友人の過去を詮索し続ける女。悪趣味な行動に罰が当たり…
見栄と承認欲求で作りあげられたインターネットの世界。
ここでは誰もが『なりたい自分』になれる。
ハイブランドで全身を包み、華やかな日々をSNSに公開していた謎の女・カレン。
そんな彼女が、突然、この世を去った――。
死によってあぶり出される『彼女の本当の姿』とは…？
◆これまでのあらすじ
突然この世から去った謎の女・カレン。彼女の形見分けを遺族から頼まれた玲香は、カレンの死の真相を探り出そうとする。そんな中、カレンの地元の友人・ひろみから彼女の意外な過去を知らされ…。
Chapter.7 つながらぬ点
「先輩は、高校時代に都大路で区間賞をとったほどの人なんです。怪我で引退してしばらく社業に励んでいましたけど、突然会社を辞めて連絡も途絶えて…」
宮益坂にある静かな雰囲気の和風ビストロ。ハイボールのグラスを傾けながら、カレンこと中田房子の元同僚・坂巻ひろみは、涙ながらに語る。
帰り際の彼女の動揺ぶりを見て、玲香はひろみを少し休ませたあと、折角だからと退勤時間まで待ってもらい食事に誘ったのだ。
「じゃあ、このInstagramは顔も加工しているし、名前も雰囲気も違うから驚いたでしょう」
「…いや、面影はそのままだから一目見ればすぐわかります。先輩、ご両親を幼い頃に亡くして、妹さんを留学させるために高卒で実業団に進んだそうです。そんな家族思いで優しい人柄がにじみ出ていますから」
この店の名物である京都のおばんざいの素朴な味も、彼女の心を和ませているようだ。アルコールの力もあり、次第に口も滑らかになっていく。
「本当にいい人でした。大会の打ち上げで、飲みながら恋愛相談に乗ってもらったこともあったな…。その時に相談していた相手が今度結婚する夫なんです」
自分の周りやネット上では嫉妬からか、嫌われ者だったカレン。
今でも元同僚たちから慕われていること、昔は酒が飲めていたことに玲香は驚く。
だが、それ以上に“恋愛相談”という言葉がひっかかった。
― そういえば、カレンは失恋を機に上京したんだよね…。
カレンの恋愛事情を探ろうとするも、ひろみは…
彼女の元同僚・小夜子の証言を思い出し、玲香は尋ねた。
「房子さんの恋バナはどうですか？地元に恋人がいたとか」
「何ですか、それ？」
初耳だったのか、ひろみは目を丸くする。
幼い頃から陸上と学業の両立、そして妹・明奈の世話で精一杯だったというカレン。引退後は競技に携わりながら社業もこなす毎日。
出会いの暇はなかったはずで、色恋の話は聞いたことがないそうだ。
まさか…と思いつつも、知らないという以上、聞き出すことはできない。
言えないような関係だったのか…？
それとも、ただの片思いを見栄で「元彼」と小夜子に言い張っていただけなのか。
ならば小夜子が引き取った形見のブランドバックを購入した者の謎が出てくるが、カレンの昔の容姿や状況なら、多分後者なのだろうと玲香は推測した。
その浅はかな嘘が間抜けで、玲香は思わず失笑する。
つくづく自分は罰当たりな人間だ。
加賀にたしなめられた通り、彼女の過去を探るなんて下世話にも程がある。
だが一方で、ここまで知ってしまったからには、という謎の使命感が玲香を突き動かしていた。
後ろめたさを正当化するためのこじつけかもしれないが、カレンが隠していた不自然な事実が「何かのメッセージ」に感じられて仕方ないのだ。
「玲香さん？」
物思いにふけていると、ひろみが不思議そうに玲香を見つめていた。玲香はすぐに姿勢を正した。
◆
ひろみと別れたあと、玲香は今日もカレンの家で夜を明かすことにした。
酒造会社所属だけあって、ひろみはかなりいける口だった。三石酒造グループはワインを主に製造する飲料メーカー。近年は商社を買収したりリゾートや飲食展開でも結果を出している、急成長中の大企業だ。
地元が同じ山梨ということもあり、玲香の祖父と三石一族が親しく、昔、御曹司とお見合いをさせられたこともある。
― 御曹司はほぼ印象に残っていないけど、会長は本当にヤなヤツだったなぁ…。
縁談はお断りしたが、あのとき、家族の居ぬ間に会長から「町医者のお嬢ちゃん」と蔑んだ目で言われたことを今でも鮮明に覚えている。その後、御曹司は地元選出国会議員の娘と結婚したため、それに比べれば見下されていても仕方ないが。
思い返せば、以前、食事会で何気なくその最悪なお見合いのエピソードを話したことがあった。
そのとき、カレンが前のめりで聞き入っていたことがやけに印象に残っている。オーバーにウンウンと頷くわざとらしい仕草にカチンときたが、それは会長を知っていたからだったのか。
カレンの生い立ちを整理しようとした玲香だったが…
ちぐはぐな足どり
玲香は、カレンのようにシャンパングラスでペリエを飲みながら、今までに判明した彼女の生い立ちを整理することにした。
1989年生まれ。享年32歳。本名は中田房子。
山梨県出身で両親を幼いころに亡くし苦労しながらも、高校時代は陸上選手として結果を残し、卒業後は地元実業団・三石酒造に入り活躍する。
24歳のときに、ケガで引退。その後、数年、社業に携わりながらマネージャーをしていた。クリニックに通っていたのはその頃だ。
そして、退社後、一説では大失恋をきっかけに上京したという。青山のマンションに暮らしながら、小夜子と同じ保険会社の契約社員として勤務するも、2年ほどで退職。
その後、2017年、28歳でカレンと名乗り、港区デビューした。
玲香はシャンパングラス片手に頭を抱える。
「港区デビューが突然すぎて、意味不明なのよね…」
2017年の以前と以後。果たして何があったのか。その点をつなげる線が見つけられない。
― 2017年に支援者との出会いがあった…？
でも、上京当初から青山のマンションに住んでいたのはどういうこと…？
どんなに彼女の過去がわかっても、その事実はさらに彼女の素性を見えなくさせている。しかし、その不完全さこそが想像を掻き立て、悪趣味な好奇心を刺激しているわけで…。
すると、一件のLINEが玲香のスマホを揺らした。
『今日は有難うございました。形見分けの件ですが…』
ひろみがようやく家に着いたようだ。内容はお礼と、形見分けの希望品の連絡である。
カレンのInstergramをカタログ代わりに「写っている中に希望品があれば次回来院の際にお渡しします」と伝えていたのだ。
だが、彼女が希望したのは、あいにくにも先日、加賀が持っていったジミーチュウのロングウォレットであった。男女兼用で定番デザインのため、欲しがる気持ちは理解できる。
― 加賀さん、慌てて選んだ感じだったし、もしかしたら譲ってくれるかも。
カレンと会ったこともない加賀よりも、関係が深かったひろみに受け取ってもらったほうが遺品も幸せだろう。
あの一件があったあと、連絡をする口実を探していたこともあり、玲香はさっそく加賀にLINEをした。
『ねぇ、この前形見分けでもっていってもらったお財布、申し訳ないけど別の品と代えることできるかな？欲しいっていう人がいるの』
メッセージは、珍しくすぐに既読になった。
…だが、10分経ってもその返事は来ない。
いいなら『いいよ』、だめなら『ごめん』それだけで十分なのだ。迷うほどのことなのだろうか。既読がついてからの10数分がとてつもなく長い時間に思えた。
深い時間だから、寝てしまったのだろうと解釈しスマホを伏せると、すぐに通知音が鳴る。
『人にあげた』
すぐに財布をプレゼントできるような関係性の同僚がいるというのも腑に落ちなかったが、それ以上に、加賀らしくないぶっきらぼうなメッセージに、ざわざわと嫌な予感がした。
まるで他の人が返信してるみたい…。
考えすぎかもしれない。でも、なぜこんなに胸騒ぎがするのだろう。これが第六感というものなのか。
『わかった。じゃ、今度いつ会える？』
『しばらく会えない』
すぐに返ってきた短い言葉もまた、玲香の不安をさらに大きくさせた。
今晩、眠れる気がしなくなった玲香は思わず、黒のチェストを開ける。睡眠薬がいくつも入っていた場所だ。
薬の数々を眺めると、心が少し軽くなった。彼女の苦しみを想像すると、「自分の方がマシ」と感じられるから。
幸せそうに見えたカレンは裏では不幸で、哀れな最期を迎えた。
そう思うことでしか、今の自分の心を救えなかった。
▶前回：恋人にも見放され、自分の存在価値の無さに絶望した女。衝動に駆られてある行動に…
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玲香はカレンの最期を知る人物にコンタクトをとることに…
