そもそも、「日本から”次のGAFA”を生み出す」必要はあるのでしょうか(画像:Rhetorica/PIXTA)

GAFAの強さの秘密を明かし、その危険性を警告した書籍『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』は日本だけで15万部のベストセラーになり、「読者が選ぶビジネス書グランプリ2019 総合第1位」「ビジネス書大賞2019 読者賞」の2冠を達成、日本にGAFAという言葉を定着させた。

その著者スコット・ギャロウェイ教授の最新作『GAFA next stage 四騎士+Xの次なる支配戦略』が刊行され、発売3日で6万部のベストセラーになっている。本書では、コロナ禍でますます肥大化したGAFAとこの4社に匹敵する権威を持つようになる「+X」の巨大テック企業が再び、世界をどのように創り変えていくかを予言している。

本稿ではグーグル日本法人元社長の辻野晃一郎氏に、「なぜ日本からGAFA+Xが生まれないのか」を聞いた。

後編:日本人が「GAFA人材に勝てない」メンタル5大問題

不可逆的変化の時代

民主主義や資本主義など、比較的良い仕組みであろうと考えられ、世界の発展のベースにもなってきたものが、いま瓦解しつつあるという危機意識が、世界共通の認識として高まっています。


スコット・ギャロウェイ氏は、『GAFA next stage』の中で、巨大プラットフォーマーや一部の超富裕層の存在が、政治や世の中をどう歪めているのかという点にフォーカスを当て、コロナとも絡めて、現状を整理し、かなり網羅的に書いています。

内容はアメリカの話ですが、日本も似た状況と言えます。特に、政治に対する信頼は地に堕ちています。長期政権の結果、官邸の独断で縁故主義に基づいた悪しきルールブレイクが行われ、森友問題をはじめ、多くの未解決事件が棚上げになっています。コロナ対策も後手後手の対応が目立ちます。

ところが、日本人は、政治に対してなんとなくの現状維持派が多いのか、あきらめているのか、それとも無関心な人が多いのか、先の衆院選の投票率は、史上3番目の低さでした。アメリカ人は、社会問題や政治問題を自分事として考える人が多いのですが、日本人は、どこか他人事で受け身、あまり深く掘り下げて考えようとしません。

今は、不可逆的な変化が続いている時代です。インターネット以前なら10年かけて起きていた変化が1年で起きるようになりました。ギャロウェイ氏も、コロナ禍で変化のスピードがさらに加速して、数年かかる変化が数日〜数カ月で起きたとも書いていますが、実際そのとおりです。

変化する世界の最先端にいるのがGAFAです。彼らの力があまりにも強大になり、社会のいろいろな仕組みにひずみが発生し、結果的に格差や分断を助長しているのは否めません。

本来そのひずみを解消していくのが政治の役割なのですが、今は逆に政治もひずみを大きくする方向で機能してしまっています。こういった危機に、もっと多くの人が気づき、行動を起こさなければならないのですが、日本人は、その意識が低いために、問題がより深刻であると感じます。

日本から「GAFA+X」が出ない理由

ソニーがEVへの参入を、トヨタがスマートシティや車載OSの開発を発表しています。しかし、日本から本書の言う「GAFA+X」が生まれるのかというと、このままではそれは考えにくいと私は思います。

GAFAの時価総額は、4社でおよそ800兆円、マイクロソフトも300兆円規模、テスラは100兆円規模です。一方、ソニーは十数兆円、トヨタでもピークで40兆円程度です。GAFAやマイクロソフト、テスラなどはすべてクラウドとの連携が得意な企業で、基盤とするユーザーベースが桁違いであるとともに、未来へのストーリーを明確に描いています。

イーロン・マスクは、現時点では、すべてがチャレンジの途中で、まだ真に成功させたといえる事業はありません。しかし、世界中から巨大なマネーを引き付ける魅力があります。彼に匹敵する集金力を持つ人物がそうそういるわけではありませんが、ソニーやトヨタにも時価総額を大きく上げるような夢やビジョンを発信してほしいものです。その昔、ソニーはスティーブ・ジョブズがあこがれた企業でもあったわけですから。

私は、グーグルに入る前はソニーにいました。私が知るソニーは、人がやらないことをやる企業でした。トランジスタが発明されて間もないころ、いち早く個人用のトランジスタラジオを発売し、世間をあっと言わせました。今では、スマホで音楽を聴きながら歩くことは当たり前ですが、そのようなライフスタイルは、ソニーの「ウォークマン」から始まりました。一般ユーザーが気づきもしないような潜在ニーズを掘り起こし、他人がこれまで作ったこともないようなものをゼロから作ってきたのがソニーなのです。

ところが、EVは、すでにみんながやっています。自動走行、コネクテッドカー、クリーンエネルギーなどで自動車産業は大変革期を迎えています。アップルも参入するといわれていますし、今後は、中国勢なども圧倒的な存在になっていくでしょう。その中で、ソニーがどこに勝機を見出そうとしているのかは、今のところ私にはわかりません。

発表を見たところ、「車内をエンターテインメント空間にする」という話です。しかし、車のような移動手段にとって最も重要なことは、人を目的地にできるだけ迅速かつ安全に届ける、ということです。車内を本格的なエンターテインメント空間にするのであれば、完全自動運転も前提になるでしょう。

人の命を預かる工業製品を手掛けるということは、もとよりそれだけの覚悟が求められるということでもありますし、もともとソニーが強みとしてきた領域以外のところに多くのチャレンジがあることは間違いありません。

日本勢は、「いいデバイスを作れば勝てる」という発想に流れがちです。しかし、もうそこは勝負どころではありません。すべてがつながるデジタルの時代は、車だけを見ていてもダメなのです。もはや車も、スマホやパソコンと同じで、クラウドとつながり、他の車とも交信し、ソフトウェアをバージョンアップしながら進化する工業製品へと変化していきます。

車単体でどんなにイケてる斬新な車を作っても、事故を起こしたり渋滞にハマったりでは進歩がありません。デジタル社会全体を大きく俯瞰して、事故や渋滞から解放されたデジタル交通システムの中の1つの構成要素として車を位置づけていくような発想が必要です。そういう意味では、トヨタがスマートシティをやりはじめたことは、間違ってはいないと思います。

現在、地球上にはまだインターネットにつながっていない人々が半分ぐらいいますが、今後、インターネットにつながることは人権のひとつと解釈されるようになるでしょう。

イーロン・マスクやジェフ・ベゾスは、そのような時代を先読みしているかのごとく、宇宙に何千・何万もの小型通信衛星を打ち上げて、全地球をカバーする通信網を作ろうとしています。

一方、日本では、政治が介入して各携帯会社に値下げ合戦を強要しました。国内で携帯料金の値下げによるユーザー獲得合戦をやったところで、携帯大手4社で均等割りしてせいぜい3000万ユーザーです。地球上の79億人を全員インターネットにつなげようとしているイーロン・マスクやジェフ・ベゾスのスケール感とは比べようもありません。

GAFAは競合ではなく「インフラ的存在」と割り切る

日本企業がGAFAやイーロン・マスクとまともに勝負しても、とても勝ち目はありません。GAFAは公共インフラとでも捉えて、彼らの裏の顔に警戒しつつもうまく使い倒すのが、今を生き抜いていくためには大切なことでしょう。

現状、GAFAが強くなりすぎて、彼らを脅かすスタートアップが生まれにくいという問題も起きています。投資家も「GAFAに対抗するなんて無理だ」と考え、GAFA対抗のようなベンチャーには投資しなくなっていますからね。

これまで、GAFAは、自分たちでイノベーションに積極投資してきました。私がいた頃のグーグルもそうでした。GAFAはイノベーションの巣窟であり、世界を変えてきたわけです。

しかし、ギャロウェイ氏が指摘するように、あまりにも強大になりすぎると、その力を維持することのほうにエネルギーを使うようになります。守りに入るわけですね。しかしそれは衰退への道です。

今後、政治的な圧力で、グーグルとユーチューブを分割するなどの動きが起きれば、競争が促進されることはあるでしょう。現在のバランスが崩れたとき、GAFAの寝首を搔く企業が現れるかもしれません。ただ、それが日本から出るかというと、やはり難しいように思います。

日本から世界を変えるイノベーションを起こそうとするのなら、国家としての構想が必要です。短期的なことばかり考える、今の政府のやり方ではダメです。「国家百年の計」と言いますが、どんな国にしていくのか、何で飯を食う国にするのか、広く国民を巻き込んで長期ビジョンを打ち立てて、未来を真剣に考えなければなりません。

いうまでもなく、もっと科学技術に力を入れねばなりません。今は、人工知能も含めたDXや、クリーンエネルギーの分野が特にフォーカスされていますが、それ以外にも医療や防災産業など、さまざまなアイデアがあるでしょう。

民間のムードも盛り上がらねばなりません。しかし、日本人は、小さい頃から受け身体質が染みついてしまっており、周囲を気にして、あまり自分の意見を言いたがりません。為政者にとってはとても御しやすい国民だと思いますね。

教育から変えて、もっとアグレッシブで、能動的な人材を多く育てなければなりません。

「日本から”次のGAFA”が出るべき」という常識を疑う

「日本もGAFAのような企業を生み出さなければならない」という考え方そのものが正しいのかどうか、という視点もあります。GAFAは、アメリカから出てきたものなのですから、日本は、それをうまく利用させてもらう立場でいればよいとも言えるのです。

アメリカや中国のやり方に追従するのでなく、じゃあ日本はどうしようか、と考えることが大切です。例えば、日本には社歴の長い中小企業が多いですが、「売上1兆円規模の企業を作る」ための政策よりも「100億円企業を100社育てる」ための政策のほうが、無理がないかもしれません。

日本人には根深い劣等感があります。日本の近代史には、2つの断層があります。1つは明治維新です。黒船ショックというか、江戸時代までは遅れていた国だと自らをみなし、欧米にならって早く「一等国」にならねばならないと考えるようになりました。

しかし、日本には、日本独特の歴史があり、決して江戸時代がすべての面で劣っていたわけでもありません。なにより平和が300年近くも続いた時代ですし、精神性や文化の面で、欧米よりも優れたものをたくさん育んでいた時代ともいえます。ところが、それらの過去を全否定してしまいました。

もう1つが太平洋戦争です。敗戦でボロボロになって、そこから這い上がり、再び「一等国」になったわけですが、高度経済成長を遂げた後、ずっと沈滞しています。

日本が、アメリカやフランスとは異なる歴史を持ち、2つの歴史の断層を経て今があるということをどう捉えるかです。日本は、アメリカなど新興国にはない、長い歴史が背景にある国です。その時代のつながりの中で育まれてきた日本人の末裔として、歴史への考察を深めたうえで未来を考えることが大切でしょう。

災害大国であることによる学びから世界に貢献することもできるでしょうし、長寿先進国としてもできることがあるでしょう。また、アフガンで殺害されてしまった中村哲さんのように、半生を途上国に捧げ、現地の人々から非常に感謝されている日本人も多くいます。日本人が、グローバルに通用する才能や資質を持っていないわけではないのです。

自分たちの資質や才能をしっかりと棚卸しして、それをどう伸ばし、どの方向を向いて、世界をより良い場にしていくのか。それを考え抜くことが重要です。

(構成:泉美木蘭)

(辻野 晃一郎 : アレックス社長/グーグル日本法人元社長)