骨ばった顎や筋肉質な腕からは、男性特有のセクシーさが漂う。
「北山寛人です」
彼はそう言って挨拶をするとうるさくはしゃぐ他の男性陣とは違い、静かにお酒を飲んでは、たまに振られる話題に絶妙な返しをして場を和ませた。
そんな彼に一瞬で恋に落ちた私は、体調が悪いふりをして、帰り際になんとか彼をホテルに誘うことに成功したのだ。
「寛人さんとなら…してもいいよ」
そう言って彼の唇を奪ったが、私が20歳になったばかりだということを知った彼は、それ以上私に触れることはなかった。
翌朝目覚めた頃には、ホテルの支払いやルームサービスの手配を済ませて、彼はもういなくなっていた。『先に出ます。気をつけて帰って』という手紙だけを置いて。
若い私にすぐに手を出そうとしないところや、スマートな対応が大人に思えて、本当に彼に恋をしてしまったのだ。
けれども…その後、彼の会社が忙しくなってしまい、そのうち彼とは連絡が取れなくなってしまった。
それから私もそこそこに恋愛をして、結婚を意識する男性とも出会ったりしたけれど、結局独身のまま29歳になっていた。
そんなとき、運命のいたずらなのか…転園した先で偶然、寛人さんと再会したのだ。
寛人と再会した礼子先生に浮かんだ、ヤバい考えとは？
再会した彼は、以前よりもさらに落ち着いて大人の色気をまとっていたが、笑顔の爽やかさは変わらなかった。ただショックだったのは、彼が私のことをまったく覚えていなかったこと。
さらに彼には、可愛い息子と彼よりも少し年下の奥さんがいた。でも、正直その奥さんは寛人さんにはちっとも釣り合っていないと思ってしまったのだ。
― 今なら私に興味を持ってくれるはず…。
だから私は寛人さんが保育園に送迎に来るたび、積極的に話をして、いつでも相談に乗れるようにと連絡先を渡したりもした。だけど彼から直接連絡が来ることはなかった。
「寛人さん、こんばんは。今日も奥さんは忙しいんですか？」
「えぇ、妻の会社も最近軌道に乗ってきて…」
そんな世間話を聞いて、寛人さんも海くんも可哀想に思えてきた。私だったら、寛人さんに送迎をさせたり育児をさせたりしないのに。
― 奥さん、どんな仕事をしているんだろ…？
興味を持った私は、保育園に提出された書類から奥さんの会社を知り、彼女の会社や個人のSNSを特定した。顔をスタンプで隠した寛人さんと海くんと一緒に、笑顔で写る彼女に思わずイラっとしてしまう。
― ここは、本当は私がいるはずの場所なのに…。
そこで、彼女をおとしめてやろうと、SNSに悪口を書いて精神的に追い詰めた。
そんなとき、SNSのコメント内で仲間を見つけた。同じように彼女をよく思っていない人物。
それが誰なのか、すぐにわかった。いつも麻紀さんと親しげに話しているのに、去った途端、冷たく無表情になる陽菜さんの心の内に気がついていたのだ。
― 彼女、使えそう…。
寛人さんの悪口だけは自分で書きたくないと思っていたので、彼女をうまく誘導して様々な書き込みをさせた。寛人さんが不倫やセクハラをしているだとか…。
このことで、麻紀さんと寛人さんがケンカすればいいと思っていた。
さらに、ママたちのあいだでもそれとなく「海くんママが大変そう」ということを伝え、ウワサが回るように仕向けた。そうすることで、麻紀さんは保育園に来づらくなるだろうし、寛人さんとの接点も増える。
予想外だったのは慶太くんママの恵。彼女がウワサを広めてくれたおかげで、海くんは仲間外れにされるようになったのだ。
― 海くんの信頼を得るチャンスだわ…。
だから私は、仲間はずれも見て見ぬフリをしたし、ケンカもすぐには止めなかった。そうして落ち込んでいる海くんを優しく包み込み、“原因は海くんの母親にある”ということを周りに言わせることで、私と海くんの絆は強くなっていった。
すべては順調に進んでいる、そう思っていたのに―。
『もうこれ以上、彼女を誹謗中傷しません。あなたも気をつけてください。弁護士を雇っているみたいですよ』
ある日、いつものように陽菜さんにDMを送ったところ、そんなメッセージが返ってきたのだ。
その上運悪く、私が前に勤めていた保育園の先生と知り合いだった保護者がおり、私が前の園を辞めさせられた話を聞きつけてきた。
『礼子先生、前の園で問題を起こしていたんだって。保護者のお父さんと不倫関係にあったとか…』
ウワサは一気に広がり、園長先生にまで知られてしまった。そうして私は逃げるように、また違う園へと行かざるをえなくなったのだ。
寛人さんと海くんとは一旦離れなければならなくなった。でも大丈夫。私たちは運命だから、きっとまたどこかで会えるはず…。
そう信じて、私は今もなお麻紀さんのSNSを毎日チェックしている。
悪いのは、私じゃない。私の居場所を奪った麻紀さん。私の魅力に気がつかなかった寛人さん…。
すべてが終わり、ホッとする麻紀。しかし、そう思っていたのは彼女だけ…？
「そう、礼子先生が…」
色々と相談に乗って支えてくれていた理絵には、礼子先生が犯人だったということだけ話した。察しのいい彼女のことだから、なんとなく陽菜のことも気がついていそうだが、特に聞いてこなかった。
「それで、彼女のことは訴えるの？」
「ううん、今はしない。正直私も疲れてしまったから、早く忘れて前に進みたいの。証拠はつかんだから、いつでも訴えられるし」
理絵は「そっか」と言って綺麗にカールされた長い睫毛を伏せ、持っていたコーヒーに目線を落とした。
「礼子先生って、前の園で不倫問題を起こしたらしいね。もしかしたら寛人さんのことを狙っていたのかもね」
「本当！？寛人にも礼子先生のことを話したけれど、そんなそぶりは…」
「前に聞いちゃったの。他の保護者には〇〇くんママ、パパって呼ぶのに、寛人さんに対してだけ名前で呼んでいたから、変だな、って」
一瞬寛人と礼子先生の仲を疑った麻紀だったが、寛人に怪しいところはない。彼女がどうしてこんなことをしたのか想像もつかないが、これ以上関わりたくない麻紀にはもう知る由もない。
子どもを通して知り合った人の中には、様々な背景を持った人がいて、それぞれ違った悩みを抱えている。その上SNSで他人の生活を簡単に覗けるようになった今の時代、いつ誰から恨みを買い、妬まれるかわからない。
そんな中でも、麻紀は理絵のような本当の親友を見つけることができた。さらに今回の経験をきっかけに、会社のSNSのあり方を見直し改善したことで宣伝力が高まり、麻紀の会社はさらに成長している。
― ようやく、平穏が戻ったな…。
温かいカフェオレを飲みながら麻紀がそう思った矢先、一通のDMが届いた。そこに書かれていたのはたったの一言だけ。
『悪いのは、アナタ』
Fin.
▶前回：「あなたの上から目線が嫌い」誹謗中傷した人物との直接対決。犯人の自分勝手な理由と悲痛な胸の内とは
▶1話目はこちら：幸せな家庭と仕事を持つ完璧ママ。身に覚えのない誹謗中傷から始まる悪夢とは
