日野自動車が公表したディーゼルエンジン排ガス試験と燃費性能試験の改ざん問題に、ユーザーであるトラック・バス事業者が困惑しています。その背景に「ディーゼルの規制対応はもう限界」というメッセージも透けて見えます。

厳しい環境対応に“息切れ” 起きた不正

 日野自動車は2022年3月4日、ディーゼルエンジンの排出ガス試験と燃費性能試験における改ざんを公表。ユーザーへの対応と国土交通省が求める再発防止対策を同日から開始しました。対象車両は日野ブランドだけで11万5526台、新車は出荷停止に。不正行為は同社の経営にも大きなダメージを与えそうです。
 
 しかし、その影響以上に広がるのは「一連の規制に本当に対応できるのか」というトラック・バスユーザーの声です。2016年に起きたメーカー不正の“亡霊”が、再び現れたともいえます。


発覚した日野自動車の不正は、トラック・バスユーザーに大きな影響を与える可能性がある(乗りものニュース編集部撮影)。

 道路運送車両法違反に触れる疑いがある不正行為は、中型、大型、小型エンジンの3種類すべてに及んでいます。この記事では同社が公表した不正の中でも中型エンジンにフォーカスします。

 日野の中型エンジン「A05C」は不正発覚後の自社調査で「性能にも問題がある」ことが判明しましたが、最も大きな不正は、排出ガスの後処理装置「HC-SCR」の長距離耐久試験中に起きました。

 乗用車のような小排気量のディーゼルではエンジンの改良を主軸にした清浄化で乗り切ることが可能ですが、トラック・バスのように排気量が大きくなるほど、その負荷も高くなり、後処理装置が必要になります。出荷時には規制値をクリアしていても、経年劣化で規制値を上回ることが想定され、市場投入のための認証を受ける段階で、長距離耐久試験が義務付けられています。

 試験は実走と、走行をもとにした推定値から、出荷時0kmと45万km走行後の排ガスを比較し、規制値内に収まっているかどうかを調べます。そのため結果を得られるまでには数か月が必要です。不正は、この長い試験期間中に検査員が「規制値に適合しない可能性を認識」し、「排出ガス後処理装置の第2マフラーを途中で交換し試験を継続」したというもので、いわば途中退出の身代わり受験でした。

 一連の不正は、少なくとも2016年ごろから始まり、小木曽 聡社長は不正の原因について「現場における数値目標達成やスケジュール厳守へのプレッシャー等への対応がとられてこなかったことが問題の背景にある」と話しましたが、この後処理装置「HC-SCR」は、まさにその象徴だったと言えます。

日野独自開発 アドブルー不要で理想のシステムだったはずが

「HC-SCR」は中小型ディーゼル車用に日野が独自開発し、機械振興協会から2013年度経済産業大臣賞を授与されました。

 現在主流の後処理装置は、排ガスをクリーンにするために後処理装置内で尿素水(欧州商品名アドブルー)を使いますが、「HC-SCR」はディーゼル燃料そのものを尿素水の代わりに使います。尿素水を使わないので、液体をためるタンクなど新たな装置の搭載も、尿素水を供給するディーゼルスタンドのようなインフラも不要です。

 中小型商用車は、限られたエリアでの配送が中心なので、わざわざ尿素水のため遠方のスタンドに行く手間が省けます。荷物の積載量を環境のために犠牲にする必要もありません。まさに待望のシステムでしたし、昨年末に尿素水が不足し価格が高騰した際にも注目されました。

 もともと「HC-SCR」は平成21年(2009年)排出ガス規制に対応するため、日野が独自開発しました。優れた技術が評価され、機械振興協会から2013年度経済産業大臣賞を授与されています。しかしその後、環境規制はさらに厳しくなり、現行の平成28年(2016年)排出ガス規制に対応することが迫られます。中型エンジン「A05C」+「HC-SCR」の不正は、この規制への対応途上で起きました。


不正対象のA05Cエンジン(画像:日野自動車)。

リコール作業は部品交換。つまり、試験の不正と同じこと?

「A05C」と「HC-SCR」を組み合わせたパワートレインが法律の規制値を満たさないことが判明し、日野は4万3000台を自主回収。無償修理を実施します。「今月中にはお客様へご案内できるよう、原因究明およびリコール等の対策検討を急いでおります。リコール内容の詳細については検討中です」と、日野は話します。

 ユーザーである輸送事業者は、どう感じているのか。自らも運転し、首都圏に本社を置く経営者はこう話します。

「発表を聞いて、ディーゼルエンジンの環境規制はもう限界。にっちもさっちも行かないのではないかという危機感を持ってます」

 事業者は日常業務で車体の点検を行うほか、整備も実施する場合があります。トラック・バスメーカーの技術や国土交通省の規制に精通する事業者がユーザー目線でこのリコール対応について説明します。

「中型エンジンの不正は法律違反の車両を走行させていることになるから、すぐにでも対応してもらうしかない。それはどういうことかというと、開発時間はかけられない。長期の耐久性に欠ける部品であっても、新品に交換することで次の車検、またその次の車検まで延ばすしかない。それでも実際に規制値を上回ることがあるかどうか。車検で調べるというのが現実的な対応でしょう。つまり、やれることは不正と同じでしかないと、我々は受け止めています」

型式認証を返上する日野 今後の対応は

 高耐久の装置を開発できなかったのか。それともしなかったのか。日野に「規制値が適合しない可能性」について質しましたが「原因究明と対策立案を検討しています」とだけ回答しました。

 日野は今後、取得している型式を返上し、新しい型式認証を取り直す方向で対応をしていくことになりそうです。その場合、ユーザーは当面をリコール対応でしのぎ、車検時に新型式の車検証と差し替えて実績値と型式を一致させ、新しいメンテナンスで運行することになります。

 規制を達成するための日野の息切れ。今回、中型エンジンとともに発覚した大型エンジンの燃費性能不正では、それがさらに顕著になっています。別稿でお伝えします。