2021年、開局28年を迎える東京MX。テレビ局としては非常に若く、規模も小さい。その小ささを、他局にない強みとしてアニメ放送に活かしている(写真:東京MX)

鬼滅の刃』に『ソードアート・オンライン』、『Fate』シリーズなど、昨今話題になっている人気アニメにはある共通点が存在する。それは東京都にある独立系テレビ局、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX 以下、東京MX)で放送されたということだ。

日本テレビなど「民放キー局」と呼ばれるテレビ局は関東圏全域を対象に放送を行いつつ、地方にある系列ネットワーク局と連携して全国に番組を届けている。一方、1995年に放送を開始した東京MXは、首都圏のみを放送対象としている独立放送局だ。そのため、首都圏在住でない人にとっては馴染みの薄い放送局かもしれない。

同社の2020年3月期の決算公告によれば、売上高は156億円、営業利益は7.6億円だった。在京キー局のなかで最も規模が小さいテレビ東京ホールディングスでも売上高は1451億円、営業利益は51.2億円であるから、東京MXがいかに小規模な放送局かがわかる。

東京MXでアニメ事業を管轄する北澤晋一郎事業局長も「(キー局などと比べて)人もお金も圧倒的に足りない」と話す。そんな同社が、アニメ領域では冒頭の通り、『鬼滅の刃』などの人気作品の放送権を多く獲得している。競争力の源泉はどこにあるのか。

まずは旧作を放送しまくった

東京MXがアニメ放送に力を入れ始めたのは2000年以降だ。子ども向けのテレビアニメをラインナップに取りそろえることで、一般視聴者に幼少期からMXの存在を認知してもらい、大人になっても見続けてもらえる環境を整えようという目的があったという。

それまでアニメ放送の経験が少なかったことから、当初は新作アニメの放送権を獲得することが容易ではなかった。「(旧作である)あだち充さんの『タッチ』を1年中放送したり、朝を含めさまざまな時間帯でアニメ放送を行うことで、(アニメ注力の姿勢が外部にも伝わり)徐々に新作アニメの放送権を獲得できるようになっていった」(北澤氏)。

そうした環境づくりの中で、『涼宮ハルヒの憂鬱』といった、DVDやグッズ販売に貢献する大ヒット作が東京MXの放送枠から生まれたことも大きかった。

「それまでは製作者側に(首都圏の視聴者にしか番組を届けられない)東京MXで重要な作品を放送していいのか?といった迷いもあったはずだが、全国で認知されるような大ヒット作が生まれたことで、ジャンプやマガジン、サンデーといった週刊少年誌連載の原作アニメも放送できるようになっていった」(北澤氏)

東京MX発で大ヒット作を生めると証明できたことに加え、同社が誇る「圧倒的なアニメ枠の量」も作品が集まる理由の1つとなった。在京キー局は視聴率を重視するため、老若男女さまざまな視聴者層に支持される番組を放送することを重視する傾向がある。そのためコアなファンがいる一方で他番組と比べターゲットが絞られるアニメ作品の放送枠は、多くても週に2〜3本程度とするのが一般的だ。


北澤局長は今後自社発の大ヒット作を生み出したいと意気込む(写真:東京MX)

だが東京MXはもともと規模が小さいがゆえにこの限りではなく、「思い切った編成を行える」(北澤氏)。現に2021年の1〜3月、東京MXで放送しているアニメ作品は約40に上る。新作だけで1日約5作品を毎週放送している状態だ。

放送枠自体を豊富に用意することで、今までは放送できていなかったニッチな作品も果敢にチャレンジすることができるようになった。すると、他社と比べ一定期間にヒット作を生める確率も高くなる、という好循環ができあがった。

キー局で放送するより「安上がり」

さらに多くのアニメ関係者は、東京MXで作品を放送する利点として、「局印税」と呼ばれる費用が発生しない場合が多いことも挙げる。

局印税とはテレビ局でアニメを放送する際、テレビ局側が「放送がアニメの宣伝になっている」などという理由で製作者側に支払いを要求する費用だ。アニメの製作委員会は、放送する時間帯のテレビCM枠をテレビ局から買い上げることが一般的。そのため、こうしたCM買い上げに加えて、さらに支払いを求められることになる。大手製作会社の幹部からは「(CM枠をすでに買い上げているのに)なぜ追加で費用を支払う必要があるのか納得がいかない」という不満の声も聞こえてくる。

東京MXのアニメ放送では、キー局のような局印税を取らないケースもあり、CM枠の買い上げのみで済む場合が多い。そのためアニメ製作委員会にとっては、キー局で放送するよりも安上がりというわけだ。

アニメ出資に携わる広告代理店首脳の一人は「アニメにはコアなファンが多く、キー局であろうと(東京MXのような)独立局であろうと関係なく観てもらえる」と語る。コアなファンに届けば、大きな収益源となるDVDやグッズ、配信などの収入獲得にも十分つながる。そうした判断もあり、東京MXに有力作品を供給する流れができあがった。

今後もこうした流れが続く公算は大きい。冒頭で触れた通り、2020年に最もヒットしたアニメ『鬼滅の刃』は当初東京MXが放送したものだった。最初から爆発的人気ではないが、動画配信などの影響もあり話題が話題を呼び、映画は歴代興行収入トップとなる驚異的な大ヒットとなった。

つまり、高いコストが発生する民放キー局の枠を最初から押さえなくとも、驚異的な大ヒットが生まれることが証明されたわけだ。今後も”二匹目のドジョウ”を狙い、コスト面でメリットの大きい東京MXに作品が集中する可能性は高い。

むろん、キー局もそうした事態を黙って見ているわけではない。テレビCMの広告収入が減少している中、各社は新しい収益源を模索しており、その1つとしてアニメに注目する会社が増えている。

日本テレビは2020年10月にアニメ事業部を新設、アニメ強化の方針を社内外に打ち出した。また、テレビ朝日も2020年4月に深夜アニメ枠を新設するなどの動きを見せている。いち早く在京キー局でアニメ版権に取り組んでいたテレビ東京HDでは、アニメ版権を含めたライツ事業の粗利益率を全社の40%以上に高めることを目指す(2020年3月期時点で約33%)という方針を掲げ、今後もアニメ放送を強化していくことは間違いない。

当初は東京MXなどで放送されていた『鬼滅の刃』も、映画公開に合わせてキー局であるフジテレビがゴールデンタイムで後追い放送するなど、人気が出た作品は同社以外のテレビ局で放送されるケースも珍しくなくなっている。

製作出資でさらに知見を貯める

東京MXのアニメの多くは同社が製作委員会に出資する形ではなく、あくまでCM提供費を負担してもらうという立場で関与している。『鬼滅の刃』も同様で、東京MXには自局以外のどこで放送するかを制限する権利は持っていない。そのため、人気になった作品にキー局が目をつけてしまうと、そのまま繫ぎ止めることが難しいことも事実だ。

北澤氏は「(東京MXから)自社企画で製作したアニメはまだ少ない。今後はそうした自社企画の取り組みからもヒットを生み出したい」と語る。製作委員会の主幹事として企画製作することは、資金面や人材面などで大きな負担がかかる。そのため簡単にできることではないが、東京MXでは少しずつ製作委員会へ参加し、アニメ製作の知見を深めている。

当初は新作を放送することすら難しかったが東京MXだが、今では大ヒット作を放送するところまでは力を付けた。もう一段の進化を遂げられるか。