御曹司とのデートで、スマホを封じられ…【好きって言わせたい！vol.7】
同じ会社、同じ部署。そこで働く、27歳・同い年の美女ふたり。
世渡り上手のあざとい女子と、真面目過ぎて融通が利かない女子。
彼女たちは見た目から性格、そして行動まで、何もかもが“正反対”なのだ。
そんなふたりが恋に落ちたのは、同じ会社のイケメン次期社長！？
美女ふたりからアプローチを受ける御曹司は、一体どちらの女性を選ぶのか。
◆これまでのあらすじ
大手製菓会社の広報部で働く紗良と七瀬は、お互いに御曹司の英琉に気があることを知る。紗良は、得意の匂わせで七瀬をけん制。対する七瀬は、英琉にどう接したらいいのかわからず、挙動不審になってしまう。
▶前回：SNSで匂わせるあざとい女子と素直になれない真面目女子。御曹司を狙う、ふたりの美女たちの思惑は
Vol.7 写真を撮ることができなくても…
〜「誰にも言わないでね」紗良の使い方〜
「あのお、一ノ瀬さん…？」
英琉に連れられてきたのは、シャングリ・ラ 東京だった。
平日の午後、15時。
状況を飲み込めない私は、キョロキョロと視線を泳がせる。すると、その前を平然と歩く英琉が、エレベーターホールの前でピタッと立ち止まった。
「えっと、『ザ・ロビーラウンジ』は28階だったかな。ん？村上さん、何か言いました？」
「えっ、あ…いいえ♡」
― 何も聞かずについてきちゃったけど…。あ〜ビックリしたあ！そういうことねっ！
「僕、ここのアフタヌーンティーが好きなんですよ。村上さん、来たことありますか？あ、もしかしてお腹いっぱいだったりします？」
「初めてです〜♡友達のインスタで見て、気になってはいたんですけどお！え〜楽しみ〜！いっぱい食べよ〜っと」
そう言って、バッグからスマホを取り出すと、Instagramに投稿する写真をいつでも撮ることができるように胸の前に構えた。
「それならよかったです！バレンタインのお礼に、と思って」
浮かれた私の姿を見て、英琉も微笑んでいた。
それなのに、2人きりのエレベーターが上昇していくと、次第にピリッとした空気が流れ始める。
私は、ちょっとした違和感を覚えていた。
紗良が気になった違和感の正体とは…？
『ザ・ロビーラウンジ』に到着すると、案内されたのは窓際の席だった。
2人そろって都心の景色を一望できるように配置された椅子は、正面というよりは横並びに近い。
そこでふと、右隣に座る英琉に視線を向けると、いつもどおりの柔和な雰囲気の彼がいた。さっきの違和感は、気のせいだったのだろう。
― それにしても、一ノ瀬さんって…ラグジュアリーな空間が似合う〜♡
この日の英琉は、ネイビーのシングルスーツに水色のシャツ。そこにあえて合わせた、暖色系のブラウンのネクタイが上品で、クラシックなラウンジによくなじんでいる。
椅子に座る姿は背筋がスッと伸びていて、どこか余裕さえ感じさせる。
そんな彼と一緒にいることで、早くも夢見心地になってしまった私は、すぐ近くの席から上がった歓声でハッと我に返った。
「わー！かわいいーっ！！」
声のほうを振り向くと、そこには2人の女性客がいた。席を立ち上がったり、テーブルの前にしゃがみ込んだりして、さまざまな角度からアフタヌーンティーの写真を撮っている。
「うわっ、本当にかわいいですねっ♡写真撮りたくなっちゃうの、わかるなあ！」
私がそう言うと、英琉は目線をテーブルに落としたまま、意外な言葉を口にしたのだった。
「…写真、SNSに載せるのかな」
― あ、またこの感じ…。
エレベーターの中でも感じた、普段の英琉が発するものとは違った空気だった。
そのとき、私たちの前にも、アフタヌーンティーが運ばれてきた。スイーツやスコーン、セイボリーにもいちごがふんだんに使われていて、華やかだ。
この雰囲気に乗じて、私は何げないふうに答える。
「えっ？そうじゃないですかあ？だって、これは人に見せたくなっちゃいますよお♡」
「そうですよね。僕が、最近の流れについていけてないだけなんでしょうね。だけど、写真に残さないからこそ、心に残ることってあるなあと思うんです。おじさんっぽいですか？」
英琉は、まわりの人には聞こえないように、グッと顔を近づけてきてからこう付け加えた。
私は、その距離の近さに息を殺しながら、手に持っていたスマホをバッグの奥に押し込んだのだった。彼は、柔らかい物言いをしたけれど、きっと何でもかんでも写真を撮って、SNSに載せるタイプの人が苦手なのだろう。
違和感の正体は、これだったのだ。
「おじさんだなんて、そんなあ！私は、一ノ瀬さんの考え方、とっても素敵だと思いますよ♡」
心の中では、写真を撮ってInstagramに投稿できないことに小さく舌打ちをした。けれど、彼が言うように、写真を撮らないことで今この瞬間を心から楽しんで過ごそうという気持ちになるのも確かだと思ったのだ。
「もしかして、一ノ瀬さんっ！このいちごとホワイトチョコのスコーン、お好きですかあ？よかったら、もう1個どうぞ♡あ、紅茶もいれますねっ」
「ありがとうございます！じゃあ、村上さんはスイーツをお好きなだけどうぞ」
そう言って照れくさそうに笑うリラックスした雰囲気の英琉に気づけたのも、写真に意識が分散することなく、彼に集中していたからかもしれない。
― うっかり写真を撮ったりしなくて、本当によかったあ…！
けれど私は、英琉と2人きりで過ごす特別なひとときを、自分の胸の内にだけおさめておくことはできそうになかった。
特に、七瀬の耳には、どうにかして入れておきたい。
そのためにはどうしたらいいだろうかと考えながら会社に戻ると、私は同僚の1人を呼び止めてこう言った。
「ねえ、誰にも言わないでね…」
こんなふうに前置きをすると、聞かされた相手は口外したくなるものなのだ。
紗良が同僚に話した内容とは…？
〜止めるべきは、写真だけではなかった…英琉のため息〜
部長からの、頼まれごとのあと。
僕は、広報部で一緒に働く紗良のことを、アフタヌーンティーに誘った。
バレンタインにチョコをもらったお礼だ。それと、行き先がシャングリ・ラ 東京の近くだったことも大きい。
なぜなら、この時季限定の「ストロベリーアフタヌーンティー」は、大のいちご好きの僕にとって、毎年欠かすことができない楽しみの1つだからだ。
だが、彼女のことを誘うにあたって、どうしても気になることがある。
「一ノ瀬さん、村上さんと仲がいいんですね！」
こんなことを、ほかの女性社員から言われてしまったのだ。
聞くと、数日前の昼休みに、僕は彼女と一緒に屋上でランチをしたことになっていた。
非公開になっていて僕からは見ることができないが、紗良はInstagramでそのように疑われる投稿をしたそうだ。
― 変にうわさされることは避けたいんだけどなあ、でも…。
紗良は部署内の男性社員だけでなく、他部署にもファンがいる魅力的な女性だ。彼女が仕事で少しでも大変そうな素振りを見せると、まわりの男たちは待ってましたとばかりにスッと手を差し伸べる。
そうやって、うまいこと切り抜けているなあと感じることはあるが、彼女と一緒にホワイトデーの企画を任されたとき。細かく地道な作業を、弱音や愚痴を吐くことなく最後までやり遂げる姿を見て、意外と根性があるではないかと感心したのだった。
― 写真さえ撮られなければ、大丈夫だろう。
そんな軽い気持ちで、僕は彼女を誘ったのだ。
シャングリ・ラ 東京に到着すると、案の定、紗良はすぐにスマホを取り出した。
それを見た僕は『ザ・ロビーラウンジ』に向かうエレベーターの中で、彼女に写真を撮らせないようにするにはどうしたらいいのかと、思考を巡らせていた。
席に着くと近くに座る女性客たちが、楽しそうにアフタヌーンティーの写真を撮っている。紗良は、その様子に目をキラキラさせていた。
だから僕は、彼女には申し訳ないと思いながらもこう言ったのだった。
「写真に残さないからこそ、心に残ることってあるなあと思うんです」
これは本音だが、決して写真を撮って、それをSNSに投稿する人が苦手だというわけではない。
ただ、会社の同僚という立場で、まわりからいろいろと勘繰られるのは、お互いにとってよくないだろう。
紗良は、僕の言葉の意味を理解してくれたようで、スマホをバッグの中にしまった。
おかげで、それから2人で過ごす時間はとても楽しかった。
彼女は、僕の好物を素早く察知したり、カップの中の紅茶が空になると注いでくれたり、まわりをよく見ている。気遣いのできる女性だなと、ここでもまた感心させられた。
― 村上さんも楽しんでくれたみたいで、よかったな。
そんな気持ちで、『ザ・ロビーラウンジ』をあとにしたのだった。
しかし、翌日には僕らが2人でホテルに行ったという、間違いではないけれど大きな誤解を招くうわさが広報部内に広まっていて驚いた。
その渦中にいたのは、もちろん紗良だ。
「一ノ瀬さ〜ん、ごめんなさいっ！私、つい…」
写真がなくとも、うわさはすぐに拡散してしまう。
僕は、彼女にしっかりと口止めしておかなかったことを、激しく後悔した。
「はあ……」
ため息をつきながら自分の席に座る。すると、隣にある七瀬のデスクに置かれたスマホの画面の中で、何かが動いているのが見えた。
― あれは、もしかして…？
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紗良にバレンタインのお返しをした英琉。次は七瀬なのだが、彼女が喜びそうな場所はきっと…
