写真は、ホンダの新型電動自動車(EV)「Honda e(ホンダ イー)」と、ホンダeの車載ディスプレイだ。このディスプレイには、日本電気硝子の強化ガラス「ダイノレックス」が採用されている(写真:ホンダ/筆者撮影)

ガラスメーカーの日本電気硝子は、自動車部品・最新技術の展示会「オートモーティブワールド2021(1月20〜22日・東京ビッグサイト)」において、ホンダの新型コンパクトEV「ホンダe」に採用された車載ディスプレイ用カバーガラスを展示した。


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量産車で初めて、インストルメントパネルに5つものスクリーンを水平配置したことで話題となっているホンダe。その車載ディスプレイに使われたのは、重い鉄球などを落としても割れにくい「Dinorex®(以下、ダイノレックス)」と呼ばれる化学強化専用ガラスだ。また、映り込みや光りの反射を防ぐ処理など、ほかにもさまざまな処理が施されているという。

近年、車載ディスプレイはホンダeばかりでなく、多くのモデルで大型化や多機能化が進んでいる。さらに将来的に実用化が期待される自動運転車では、より複雑な機能を持つディスプレイが搭載されることも予想されている。そんな背景の中、これからの車載ディスプレイに求められる要件とは何か。日本電気硝子をはじめ、当展示会に独自の車載向けガラスなどを出展した双葉電子工業などに話を聞いた。

ホンダeで採用されている車載ディスプレイとは?

ホンダeに採用されたワイドビジョンインストルメントパネルは、前述の通り、5つものスクリーンを水平配置したものだ。中央には、12.3インチのスクリーンを2画面並べた「ワイドスクリーンHonda CONNECTディスプレー」を採用。ナビ機能はもちろん、アップル社のApple CarPlayやグーグル社のAndroid Autoに対応するため、連携したスマートフォンやタブレットの地図や音楽、動画といったさまざまなアプリ機能を表示・使用することができる。また運転席や助手席でそれぞれ表示機能を選択したり、左右の画面に出るアプリを入れかえたりといったマルチタスク機能も搭載する。

ステアリング奧にあるメーターには、全面フル液晶タイプのマルチインフォメーション・ディスプレイを採用する。速度計やバッテリー残量計、航続可能距離などに加え、衝突軽減ブレーキ(CMBS)など安全運転支援システム「Honda SENSHING(ホンダセンシング)」の作動状況なども表示される。

左右奧にそれぞれ配置された2つの6インチモニターは、サイドカメラミラーシステムからの映像を映し出すもの。車体後方の確認を一般的な左右のドアミラーに代わってカメラの映像で行うこのシステムは、昼夜や天候などに左右されず、より確実な視界確保ができる機能を持つ。レクサス「ES」などでもオプション装備はされているが、量産車で標準装備されるのは世界初だ(ホンダ調べ)。

このようにホンダeには、ディスプレイで多くの情報表示を行うが、この傾向は昨今のニューモデルでも同様だ。特にスマートフォンと連携するディスプレイオーディオが搭載されているモデルでは、国産車や輸入車を問わず、ディスプレイの大型化や多機能化が進んでいるといえるだろう。センターコンソールのナビゲーション画面はもちろん、メーターも液晶ディスプレイ化された車種が増えている。


ホンダeに採用されたダイノレックス。アンチグレア、反射防止、防汚の機能膜を施したナビ画面(著者撮影)


ホンダeに採用されたダイノレックス。アンチグレア、反射防止、防汚の機能膜を施したメーター画面(著者撮影)

日本電気硝子のダイノレックスが採用される理由は?


オートモーティブワールド2021の会場では、実際に鉄球を落とし、ダイノレックスの強度をアピールしていた(著者撮影)

ホンダeに採用された日本電気硝子のダイノレックスは、スマートフォンやタブレットなどのカバーガラスとしての採用実績も持ち、ディスプレイ画面を傷や衝撃から保護する目的で開発された。ナトリウムイオン(Na+)を含んだガラスを、カリウムイオン(K+)を含む硝酸カリウム溶液に浸すことで、ガラスの表面に「圧縮応力」という力を発生させるといった化学処理を施す。これにより、ハンマーで叩いても割れないほどの強靱なガラスになるという。

さらにダイノレックスには、映り込みを目立たなくし、映像の視認性を高める「アンチグレア(Anti-Glare)」や、映り込みの反射を低減する「反射防止(Anti-Reflection)」、指紋などの汚れが付きづらく拭き取りやすくする「防汚(Anti-Fingerprint)」といった機能膜を施すことも可能だ。また、これら処理は、実際にホンダeの車載ディスプレイにも採用されているという。

ちなみに同様の化学強化ガラスは、アメリカ・コーニングや日本のAGCでも生産しているが、日本電気硝子の担当者によると「(他社製品より)処理時間を25%短縮できる」ため、生産性の向上や低コスト化が見込めるという。


光の反射を低減した処理を施したガラス(見えないガラス)の資料(著者撮影)


ダイノレックスにアンチグレア、反射防止、防汚の機能膜を施した例の資料(著者撮影)


光の反射を低減した処理を施したガラス。ダイノレックスは、反射を抑えた「見えないガラス」としてPRしている(著者撮影)


写真はトヨタ「アルファード」のインストルメントパネルまわりだ(写真:トヨタ自動車

ダイノレックスは、ほかの自動車メーカーでも、例えばトヨタの「アルファード」など、車載ディスプレイに採用する事例が増えているという。では、なぜ強化ガラスなのか? 近年は、樹脂製カバーも強度や耐久性などが向上しているし、ガラスに比べると軽量にできるなどのメリットもあるはずだ。この点について、前出の同社担当者は「樹脂は表面の手触りがざらざらしがちなため、質感が劣るという理由で、ガラスを選ぶ自動車メーカーが多い」のだという。

また、なぜ強化処理が必要なのか。それは「安全性」が大きな理由だという。例えば、衝突事故の際に、もし自動車の乗員がシートベルトを締めていないと、急激に体が前方に傾くことで、頭部などが車載ディスプレイのガラスに当たる可能性もある。その際、ガラスが割れると、乗員に刺さり重傷を負うことも十分考えられる。

JAFの実験でも強化ガラスの必要性が浮き彫りに

特に後席の乗員がシートベルト非着用の場合は、本人はもちろん、前席の乗員にも被害が出やすい。実際にロードサービスを手掛けるJAFは、2017年に後席シートベルト非着用の危険性を調べるテストを行っている。内容は、ミニバンにダミー人形を前席2体、後席(2列目)2体ずつ乗せ、後席運転席側ダミーのみシートベルトを非着用とし、時速55kmで壁に衝突させたというものだ。結果、シートベルトを着用した後席や助手席のダミーは、シートベルトで上体をしっかりと拘束されたが、シートベルト非着用の後席ダミーは前方に投げ出された。しかも、投げ出された後席ダミーは運転席のヘッドレストに頭を打ちつけただけでなく、シートごと運転席ダミーを押しつぶすとともに、頭がヘッドレストを介して運転席ダミーの後頭部に衝突している。

JAFの実験では、シートベルト非着用の後席ダミーは、前方の運転手席へ投げ出された。だが、もしシートベルトを締めていない後席の乗員が、衝突事故の直前に運転席と助手席の間に顔を出していたらどうなるだろう。前方に投げ出され、インパネのセンターモニターなどに顔や頭を打ちつける可能性は十分にある。その際、ディスプレイのガラスが割れると、前述の通り、投げ出された後席乗員はもちろん、運転席や助手席の乗員にケガをさせる危険性は十分あるのだ。

展示会では、ほかにホビー用ラジコン機器で知られる双葉電子工業でも、車載ディスプレイ用ガラスを展示した。自動車部品の製造も手掛ける同社では、従来エアコンのスイッチなどに用いられる有機ELディスプレイなどが、多くの自動車メーカーで採用されている実績を持つ。だが、車載ディスプレイの大型化や多機能化は、空調などの操作もタッチスクリーンなどで可能となってきているため、同社担当者によると「今後は需要が減少する」可能性があるという。そこで、新規参入したのが車載ディスプレイだ。


双葉電子工業の有機ELディスプレイ(著者撮影)

双葉電子工業が展示したのは「合わせガラス加飾カバー」というもので、複数のガラスを重ねるなどの処理により、割れても破片が飛び散らないように工夫されたものだ。ちょうど自動車のフロントガラスでも、衝突などでヒビは入るが、割れないことにヒントを得て開発したという。ちなみに同社が車載ディスプレイ用カバーにガラスを採用したのも、日本電気硝子と同様の理由だ。「樹脂では質感が劣る」という理由でガラスを選ぶ自動車メーカーが多いためで、また安全上の理由から割れない処理を必要とされているというのも同じだ。


双葉電子工業の合わせガラス加飾カバー(著者撮影)

さらに同社では、指を近づけるだけで操作ができるホバータイプのタッチディスプレイなども開発している。こういったディスプレイは、今後の実用化が期待される自動運転車で、乗員がまるで自宅のリビングにいるような快適性や居住性を演出するために用いられることが期待されている。


双葉電子工業のホバータッチディスプレイ(著者撮影)

自動運転を見越した車載ディスプレイ開発競争が激化

完全な自動運転が行われる場合、ドライバーは座席を後ろに回転させて後席の乗員と会話したり、シートをリクライニングさせて音楽や動画などのエンターテインメントを楽しんだりすることが可能となる。ほかにも空調などの操作や車内照明の制御など、今までの自動車以上にさまざまな装備が搭載されることが考えられていて、それらを直感的に操作できるタッチディスプレイは、現在多くの企業で開発が進んでいる。

双葉電子工業も、そういった新規需要が見込める新製品として、タッチディスプレイやカバー用ガラスなどを開発している。特にホバータイプのタッチディスプレイは、指でディスプレイに触らずとも操作が可能なため、コロナ禍における感染対策製品としての需要も見込める。

電動化や自動運転、コネクテッドなど、技術革新が進む自動車分野では、ことディスプレイだけを見てみても、多くの企業が新たな試みや取り組みを行っている。その将来像はまだ見えてこないが、ユーザーにとってより有益なものとなることに期待したい。


ホンダeに採用されたダイノレックスにさまざまな処理を施した展示例と一般的なガラスとの比較(メーター画面時/ナビ画面時)(著者撮影)