「変わってやる！」

そう思った瞬間から、人生はアップデートされていく。

10年前の恋愛の傷から、着飾ることをやめノーメイクで生きてきた春野菜月(29)。

そんな彼女が、変わることを決意したら―？

◆これまでのあらすじ

意中の経営者・大翔との仕事を終え、ディナーに行った菜月。帰り際に大翔に突然抱きつかれそうになり、驚いて思わずはねのけてしまった。

▶前回：恋愛経験がなさすぎて、正解がわからない…。男に家に誘われた29歳女が、どうしても確認したかったこと




― なんで押し返したりしたんだろう。大翔さんのこと、好きなのにな…。

2日経った今も、菜月はあの夜のことを後悔している。

― ああ。嫌われたのかなあ。

あの日、帰ってきてからすぐに「ごめんなさい」と送った。しかしそのLINEは、既読スルーされたままだ。

毎日4〜5往復あったLINEのラリーもパタリとやんでしまった。

― また連絡してみようかしら…。

うじうじと悩んだが、結局勇気が出ない。仕事中もLINEの通知を見てしまうし、頻繁に大翔のことを考えてしまう。

晴れない気持ちのままで今日も仕事を終え、簡単な夕食を取った。何を食べても味気なく感じられて、どんどん落ち込んだ気持ちになっていく。

「ダメ。このままじゃ気分が沈んでいく一方だ」

菜月は思い立ってLINEを開き、茜と恭一とのグループトークにこう投稿した。

「ねえ、今から、会えたりしない…？」

すでに時計は19時を回っている。

急な誘いをすることにためらいはあったが、ふさいだ気分を晴らしてくれるのはいつもこの2人なのだ。

「ごめん、菜月！私、先約があって…」

茜はあいにく、友人から紹介された男とデート中らしい。

結果、「空いてるよ」と返事のあった恭一と、2人で会うことになった。


男友達と2人で過ごす夜。菜月はあることに気づいてしまう


自宅の最寄り駅である二子玉川駅の駅前広場に立っていると、「お待たせ」と聞き慣れた声がした。

「ああ、恭一」

顔を上げると、スーツ姿の恭一がにっこりと笑う。

恭一は、大手飲料メーカーの海外事業部勤務だ。

最近も忙しくしているようなのに、こうして駆けつけてくれたと思うと温かい気持ちになる。

「こんな時間にごめんね。ウチの方まで来てくれてありがとう」

「ううん。なんかあったの？」

心配そうに顔を覗き込まれ、つい表情を曇らせる。すると、恭一は察したように辺りを見回しながら言った。

「…どっかお店入ろうか」

しかし時刻はもう21時を過ぎていた。どこもラストオーダーが終わっている。

「この時間じゃ、入れるお店もないか…」

困り顔の恭一に、菜月は言った。

「…散らかってるけど、ウチ来る？」

「え…大丈夫なの？」

「うん。全然いいよ」

菜月が家の方向に引き返すと、少し遅れて恭一もついてきた。




「菜月。例の彼のことで、なんかあったんでしょ？」

「そう…実はね」

菜月は、大翔との時間についてポツリポツリと話し出した。

ディナーの帰りに、家に誘われたこと。突然抱きしめられそうになったこと。そして、思わず振り払ってしまったら、連絡が来なくなったこと…。

「ねえ、どう思う？嫌われたのかな…？」

「うーん」

恭一はしばらく考え込んでから口を開いた。

「嫌われたかどうかはわからない。でもその人、強引だよ。菜月の気持ちより、自分の気持ちを優先しているというか…」

恭一が大翔の事を良く思っていないのは、よくわかっていた。

「そうだね…」

「まあ悩んでも仕方ないし、ちょっと気分変えたほうがいいよ。菜月は落ち込むと、そのことしか頭になくなるから」

たしかに菜月は、一度気にしてしまうととことん悩んでしまう性格なのだ。

「連絡がないだけで、こんなに悩むなんてね」

思わず苦笑する。自分が思っている以上に、大翔に対する期待が膨れ上がっていたことを自覚せざるを得ない。

― でも、本当に好きなんだもん。

最寄りのコンビニに寄ってお酒やおつまみを買いながら、菜月は思いつめた気持ちになった。

コンビニを出ると、恭一が一度立ち止まって、改めて聞いてきた。

「ねえ、本当に菜月の家でよかったの？」

「え？」

そういえば、家で恭一と2人きりになったことはなかったことに気がつく。

仲が良いからまったく気をつかっていなかったけれど、恭一はさすがに気をつかってくれているようだった。

「全然いいよ」

菜月は笑いかける。

だって、恭一は完全に、ただの男友達なのだ。


「完全に友達」。そう思っていたのだが…


部屋につくと、恭一はなぜか落ち着かなそうにソファに何度も座り直していた。

「どうした？」

「いや、なんか女の人の部屋って慣れなくって」

買ったお酒とおつまみを目の前のテーブルに並べている恭一は、照れたように笑った。

それから気持ちを切り替えるように懐かしそうに目を細める。

「こうして2人でソファに座ってると、ロンドンを思い出すね」

「そうね。よくこうやって並んで映画見たよね」

ロンドンに留学していた頃、寮の共有スペースのソファで、よく洋画のDVDを見たものだ。

あの頃はまだお互いに、字幕を頼りにしていたっけ。

「ねえ。せっかくだし、Netflixでも見る？」

恭一の提案に、「いいね」と即答した。

しかし、菜月の目元は、先ほどから頻繁にスマホの通知をチェックしている。

そんな菜月の様子を見て、恭一は優しく言うのだった。

「菜月？」

「ん？」

「…今は、その人のことは忘れな。ほら、映画のときくらい、悩みは忘れて横に置いとかないと」




2時間の映画は、あっという間だった。英語が耳に入ると、仕事モードになれるからかもしれない。

流れるエンドロールを見ながら、菜月は自分の中でなにかが切り替わったのを感じた。

― 大翔さんに嫌われたからってなによ。

もともと、恋愛なんてどうでもよかったのだ。自分のこれまでの生き方を思い出した。

「ちょっと冷静になってきたわ。大翔さんにどう思われようと、別にいい。気にしないことにする」

恭一は、頷きながら笑う。

「そうだよ。そんなヤツのせいで気を揉むことないって」

あくまで穏やかに行ったあと、少し焦ったように付け加えた。

「ああ、ごめん。そんなヤツとか言って」

「え？」

「俺ね、菜月が傷つくのがとにかく嫌なんだ。だから、その男のことが悪者に思えて」

おどけたように笑う恭一に、胸がいっぱいになる。

「菜月はホントに綺麗になったし、相手なんて自分で好き放題選べるさ」

恭一はおもむろに立ち上がると、カバンを手にとった。

「じゃあ俺、そろそろ帰るね」

「あ、別に泊まってっていいよ？終電ないよね？」

慌てて引き止めるが、恭一は首を横に振る。

「そんなわけにはいかないよ。タクシーがあるし」

「そう…。今日はありがとう。やっぱり持つべきものは親友ね」

屈託なく言う菜月は、笑顔で続けた。

「あーあ、恭一とここで一緒に住みたいくらいだわ。ずっと一緒にいたら、毎日癒やされそう」

「…そんなこと言わないで。つらくなるじゃんか」

「…？」

見上げた恭一の微笑みの中には、寂しさが混じっている。

「ごめん、なんでもないよ。おやすみ」

菜月はハッとした。

― 恭一の優しさの中には、特別な気持ちが混じっている…？

「あの…」

かけるべき言葉を探しているうちに、恭一は手を振りながら、笑顔で家を出ていってしまうのだった。

▶前回：恋愛経験がなさすぎて、正解がわからない…。男に家に誘われた29才女が、どうしても確認したかったこと

▶1話目はこちら：“垢抜ける”ことを決意した夜。初対面の男から浴びせられた、プライド崩壊の言葉とは

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大翔を諦めかけた菜月だったが、また気持ちに火がつき…