マウンティング。

本来は動物が「相手よりも自分が優位であること」を示そうとする行為のことを言う。

しかし最近、残念ながら人間界にもマウンティングが蔓延っているのだ。

それらを制裁すべく現れたのが、財閥の創業一族で現在はIT関連会社を経営する、一条元（はじめ）。通称・ジェームズだ。

マウンティング・ポリスとも呼ばれる彼が、今日戦う相手とは…？

▶前回：「ご主人の年収、たった800万？低くてかわいそう〜」夫の年収を探り、バカにしてくる女友達に対し…




久しぶりに、鳥の鳴き声で目が覚めた。いつもとは違うベッドの上で大きく伸びをしていると、ドアのノック音が聞こえる。

「どうぞ。開いてるよ」
「お坊ちゃま、おはようございます。朝食、できておりますよ。いつものをご用意致しました」
「ヒデさん、ありがとう」

今日は久しぶりに、大田区にある実家に来ていた。

ヒデさんは昔から一条の家に勤めてくれている執事で、小さい頃は忙しい父に代わって僕の世話をしてくれていた。そんな彼も今ではすっかり歳をとり、髪も髭も白くなっている。

いつ来ても変わらない重厚感のある階段を下りて、キッチンの隣にある朝食専用のダイニングへと向かう。

久しぶりに紙の新聞を読みながら朝食を食べていると、女友達の朱莉から連絡が来た。

Akari：ジェームズ、今夜時間ある？至急集合してほしくて。


「暇だけどさ…」

最近では、こういった連絡が何を意味するのか、察することができるようになった。そんな自分を、少しだけ恨めしく思ってしまったのだが…。


ジェームズのもとに届いた、依頼内容とは？


Case7：ブランドマウンティング女／通報者・朱莉（32）の場合


あれは、先週末のことだった。友人の美沙とお茶をしていると、彼女からこんな誘いを受けたのだ。

「ねぇ、朱莉。今度“HERMES会”しない？」
「へ？」

美沙とは、もう10年くらいの仲になる。以前から彼女はブランド物が好きだったけれど、今の彼氏と交際してからそれが一気に顕著になった。

うんと年上の彼氏は相当なお金持ちらしく、美沙にあれこれとブランド物を買い与えているようだ。

今日も彼女は、頭のてっぺんから爪先まで、わかりやすいほどのブランドで身を固めている。

トップスとボトムスは某ハイブランドのわかりやすいロゴが大きく入っていて、アクセサリーもバッグも靴も、パッと見ただけでどこのブランドかわかる（ただブランドに統一性はない）。

総額は一体いくらなのか想像するだけでもクラクラするけれど、彼女にとってはそれがアイデンティティーのようだった。

「あ。でも朱莉が持ってるバッグだとあれか…。本当はバーキン会でもいいかなと思ってたんだけど、それだと持ってない人が参加できないかなと思って」
「いや、私はそういうのいいかな…」
「大丈夫だよ！朱莉、この前ヴィンテージの何か持ってなかった？」

どうして美沙は私に声をかけたのだろうか。そして、人の持ち物をよく覚えているなと感心する。

「他の人を誘いなよ。私は遠慮しておこうかな…」
「そんなこと言わないで。朱莉だって、1つくらいは持ってるでしょ？バーキンくらい」




私の友人は、いつから変わってしまったのだろうかと寂しくなる。でも持ち物は、ここまで人を変える力を持っているのかもしれない。

「まぁ、お母さんの物ならあるけど…」
「え？じゃあちょっと古いやつなんだね。でも大丈夫、それでも平気だから」

今の彼氏と付き合い始めてから、美沙のInstagramもわかりやすいほどに変わった。洋服から帽子まで、皆知っているようなハイブランドの物ばかり投稿するようになったのだ。

そして付き合う友人たちも、同じような人が増えているようだった。

正直、私はその輪の中に入りたくない。でも彼女は、なかなか諦めてくれなかった。

「なんで私なの？他の人を誘えばいいじゃない」
「朱莉じゃないとダメなんだよ〜。だって、朱莉は何でも持ってるじゃん。そういう子じゃないと、私に付き合いきれないと思うから」
「…どういう意味？」
「朱莉って、一応いいところのお嬢なんでしょ？HERMES会にショボい子を連れて行ったら、私の格まで下がりそうだし」

呆れて何も言えない。でも美沙は悪気なさそうに話し続ける。

「結局、ブランド物ってわかりやすいと思うんだ。その子の今のステータスとか、人としてのランクが出るじゃない」
「ランク…？」
「朱莉も、もう少しいい物持ったら？じゃないとバカにされるよ」

もはや返す言葉もなかった。

別に、彼女からマウントを取られたわけではない。でもどうしても、美沙が言っていることを受け入れられなかったのだ。


ブランドで身を固めて周囲を見下す女に、待っていた結末とは…


HERMES会を丁重にお断りしてから、2週間後。

「ジェームズ！こっちこっち」
「Hey！…朱莉もさ、僕のこと暇人だと思ってるでしょ？」

そんなことを言いながらも、友人の誘いにはちゃんと乗ってくれるのがジェームズらしい。しかも、今朝連絡した通りの服装で来てくれている。

「いつも通りの服装で来て、ってどういうこと？これでいいの？」
「うん、完璧」

状況がわかっていないジェームズに、私は笑顔を向ける。そうこうしている間に、約束していたレストランに美沙がやって来た。

今日もハイブランドで身を固めてきた彼女の隣に、シンプルな装いのジェームズ。その対比を見ながら、私は少し唸った。

お互いの紹介を手短に済ませて乾杯すると、さっそく美沙が私に尋ねてくる。

「ねぇ朱莉さ、なんで昨日のHERMES会に来なかったの？すっごく楽しかったのに。写真見る？最後にみんなのバッグを並べて撮ったんだよ〜」

嬉しそうに写真フォルダをスクロールさせる彼女に、ジェームズが目を丸くしている。

「HERMES会…？」
「そうなんですよ〜♡みんな新作のバッグとかレア物を…」

そう言って美沙が、説明しようとしたときだった。

「あぁ！VIP専用のパーティーのことか。朱莉、今年もママと一緒に行ったの？」




実はHERMESには非公開のパーティーが存在する。そこには様々な顧客が集うため、言わずもがなとても華やかな会だ。

でも美沙は、完全招待制でシークレットな”正規のHERMES会”の存在自体、知らないと思う。

現にジェームズの言葉がわからない様子の彼女は、首を横に振っている。

「ジェームズさん、違いますよぉ。HERMESのバッグを持って、みんなで集まる会のことです」
「えっ？」

この前の私と同じような反応をするジェームズが面白くて、思わず笑いそうになる。

「Wow！すごいですね…」

しかしジェームズの言葉に気をよくしたのか、美沙はなぜか自慢げに話し始めた。

「全然すごくないんですよ〜。みんな最近買ったバッグを持って、集まるだけなので」
「はぁ、そうなんですか」
「あ、ごめんなさい。ジェームズさんは、そういうのは興味なさそうですもんね」
「そうですね。あまりブランドにこだわって買ったことはないかもです…」
「普段はどちらで買い物されるんですか？」

彼女が嬉しそうにマウンティングする姿に、私は頭を抱える。なぜジェームズにそんな質問をするのだろうか。

天下の一条グループの、御曹司であるジェームズ。実家は田園調布の超大豪邸で、世界レベルのスーパーセレブなのに…。

「う〜ん、どこだろう…。家に来ていただいたり？」

それは外商さんが、家に来てくれるから。

「あとは、海外へ行ったときに作ったりかな」

ハイブランドのVIP顧客として、ほんの一握りの人しか招待されないオートクチュールのショーなどに、一条家は呼ばれている。

きっと、そこであつらえた物のことを言っているに違いない。

「でもこの前、岡山の職人さんが作った下着に出会って！その肌触りがとにかく最高で、日本の技術の素晴らしさを実感しました。あとは適当ですよ」

本当のお金持ちは、決して見せびらかさない。ハイブランドの物も持つけれど、それを自分のアイデンティティーにはしない。

なぜなら、それらは“当たり前に日常使いする物”だからだ。そして見せびらかすと言うのがどれほど品のないことなのか、彼らは小さい頃から教えられている。

「そういえばこの前、ZARAにも行きましたよ！」

嬉しそうに話すジェームズ。

どこまで美沙が気づけたのかはわからないけれど、今ジェームズがさりげなく羽織っている薄手のニットはHERMESの物だ。

そのほかもブランドのロゴこそ目立ってないものの、すべて上質な物ばかりだった。

「で、朱莉。今日ってこれは何の会だったの？」
「ううん。なんでもない。楽しく飲もう！」

― ジェームズ。本物の“品のよさ”を教えてくれてありがとう！

心の中で、何度もそう叫んだ。

そして何かに気がついたのか、この日以来、美沙がブランドアイテムをひけらかすことはなくなったのだった。

▶前回：「ご主人の年収、たった800万？低くてかわいそう〜」夫の年収を探り、バカにしてくる女友達に対し…

▶NEXT：3月21日 月曜更新予定
飲食マウンティング男