悪口の犯人を突き止めた美人ママ。彼女の“怒りの決意”とは？
愛しい我が子の育児と、やりがいのある仕事。
多忙ながらも充実した日々を送る、働くママたち。
…けれど、そんなキラキラした“ママ”たちの世界には、驚くほど深い嫉妬と闇がうずまいているのだ。
ある日、1人の幸せな女性に、得体の知れない悪意が忍び寄る―。
悪いのは、一体ダレ…？
◆これまでのあらすじ
幸せな日々を送っていた北山麻紀だったが、自身の会社のSNSへ届く誹謗中傷に悩まされるようになる。
▶前回：「最近、夫の帰りが遅い…」仕事で多忙な夫が妻に告げた、思いもよらぬ事実とは？
「ある時から『海くんと遊ぶと病気になる』ってクラスの誰かが言い出したらしくて…」
理絵からの予想外の報告に、麻紀はあきれ返る。これまでも散々ネット掲示板やSNSのコメントで悪口を書かれたが、今度は息子を病原菌呼ばわりなのかと。
「多分、コロナのことなのかな？」
「どうしてそんな…。全然知らなかった…」
海が泣いた日以来、保育園であったことを聞いても、特に何も言ってこなかった。とはいえ麻紀は、息子がそんな悲しい思いをしていたことを察してやれなかった自分を悔やむ。
「ありがとう。私、母親なのに気づけなかった。もっと注意深く海のことを見ていればよかった…」
「仕方ないよ。まだ4歳だし、言葉でうまく伝えられないことも多いよね。英明だってお友達とケンカしたこととか話したがらないよ。男の子って、母親には格好つけたいのよ」
理絵が麻紀の方を向いて、目尻を下げて優しく微笑む。いつも隙がなく強い印象を与える彼女だが、今日は息子を思う母親の顔をしている。
「それでね、ママたちのあいだで麻紀さんについてウワサしている人が他にもいるみたい。内容は多分、SNSで書かれたことだと思う。でも気になるのがね…」
そう言って理絵は視線を落とす。そして少し言いにくそうに間をおいてから、そっと口を開いた。
理絵の口から聞かされた、怪しい人物とは？
「その中に、たまに恵さんもいるのよ」
「恵さん…？」
確かに最近恵がよそよそしいと感じていたが、正義感の強い彼女がそんなウワサを一緒になって話しているなんて、麻紀には信じられない。
「実際何を話しているのかまではわからないけど、最近挨拶もしないし、私たちと距離を取りたいみたい。ちょっと気をつけたほうがいいかもね」
「そう…」
恵が裏で麻紀の悪口を言っているのかはわからない。でも今は念のため、警戒すべきなのか。
「とにかくさ、麻紀さんは1人で抱え込むところがあるから、もっと頼って。今日は英明と海くんをいっぱい遊ばせたかったの。それに、麻紀さんには味方がいるって言いたくて。
きっと大丈夫だよ。あなたは強いし乗り越えられる。海くんのことも心配しないで。英明にちゃんと言ってあるし、息子も海くんのこと大好きだから」
「理絵さん、ありがとう…」
麻紀は理絵の温かさに、思わず涙がこぼれ出てしまう。ここ数ヶ月はずっと誹謗中傷に悩まされ、いつしか自分に欠陥があるのではないか、と責めてしまっていた。
一体誰が攻撃をしているのか？画面の向こうで文字の悪意を向けてくる相手が、自分の知っている人なのか、それとも他人かもわからない。
そのせいで誰にも弱みを見せられなかった麻紀は、いつしか孤独と家族を守らなければという責任感で、押し潰されそうになっていた。だが、そんな彼女を気にかけ、味方だからと言ってくれる理絵の存在は、言葉で表し尽くせないほど嬉しかったのだ。
◆
翌日の夕方、突然保育園から電話がかかってきた。
「海くんのお母さんですか？△△保育園の園長ですが、海くんが怪我をしちゃって…」
園長先生からの連絡を受け、麻紀は慌てて保育園へと駆けつけた。
先の見えない彼女の心を映し出したような、深く憂いのある灰色に染まった寒空が広がっている。
「園長先生…！海の様子は…？」
「このたびは園の不注意で本当に申し訳ありません。お医者さんに見せたところ、打撲なので1、2週間で治るだろう、とのことでした」
園の対応が早く、怪我のあとすぐに近くの病院へ連れて行ってくれたのだ。場所が目の上だっただけに他への影響も心配されたが、そちらも問題ないとのことで、ようやく麻紀は胸をなでおろした。
すると、礼子先生と手をつないで教室から出てきた海が、駆け寄ってきた。泣き腫らした赤い目と、目の上の青い大きなコブが痛々しくて、麻紀は一瞬言葉を失う。
「ママー！」
「海…大丈夫？痛かったね…」
麻紀はしゃがんで思いっきり海を抱きしめる。麻紀の予想に反して、息子は元気そうな笑顔を見せた。
「大丈夫。礼子先生がずっと一緒にいてくれたから。内緒でね、チョコもくれたんだよ」
海が嬉しそうにそう話す横で、礼子先生が神妙な面持ちで今回の経緯を詳しく説明した。
「自由時間のときに、他のお友達と少し揉めたみたいで…。仲裁に入ろうとしたんですが、相手の子の手が肩に当たって、海くんが倒れたんです。その時運悪く、花壇の角にぶつかってしまって」
「…それは、相手の子が海のことを押した、ということですか？」
鋭い麻紀の言葉に、礼子先生が一瞬言いよどむ。
「相手の子が口ゲンカをしているうちにカッとなって、思わず手が出ちゃったみたいです。止められず、申し訳ありません」
礼子先生は深々と頭を下げた。押されたとはいえアクシデントが重なったと考えると、彼女を責めるわけにもいかない。
相手の子に怪我はないそうだが、園の方針でその子の名前を答えることはできないらしい。
麻紀は最後に「海と遊ぶと病気になる」と言われていることに関係しているのかたずねた。ちょうど今朝、先生に話をしておいたのだった。
息子の悪口を初めに言いだした相手とは…？
「クラスの子たちには今朝、そのことについてきちんと否定したのですが…。ただ直接の原因は、おもちゃの取り合いみたいです」
礼子先生からの説明に、麻紀は違和感を覚えた。海がおもちゃの取り合いだけでそこまでケンカをするとは思えないのだ。
けれど、先生は真摯に対応してくれているし、これ以上聞いても詳細はわからないだろう。麻紀は、聞きたくなる気持ちをぐっと堪えた。
園では、怪我をさせた子の名前を伏せると同時に、その子の親にも何も言わない。だとしたら、その子はまた同じ過ちを繰り返すのでは？そう思うと、不安が拭いきれない。
家に着いたあと、麻紀は今日あったことをもう一度海に聞いてみた。すると、いつもはかたくなに口を閉じていた海だったが、意外にも答えてくれた。
「ケイタくんとケンカした。最近イジワルだから嫌いだ」
「慶太くん？恵さんの…？でも、いつも仲良くしてたのに…」
「しらない。僕がブロックで遊んでたら『ビョーキがうつるからダメ』って。でも、礼子先生もヒデくんも『そんなことない』って言ってくれたよ」
海がニッと歯を見せる。いつもだったら泣いて殻に閉じこもる海だが、笑顔を見せられるのは先生と英明くんの存在が大きいようだ。
急に慶太くんがそんなことを言い出したのには、何か理由があるはず。恵とは以前ランチをしたり、会えば軽く立ち話をしていたのだが、最近ではパッタリとなくなっている。
それが今回のこととつながっているように思えた麻紀は、意を決して恵に電話をかけてみた。
「はい、麻紀さん？」
「恵さん、今大丈夫？あのさ、今日保育園で海と慶太くんがケンカしたって聞いたんだけど、何か知ってる？何があったのかと思って…」
「ホント？先生からは何も言われなかったし、慶太も何も言ってなかったよ？」
やはり恵には何も伝わっていないようだ。それでも麻紀は、ダメ元で探りを入れた。
「なんか慶太くんとおもちゃの取り合いをしたらしいんだけど、その時に慶太くんに『海と遊ぶと病気がうつる』って言われたって。何か知らないかな？」
すると「ねぇ、今日海くんとケンカしたの？」とスマホの向こうで恵が慶太に聞いた。けれども彼は「してなーい」っと素っ気なく答える。
「慶太に聞いたけど知らないって。勘違いじゃない？子ども同士のことだし」
そう言われてしまうと、何も言い返せない。けれども、今回は海が怪我までしている。しかも慶太くんの手が出たことが原因だと知った手前、軽く受け流せない。
「実は海がこけて怪我しちゃったの。その直前に慶太くんとケンカしていたらしくて、何か知らないかなと思って」
すると先ほどまで穏やかだった恵の声色が急に変わった。
「それって、慶太が怪我させたって言いたいの？」
ここで麻紀は「しまった」と気がつく。こんなふうに揉め事を避けるために、園では相手の名前を明かされなかったのに、つい感情的になってしまっていた。
「ううん、ただ何があったのか知りたくて」
「そう。でも慶太は何も知らないって。悪いけど、ちょっと忙しいから」
そう言うと、恵はプツンと通話を切ってしまった。
◆
そうして、数日後。
麻紀がお迎えで保育園に行くと、涼香とすれ違った。今日は恵と一緒ではないのか、と思いながら軽く会釈をすると、彼女の方から声をかけてきた。
「あの、余計かもしれないんだけれど、海くんママには言っておいた方がいいかなと思って。実は以前から恵さんが『海くんと遊ばせるとコロナになる』って…。それがウワサになっているみたいだけど、海くん大丈夫？」
涼香からの突然の話に、麻紀は妙に納得してしまった。
以前の電話で恵が急に態度を変えたのは、息子が責められていると感じたからかと思っていた。でももしかすると、悪い噂を流しているのが自分だとバレるのを恐れたからでは。
― やっぱり、恵さんが何か知っているはず。ひょっとしたら誹謗中傷のことも、何か絡んでいるのかもしれない。
麻紀は怒りでじんわりと汗のにじんだ手を強く握りしめながら、恵に直接会って確かめる決心を固めるのだった。
▶前回：「最近、夫の帰りが遅い…」仕事で多忙な夫が妻に告げた、思いもよらぬ事実とは？
▶︎NEXT：3月19日 土曜更新予定
ついに恵と直接対決。観念した彼女が明かした事実に、麻紀は絶句する…
