「いつ結婚？」そこそこで手を打つか、本当に好きな人が現れるのを待つか。アラフォー女子の潮時とは
いつの間にかアラフォーになっていた私。
後悔はしていないけど、なにかが違う。
自分とは違う境遇の他人を見て、そう感じることが増えてきた。
キャリアや幸せな結婚を手に入れるために、捨てたのは何だっただろう。
私のこれからって、どうなっていくんだろう。
これは揺れ動き、葛藤するアラフォー女子たちの物語。
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アラフォー女子の結婚の決め手【前編】
名前：田口麻友
年齢：39歳
職業：ソフトウェアメーカー勤務
趣味：観劇
グランドハイアットのラウンジ『フィオレンティーナ』の一角。
私は香穂子とその婚約者の二人と向かい合って座っていた。
「麻友さんに絶対に結婚式、来てほしいんです。ねっ？」
そう言って香穂子は隣に座っている夫になる人と顔を見合わせた。
彼女のティーカップを支える左手薬指にはハリー・ウィンストンの婚約指輪が輝いている。
ラウンドカットのダイヤをパヴェダイヤがぐるりと囲み、優雅かつ豪華な輝きに、人の婚約指輪だとはわかっていてもため息が漏れてしまう。
それに、結婚を控えた女性の美しさときたら…。指輪を選び、ドレスを作り、そしてブライダルエステで自分史上最高の美を仕上げていく花嫁への階段。
― 一緒に婚活していた後輩に先を越されたとは…。
香穂子の指輪をチラ見しながら、自分に対しては別の意味のため息しか出てこない。
今日のように友人から結婚の報告を聞くたびに、私は人知れず焦るのだ。「どうしても結婚したい」といった強い結婚願望はない。だが、一人、また一人と友人が結婚していくのを見るにつけ、なんとも悲しい気持ちになる。
香穂子は前職の後輩で、年齢的には私より3つ下の35歳。仕事は、弁護士事務所で秘書をしている。20代半ばに知り合い、趣味が同じ観劇であったことから妹のように可愛がってきた子だが、ここ2年ほどは私の婚活仲間でもあった。
それまで結婚について深く考えたことがなかった私が婚活を始めたのには、いろいろ理由があった。
「お願いだから一度くらい結婚してちょうだい」と病気がちの母に言われたこと。香穂子から「一緒に婚活しましょ」と誘われたこと。そして、当時、私にはどうしようもなく好きな恋人がいたこと。その彼だけは絶対に結婚できない間柄だったこと。
私から見れば香穂子はまだ結婚に焦る必要のない年齢なのだが、彼女はかなり積極的に婚活に取り組んでいた。
結婚相談所、マッチングアプリ、友達の紹介、元カレの棚卸し…私の何倍も果敢に婚活の大海原に乗り出していった香穂子。に対して、同じように頑張ったつもりでいて、未だに手応えすら感じたことのない私。
この先一人で歳をとっていくのが不安。誰かと結婚したいと常日頃から言っていた彼女は、実際、婚活市場でモテモテだった。
小柄で色白、童顔なのでとても35歳には見えない容姿も人気の理由だろう。そして、そんな香穂子が生涯の伴侶として選んだのは、想定外の相手だったのだ。
どうしても結婚がしたい。4つ下の後輩の結婚の決め手とは？
「僕と彼女、結構歳が離れてるんですけど…初めて会ったときにビビビってきたんですよ」
「ビビビっ」と使い古された言葉で馴れ初めを話す香穂子のお相手、勝さんは52歳。
バツイチで別れた元妻との間に、25歳のお嬢さんが一人いるという。全国展開している飲食店を経営し、自宅は田園調布にあるそうだ。
香穂子から「彼は50代」とは聞いていた。
最近の50代って昔の50代とは訳が違う。身に着ける小物やファッション、そして人生経験次第でもって、イケオジを体現するような人もたくさんいる。
ところが、待ち合わせ場所にやってきた恋人、勝さんはまるでゴルフ場から抜け出してきたかのような服装に年相応の体つきで、香穂子のパパと紹介されても違和感ないような人なのだ。
「明治神宮で神式のお式をするんです。ドレスは披露宴で着るんですけど、これ、見てください」
そう言って、スマホの画面を向ける香穂子。そこには、桂由美でオーダーしたという真っ白なウエディングドレスと、鮮やかなブルーのカクテルドレスを着る香穂子が写っていた。
「うぁー！すごく素敵！」
と私は思わず声をあげた。
さすが歳の離れた会社経営者のお相手をゲットしただけあって、ホテルもドレスも豪華だった。
香穂子がひとしきり喋り終えた時、私の脳裏には明治神宮の本殿を大きな蛇の目の朱傘の下、しゃなりしゃなりと歩く香穂子や、ケーキに入刀する香穂子がリアルに浮かび上がっていた。
盛り上がる私たち二人を尻目に、勝さんが伝票を手に取りゆっくりと席を立った。
そして、「じゃあ、香穂ちゃん、僕はこれから仕事があるからゆっくりね」と言って、申し訳なさそうに去って行った。
エントランスに向かうその背中を見送った後、私たちは目を見合わせる。
「いい人そう！香穂子、彼と結婚しようって思った決め手は何？」
と聞くと、「うーん…」と香穂子は決まりが悪そうにしている。
「人生経験豊富だから、きっと一緒にいて安心感があるよね」
私はその場をつくろうように、当たり障りのないところで言葉を付け加えたのだった。正直、香穂子の歴代彼氏を知っている私としては、勝さんは意外すぎた。こんなこと言っては失礼だが中高年と結婚するなんて。
今まであれほどまで盲目的、情熱的に恋愛をしてきた香穂子。自他共に認めるイケメン、マッチョ好きの香穂子が、彼のような中高年との結婚を決意するとは。
「確かに…将来的な安心感はめちゃくちゃあるかも」と香穂子。
「いいなぁ。私なんて将来の不安しかないよ〜。結婚はしたいけど、そんな予定ないしさ」
私には付き合って半年の彼がいるけれど、いまひとつ真剣に向き合えていないのだ。
私がボヤくと、いきなり香穂子が前のめりに語り出した。
「私、35歳じゃないですか？今まで好き勝手恋愛してきましたけど、30過ぎた頃から恋愛のスピード感がガクッと落ちたんです」
「スピード感？」と私は聞き返した。
「私はこの人のこと好きなんだろうか？この人と結婚まで行くんだろうか？そもそもこの人でいいんだろうか？って考え始めると、沼にハマってしまい、先に進めないんです」
香穂子の言いたいことは、なんとなくわかる。一歩踏み出すのに慎重になりがちだし、そもそも20代の頃に比べたら、出会いも格段に減った。
「いつも側に誰かいてほしい体質なのに、昔みたいに“とりあえず付き合ってみるか”ってことができなくなっちゃって」
「わかる！」
私は反射的に相槌を打った。
歳をとるごとに、恋愛、結婚ともにハードルが上がってたことを私も実感していた。
それでも結婚はしてみたいと思っている。
「知ってると思うけど、私も同じ感じだった。ここ数年。だから、悩むよね。好きな人が出てくるのを待つか、それとも結婚できそうな人と結婚してみるか」
と、ここまで言った時、私はしまった！と思った。
本当にこの人と結婚すべき？リアルな潮時がわからない39歳女子の本音
「ごめん、ごめん。香穂子ができそうな人と結婚したって言う意味じゃないよ！」
私は焦って、言い訳がましいことを口にした。
「麻友さん、別にいいんです。でも一つ大切なことをお伝えしてもいいですか？後輩の分際ですが」
突然、香穂子はピリッと真顔になった。
「好きな人が出てくるのを待つか？そこそこで手を打つか？麻友さん今頃何を言ってるんですか？39ですよ？」
39ですよ？のフレーズがグサッと突き刺さる。
「本当に好きで、好きでどうしよもなく好きな人と結婚できるストーリーなんて、そうそうありません」
竹を割るように香穂子は言い切った。
「恋の病っていうように。恋は病気です。言い換えれば、浜田省吾の歌にもあるように恋は魔法です」
あまりの真剣さとたとえの古さに私は吹き出してしまった。
「あ、浜田省吾とか引用しちゃうって、私も相当勝さんの影響受けているかも」と香穂子。
香穂子の言いたいことはわかる。恋は発作的、自らのコントロール以外のところで起こるものと言いたいのだろう。
病にかかった経験、魔法がとけずがんじがらめになった経験は、私にだってある。
「でも、麻友さん、愛は意思で育てることができるのですよ〜。うちの両親がいい例です」
と香穂子はにっこりとうなづきながら言った。
そういえば、香穂子の両親は、お見合いで結婚したが、とても仲が良いと聞いたことがある。
「勝さんはいい人だし、やっぱ経済的に余裕がある人のもつオーラみたいなものはありますし。あと私のことが大好きだっていうんです」と惚気る香穂子。
事実、香穂子は付き合い始めた当初から、ねだらずとも欲しいものを買ってもらっていた。カルティエのパンテール、シャネルのマトラッセ、結婚指輪と婚約指輪はハリー・ウィンストンで。この半年の間で、香穂子はみるみる高い女に脱皮していった。
「麻友さんは、今カレと結婚しないんですか？それとも、まだあのカレを忘れていないんですか？」
「あー、結婚はまだないかな…」と答えたとき、まるで呼応したかのように私のスマホが震え始めた。
「とかなんとか言って、彼ですよ！私に遠慮せず出てくださいよ」
私のスマホ画面を覗き見た香穂子が言う。
でも、なぜだろう。私はその電話をとることを躊躇していた。幸せ絶頂の彼女を前に、私の現実を見ることに。
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好きな人ができないことに悩む、アラフォー女子の葛藤とは
