ELで復活の兆しを見せるフランクフルトMF鎌田大地【写真:AP】

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【ドイツ発コラム】ELベティス戦で鎌田がスポットライトを浴びた舞台裏

 夕凪が吹く晴天のフランクフルトの街中を歩いていたら、古くからある老舗のバーの前に赤いユニホームを纏った一団がたむろしていた。

 この日はこれからUEFAヨーロッパリーグ(EL)のラウンド16第1戦が予定されていて、地元クラブであるフランクフルトが敵地スペインのセビージャでレアル・ベティスと対戦する予定となっていた。

 ヨーロッパの街では日常的にサッカーと触れ合う機会がある。特に試合開催日はホーム、アウェーにかかわらず、街の住人たちがなんだか騒がしくなる。試合が始まればそこかしこのカフェやレストラン、バーから歓声が鳴り響いてお祭りのような雰囲気を醸す。試合に勝利でもしようものならば、近くの広場でサポーターソングを大合唱する大集団にも出くわす。

 コロナ禍の折は、“フェスティバル”が強制的にクローズされていた。その反動もあってか、ウイルス対策の制限緩和が着々と進むドイツ国内のサッカーファンは今、タガが外れたかのようにこの球技を楽しんでいる。

 フランクフルトの住人はかつて、2017-18シーズンに30年ぶりのDFBポカール(国内カップ戦)優勝を果たした時、中心部にあるレーマー広場に約30万人が集結して決勝の地ベルリンから凱旋したチームとともに盛大な祝賀会を催した。

 また、2018-19シーズンでは前年のポカール優勝によって得たEL出場の機会を十全に活用し、グループステージを6戦全勝で突破した後にラウンド16でインテル(イタリア)、準々決勝でベンフィカ(ポルトガル)を次々に打ち破って準決勝へ進出してチェルシー(イングランド)との決戦に挑み、最終的には同第2戦のアウェーでPK戦で敗れるまで大冒険を続けた。

 敵地スタンフォード・ブリッジでの戦いの模様は当然フランクフルト市内のさまざまな場所で中継され、自身が足繁く通っていた行きつけのバーが初めて入場事前予約制となり、自身も馴染みの店員のおばさんに頼み込んで当日に潜り込ませてもらったことを覚えている。

鎌田にとってELはプライドと自信を培養できるかけがえのない大会

 フランクフルトは続く2019-20シーズンのELでも、希望に満ちた戦いを展開した。この時にチームを頼もしく牽引してサポーターから大いなる信任を受けたのが鎌田大地だった。

 この年の鎌田はベルギーのシント=トロイデンへの期限付き移籍から勇躍帰還し、着実に成長を遂げていた時期だった。特にELでの活躍は目覚ましく、グループステージ第5節のアーセナル(イングランド)戦で2ゴールをマークして“ガナーズ”の野望を打ち砕いたのを皮切りに、ラウンド16ではブンデスリーガで後塵を拝していたRBライプツィヒを相手に第1戦でハットトリックを達成。最終的にはライプツィヒを下したあとの準々決勝でバーゼル(スイス)に敗れるまで、鎌田はELで10試合6ゴールをマークして完全なるチームの中核として君臨した。

 また、興味深いことに、鎌田はELでの躍進と呼応して国内のブンデスリーガでも着実に結果を積み上げていった。当初はブンデスリーガ特有の激しいフィジカルコンタクトや目まぐるしい攻守転換の応酬となるスピーディーな展開に戸惑う姿もあったが、ヨーロッパの舞台での経験を糧に、鎌田はドイツの環境にもしっかりアダプトしていったのだ。結局、このシーズンの鎌田はブンデスリーガで2得点とどまったものの、出場試合は34試合中28試合と誇るべき数字を刻んだ。

 鎌田にとってELは、自身のプライドと自信を培養できるかけがえのない大会である。それは2シーズンぶりに出場を果たした今季のELでの戦いでも、如実に示されている。鎌田はグループステージ6戦、そして今週ミッドウィークに開催されたラウンド16第1戦・ベティス戦の全7試合に出場して4ゴールをマークし、まさに“ELの申し子”としての面目を躍如している。特に、下馬評不利と言われたベティスとのアウェー戦で決めたゴールは、1-1の状況から相手の戦意をそぐ絶好の加点で、これでフランクフルトは一気に優位に立った。

 イェスパー・リンドストロームからの右クロスを受ける寸前、鎌田は相手DFがゴール方向へ後退するのを確認して一旦立ち止まり、味方クロスをノーマークで迎え入れる態勢を整えた。その挙動は生粋のストライカーの如し。その華麗な立ち回りに、地元地方紙のフランクルト番記者のインゴ・デゥルステヴィツ氏は「“ユーロ・鎌田”が帰ってきた!」と称え、「彼は国際舞台に燦然と現れ、巧妙なアイデアで光り輝いた」と絶賛した。

ファン・サポーターを引き込む鎌田の確固たる足跡

 デゥルステヴィツ記者が『帰ってきた』と記したのには理由がある。それまでの鎌田は今季のオリバー・グラスナー監督新体制下でなかなか持ち味を発揮できず、最近のゲームでは途中出場が増えていた。しかし、ベティス戦の直近に行われたブンデスリーガ第25節ヘルタ・ベルリン戦で3試合ぶりに先発して1アシストを挙げてチームの4-1大勝の一翼を担って復活の兆しを見せ、件のベティス戦に向けて着々と牙を研いでいた。

 EL決勝トーナメント開催時期に、鎌田のバイオリズムが上昇曲線を描くのは例年通りだ。ちなみに鎌田のそばであえて遠巻きに見守る同僚の長谷部誠は、頼もしき後輩の行末をこう予見していた。

「ここ3、4試合の大地はあまり上手くプレーできていなかったと思います。でも、彼はすぐに本来のパフォーマンスを発揮できる。僕はそう信じています。彼にはすでにその能力が備わっているのだから」

 苦境に陥っても平静さを保つ。これが鎌田特有のパーソナリティーだが、喜怒哀楽を表に示すことでコミュニケーションを図るヨーロッパの土壌では、彼のキャラクターが十全に理解されない風潮も感じていた。しかし、今は思う。ベティス戦でゴールを決めた直後に両膝からピッチへ滑り込み、仲間の祝福を受けて満面の笑みを浮かべる彼はどこまでもエモーショナルだ。そして、そんな彼の姿を観たファン、サポーターが歓喜に打ち震える。激烈なヨーロッパの戦いで、鎌田は確固たる足跡を刻んでいる。

 シーズン終盤戦に向けて期待が高まる。日本人選手でUEFAチャンピオンズリーグ(CL)、そしてELなどの各種ヨーロッパタイトルを獲得したのは2001-02シーズンのUEFAカップ(現EL)で当時フェイエノールト(オランダ)に所属した小野伸二(北海道コンサドーレ札幌)が唯一だ。フランクフルトでELラウンド16に勝ち残っている鎌田大地と長谷部誠は今、リバプール(イングランド)でインテルを下してベスト8へ勝ち上がった南野拓実とともに、再びのはるかなる頂へ挑む。

 そして、少なくともフランクフルトの街の住人は、“ELの鎌田”が究極の夢へ誘う先駆者であると信じている。(島崎英純/Hidezumi Shimazaki)