「立教卒の嫁なんて」マウンティングしてくる義母に反論したら…【夫と私とサチ子 Vol.9】
ハイスペックといわれる男性は、小さなころから母親に大切に育てられていることが多い。
それゆえ、結婚してから、子離れできていない母親、マザコン夫の本性が露呈することもある。
あなたは、この義母・サチ子に耐えられますか―？
◆これまでのあらすじ
将暉と夫婦生活が無い状況が続く春乃。サチ子からの孫の催促は、加速していくばかりで…。
▶前回：「今夜はアリ？」と期待していたのに、裏切られた29歳妻の悲痛な叫び
Vol.9 不出来な嫁
9月下旬の土曜日の8時。
将暉は、高校時代の親友の結婚式に参列するため、日帰りで名古屋に行っている。彼と一緒に早起きをしたので、以前から気になっていたこの店に来てみることにしたのだ。
シュリンプアボカドサンドを食べ終えて、ゆっくりコーヒーを飲んでいると、赤ちゃん連れの同世代とおぼしき家族が入店してきた。
― 私と将暉も、いつかあんなふうになれるのかな…？
不意に、胸が締めつけられる。
彼とはレス状態が続いたまま短い夏が終わって、秋が訪れた。
将暉は、いつまでこの状況を続けて行くつもりなのだろうか？今は子どもを望んでいないが、いざ作ろうとなったときに、どうするつもりなのだろうか？
胸にはモヤモヤとした不安や疑問が、ずっとまとわりついている。
小さくため息を吐いたとき、1通のLINEが入った。送り主はサチ子で、『今家を出たから、10時頃に着くわ』というメッセージに、目を輝かせたうさぎのスタンプが添えられている。
ゴルフを始めて、将暉と週末は一緒にプレイすることが多くなり、サチ子と会う頻度が、少し減っている。そのお陰で、最近は少し余裕を持って彼女に接することができるようになった。
今日は、サチ子の好物の坦々麺をお取り寄せして、私からランチに誘ったのだ。
しかし…約束の時間は12時だったので、私は、困惑する。
― なんで約束より2時間も早く来るの！？
急いでコーヒーを飲み終え、タクシーを拾って、帰路につく。
穏やかに2人でランチをするはずが、事態は思わぬ方向に進んでしまって…
◆
『ピーンポーン、ピーンポーン』
インターホンのモニターに満面の笑みを浮かべて、手を振っているサチ子の姿が、映し出された。
― また、下のオートロック通り抜けて、部屋の前にいるなんて…。
「春乃さん、こんにちは〜！張り切って、早く来ちゃった」
ドアを開けると、サチ子は、相変わらずのハイテンションで声をかけてきた。
「お待ちしていました。下のオートロック通れたんですね」
私は、さりげなく釘を刺す。
「合鍵持ってるから、当たり前じゃない。まあくんには、『いつでも好きなときに来ていいよ』って言われてるわ。インターホンなんて押す必要も無いんだけど、『親しき仲にも礼儀あり』かなって。私は、常識人だから」
「お、お気遣いありがとうございます…」
平然と言うので、そう返すのが精一杯だった。
サチ子は物慣れた様子でバスルームに向かって手を洗うと、持参した紙袋の中身をダイニングテーブルに広げはじめる。
「はいこれ、お土産。この前も渡した妊活にいい漢方よ。そろそろ飲み終わる頃でしょ。あとこれは、新しいサプリメントとドリンクね。とても評判がいいのよ」
「あ、ありがとうございます…」
サチ子には以前、子どもをすぐに作る気はないと言ったのだが、なぜかそれは無かったことになっていて、最近は妊活に効くとされるものを会うたびに持ってくる。
彼女を失望させたくないので、都度お礼を言って受け取っているが、加速していくばかりのプレッシャーに、息苦しさを感じている。
「お義母さま、お変わりなかったですか？」
「最近眠れなくて…。お医者様には、心労が要因じゃないかって言われたのよ。やっぱり孫のことが気になってるからだと思うの」
妊活の話題から気をそらすための質問だったのに、暗に孫ができないことを責めてくるサチ子。
ひとまず受け流して、やや強引に話題を変えることにする。
「秋って身体の不調がでやすい季節って言いますもんね。お身体、大事にされてください。
ところで、来月は、お義母さまのお誕生日ですよね？お祝いさせてくださいね！レストランの予約しておきますよ。ご希望ありますか？」
「私、お祝いされるのって、だ〜い好き！春乃さんにお任せするわ」
サチ子は、満足げな様子で、入れておいた紅茶のカップに口をつけた。
その後、サチ子の好きな海外ドラマの、お気に入りの登場人物や、シーンについて話しているとようやく12時になった。
「お義母さま、そろそろ坦々麺のご準備しますね」
するとサチ子が、突如険しい表情に急変して、言い放ってきた。
「春乃さん、ずっと我慢してきたけど、もう限界よ。あなた、自分が不出来な嫁だって自覚はある？」
「……」
あまりの態度の急変と脈絡のない言葉に、驚いて声が出ない私。押し黙っていると、サチ子が、続けた。
「結婚生活には“内助の功”が重要なの。パパの会社が成功したのも、将暉がいい学校に入って、いい仕事に就けたのも、全部私のおかげ。
結婚したんだから自分の仕事なんて捨てて、子を産み育て、夫を支えて、いい家庭を築くことに“全集中”すべきじゃないの？大した大学を出ていない春乃さんの仕事なんて、大した価値がないんだから」
一気に言いきって、私を睨みつけている。
― 私だって一生懸命やっているのに、なんでそこまで言われなくちゃいけないの？
悲しみが怒りに変わって、言い返さずにはいられなくなってしまった。
ついにサチ子に物申した春乃。サチ子の反応は、意外にも…
「お義母さまからみたら、立教卒で信託銀行勤務なんて大したことないかもしれませんが、私は一生懸命努力して今のポジションにいます。
仕事だって誇りをもってやっています。“価値がない”だなんて、どうしてそこまで言われなくちゃいけないんですか？」
「……パパやまあくんは、春乃さんよりうんと立派な大学を卒業して、立派なお仕事をしているもの。それに、2人の子どもを産み育てたんだから、私のほうが人としてのレベルは上よ」
言い返されるとは、思っていなかったのだろう。困惑した様子のサチ子。
「お義母さまが頑張っていらっしゃるのはよくわかります。でも、私の大学や仕事についてけなされると悲しいです。それに、子どもを作るタイミングについては将暉さんと話し合ってますので」
語気を強めることなく、あくまで冷静なトーンを保って話した。どんな言葉を返してくるだろうかと思っていると、サチ子は、予想外の反応を見せる。
「春乃さんが、怒った〜」
彼女は、号泣し始めたのだ。
― 泣かれたら、思っていることを言えなくなるじゃない…。
対応に困っていると、「今日はもう失礼するわ」と言い残して、サチ子は、逃げるように帰って行った。
嵐が過ぎ去り、静まりかえったリビングで、激しい自己嫌悪に陥る。
― やっちゃった…。
サチ子と接してきてわかったが、彼女は、思い通りにならないことがあると、癇癪を起こす。そうすれば、相手が自分の言うことを聞いてくれると思っているふしがある。
義父や将暉の、サチ子への接し方を見ていると、こういうときは受け流すのが正しい対処法とわかっていたはずなのに、我慢の限界がきて言い返してしまった。
そもそも将暉とレスであることでイライラしている自分のストレスを、彼女にぶつけてしまった自分もいる。
― 謝らなきゃ！
すぐにサチ子に電話したが、通じなかった。
◆
その日の夜。
帰宅した将暉から、リビングのソファに座るよう、うながされた。
「母さんにひどいこと言ったんだって？泣きながら電話してきたよ。何があったの？」
「お義母さまに、私の学歴や仕事を大したことがないって言われたの。だから意見したの」
「母さんは、春乃と違って社会に揉まれてなくて、弱いんだから。わかってあげてよ。配慮が足りなかったんじゃない？」
一方的に、将暉に責められることに寂しさを感じる。
サチ子に強く言ったことは悪かったと思っている。彼女の言葉を受け流すべきだったことも頭ではわかる。
ただ、サチ子に孫の顔が見たいと言われるにもかかわらず、レスの状況が続いていることのストレスで苦しんでいる私の気持ちを、将暉にも理解してほしいと思ってしまう。
でも、将暉には言えない。言ってしまえば、結婚生活が壊れてしまうような気がするから。
「何を言われても言い返しちゃいけないってこと？だいたい、結婚式のときなんて、全部お義母さまの意向を聞いて、被りたくもないかつらまで被ったんだよ。それでも配慮が足りないなんて、ひどいよ」
「……結婚式のことを持ちだすなんて、どうしちゃったの？そんな面倒なことを言うなんて、春乃らしくないよ」
「私らしさって何？思ったことを率直に言ったら、私じゃなくなるの？」
本当に伝えたいことは別にあるのに。涙が溢れだして、止まらなくなる。
「……」
しばらく沈黙が続いたあとに、将暉が口を開いた。
「春乃、疲れてるんじゃない？俺、風呂入ってくるから、先に休みなよ」
私の問いかけに返答しないまま、彼は、バスルームへと去って行った。
― 面倒なことを言うのは私らしくない、か…。将暉とうまくやっていくためには、自分の本音を押し殺さないといけないの…？
将暉との夫婦関係に、初めて虚しさを感じた。
▶前回：「今夜はアリ？」と期待していたのに、裏切られた29歳妻の悲痛な叫び
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次週、バースデーガールのサチ子に、春乃と将暉は…。
