緊張や不安からくる腹痛、もしかしたら「過敏性腸症候群」かも!?
腸の不調には、炎症のような器質性疾患に限らず、ひたすら調子の悪い機能性疾患が含まれるそうです。その代表格が「過敏性腸症候群」で、緊張感や不安感からおなかの調子が悪くなるのもこれが原因かもしれません。腸自体に器質的な異常がないとしたら、どのように治療を進めるのでしょうか。その最新事情を「幕張ももの木クリニック」の武藤先生が解説します。
監修医師:
武藤 頼彦(幕張ももの木クリニック 副院長)
東邦大学医学部卒業。千葉大学医学部附属病院食道・胃腸外科(旧・第二外科)や各医療機関で消化器系の診療を積んだ後の2020年に現職へ。身近なかかりつけ医として、高水準の医療提供に努めている。医学博士。日本外科学会認定専門医、日本消化器外科学会認定専門医、日本消化器内視鏡学会認定専門医。日本大腸肛門病学会会員。
第1段階では「治まれば、それでヨシ」とする
編集部
おなかの調子やお通じって、メンタルにも影響されますよね?
武藤先生
はい、関係しています。「病は気から」の一例なのでしょう。日本消化器病学会は「おなかの痛みや調子が悪く、それと関連して便秘や下痢などのお通じの異常(排便回数や便の形の異常)が数カ月以上続く状態のときに最も考えられる病気」として、「過敏性腸症候群(IBS)」を位置づけています。
※日本消化器病学会ガイドライン「過敏性腸症候群(IBS)ガイドQ&A」
https://www.jsge.or.jp/guideline/disease/ibs.html
編集部
器質的な病気ではないので、検査してもわからないのではないですか?
武藤先生
過敏性腸症候群を見つけるための検査はないものの、大腸がんなどの別の要因を除外するための検査は有効です。そのため、問診内容に応じて、大腸内視鏡検査や腹部US・CT検査などをする場合があります。そして、「該当する器質的な病気が見当たらない」という段階になってから、「ローマ8546基準」という評価項目に照らし合わせて、過敏性腸症候群かどうかを鑑別していきます。
編集部
なるほど。本人が「気にしているか」が大きそうですね。
武藤先生
その傾向は多いようです。例えば、電車での通勤・通学時に、いつでも降りられる各駅停車じゃないと乗れないという人や旅行先で常にトイレがないか探してしまう人なども、なかにはいらっしゃいます。その反面、過敏性腸症候群は、薬の処方や生活習慣の見直しによって改善されれば問題ありません。ですから、精神疾患とは位置づけずに、とにかく症状を改善することが過敏性腸症候群治療の「第1段階」になります。
編集部
その一方、便の状態を気にしない人もいますよね?
武藤先生
たしかに一定数いらっしゃいますが、「気にならないから過敏性腸症候群ではない」とは言い切れません。便の状態は他人と比較しづらいので、正常な便の状態がどうなのかわからないですよね。「子どもの頃から、こういうものだと思っていた」という人も少なくないです。ところが、実際に投薬治療をしてみると、生活の質が上がるケースは大いにあり得ます。ですから、「便秘やおなかがゴロゴロする程度で受診してもいいのだろうか」と悩まず、適切な治療を受けていただきたいですね。
第2段階では「個人ごとの特殊な事情」を深掘りする
編集部
先ほど「第1段階」とありましたが、まだ治療は続くのでしょうか?
武藤先生
はい。第1段階の治療で改善がみられない場合は、「うつ病としての対処」も含めた「第2段階」の治療を検討します。このステップでは、強いストレスや心理的異常が認められないか、あるいは精密検査しないとわからないような器質的な疾患が潜んでいないかといった、“より専門的な評価”をしていきます。
編集部
第2段階になってから「器質的な病気」と判明するケースもあるということですか?
武藤先生
そのとおりです。第1段階で洗うべきは、「頻回に起こる疾患」か「がんなどの怖い疾患」なのです。「わざわざ費用と時間をかけてでも、精密検査する必要がある」とわかった後に、細かく調べていきます。
編集部
他方で、うつ病の影響かもしれないということですよね?
武藤先生
うつ病かどうかはケース・バイ・ケースですが、少なくとも「メンタル要素が大きい」と評価されることもあります。また、「抗うつ薬がIBSに有効である」とのエビデンスが出ているのです。ですから、単純な腹痛であっても、必要に応じて抗うつ薬を用いることがあります。また、腹痛のつらさでメンタルが落ち込んでいることも考えられるでしょう。
編集部
うつ病でなくても抗うつ薬を服用することがあるのですか?
武藤先生
抗うつ薬に抵抗感がある人もいらっしゃるので、その点は相談しながら決めていきましょう。ただし、ケースとして「メンタルの状態に関わらず、IBSの緩和に抗うつ薬を使うことがある」ということは知っておいていただきたいです。
第3段階では「ゴールを狙いやすい位置に動かす」ことも
編集部
過敏性腸症候群は、この2ステップで治るのでしょうか?
武藤先生
いいえ。最後の「第3段階」があります。このステップでは、メンタルヘルス専門医の元で治療を進めることが望ましいとされています。もはや、消化器の不調が「重大な心的外傷」によって引き起こされているレベルです。
編集部
そこまでくると日々の緊張やストレスの類いではなく、強迫性障害に近いイメージがします。
武藤先生
過敏性腸症候群は、あくまで「症候群」なので総称です。つまり、含まれる対象範囲も広いということです。それこそ、「通勤電車の中でのみ感じる胃のキリキリ感からうつ病」まで様々ですね。そして、過敏性腸症候群の原因が精神領域に近づけば近づくほど、治療を困難にさせていきます。
編集部
過敏性腸症候群は、何をもって「治った」といえるのでしょうか?
武藤先生
一概に「治る、治らない」を問うことができません。場合によっては「健常の人のような便が出せること」を治療のゴールとしないかもしれません。「1カ月前よりは着実によくなっているけど、100%治っているわけではない」、そんな努力を続けつつ時間をかけながら、生活に折り合いがつけるようにして過敏性腸症候群と向き合う必要があります。
編集部
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
武藤先生
過敏性腸症候群は、最近になって研究が進んできた分野です。専門家の意見の中にも、相反する説が混在しはじめてきています。難症例の場合は、「時間をかけて効果的な治療方法を医師と一緒に探していく」しかないかもしれません。また、治療中に症状の軽重を注意深く観察して、随時、治療計画を変更していく必要もあるでしょう。過敏性腸症候群は、年を重ねるだけで勝手に軽減することもあるので、二人三脚で頑張っていきましょう。
編集部まとめ
「過敏性腸症候群」は、軽度なものから重度のものまで、様々な症状を含みます。ですから、一概に「治る、治らない」を問うことができません。一般に、メンタルの影響が大きいほど治りにくい傾向にあるようです。それでも、「正解が見いだしにくい」だけであって、「打つ手がない」わけではありません。第3段階であっても諦めずに治療を続けていきましょう。
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