作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。今回は、暮らしのもとになるおうちのことについて、つづってくれました。

第24回「家が好き」





●今の家で気に入っているところ

今年で私の家は築40年。私たち夫婦と同世代の木造家である。一階は、大家さんが改装したのだろう、2つあった部屋を1つにした、広めのリビングダイニングキッチンだ。本棚を置いたり漬けた梅干しの瓶が並んでいたりと、台湾の食堂のような感じで、ごちゃごちゃと、生活&生活がバウンドし続けている場所だ。


ジャングルな菜園でトマトが育つ

ガラス戸をあけると、小さな小さな菜園に出ることができ、そこで薬味や季節の野菜を調達する。夏はもはやジャングルだけど、小さくても土があるということが私たちには必要だったのだと、ここに住みはじめて気づいた。二階には、私の小さな書斎と、お客さんが泊まる用の和室、それから寝室がある。


ベランダで本を読む時間

寝室から出られるベランダが広々として気持ちがよかったことがこの家を借りる決め手になった。こもって書いていることが多い私と地球の接点は、ベランダとミニ菜園だけだ。隣のおばあさんに「お天気ですね」と洗濯を干しながらベランダから顔をのぞかせる。紙飛行機を飛ばせば届くほどの距離で、長屋のように暮らす生活にも慣れてきた。兄弟ゲンカする子どもや、赤ちゃんの泣き声、奥さまたちの立ち話、うるさいと言えばうるさいが、言い換えればにぎやかということで、大家族で育った私には向いている。夕方、だれかのピアノにうっとりしながら月を見上げる時間はジャスミンさながら私の城である。

●15年の引っ越し人生で学んだこと

この15年で引っ越しを繰り返すこと5回。家も人と一緒、よいところもあれば欠点もあることを知った。東京で初めて住んだマンションは16平米、びっくりするほど狭いのに、びっくりするほど家賃が高かった。そりゃ駅から2分で近かったけど、それにしてもぼったくりだ。
初めての東京だったから騙されたに違いないと思いながら住んでいたが、次に引っ越す予定の街の不動産屋で「あんた、○○町に住んでたの!? 政治家と芸能人ばっかり住んでるとこだよ。こりゃ引っ越しなんてできないよ」と言われた。そういえば静かできれいな街だった。忙しくてほとんど家になんていなかったから、正直どこでもよかったのだけれど、気づかないところで目に見えぬ恩恵を受けてきたに違いない。

築年数や間取り、周辺の環境、家賃、忘れちゃいけないハザードマップのこと、それらすべてでパーフェクトの家はまずないと、引っ越し人生で学んだ。けれど、自分次第で城になるということも色んな場所で過ごしてみてわかったことだ。

●古いわが家からカビが発生…でも、なんてことはない


コンロのまわり、ひしめき合う

今の家は古いので床下にコンクリートが敷かれていない。よって、湿気がすさまじい。いや、乾燥知らずで潤いたっぷりということだ。今まで愛用してきた加湿器は押入れの奥でお役御免とあいなっている。6、7月の湿気のまあすごいこと!! 朝、一階に降りていくと、ひんやりとした霧のたちこめる森に入ったよう。マイナスイオン出まくりだ。

油断しているとシンクの引き出しの中、お箸や木のスプーンにほわっほわっとかわいらしい胞子がついておるではないか。か、カビですか…これはもしや? 15年間で初めての経験。ここって東京ですよね…。マンション住まいが長かったので仰天してしまった。

「ほら、家が呼吸してるんだよ」

と夫は気にしない。私も実家が古い木造屋だったから懐かしいけどね。洗って晴れた日にベランダに干して…手間がかかる家だなあ。だけど、いい思いもたくさんさせてもらっているんだから、このくらいいいよ。とにかく雨が降らない日は窓をあけ放って風を通す。そしてカラリと天気のいい日はシンクの扉を全部あけて、湿気を外に出してみることにした。森の中に住んでいるのだと、そう思えばなんてことはない。

●生乾きの洗濯物だって上手に洗えば問題なし!


過炭酸ナトリウムは、ジップロックに入れて使いやすく

この時季のなにが嫌って、生乾きの洗濯物たち。そんな梅雨の時季にわが家でここ数年愛用しているのは過炭酸ナトリウムだ。名前こそ仰々しいけれど、100均なんかでも売っている酸素系漂白洗剤で、気軽に使える。これ優れもので、まず、塩素系漂白剤と違って、使用後に自然に分解されるので地球にやさしい。そして優しいくせに、しぶとかった匂いや汚れをすっきり落としてしまうツワモノなのだ。

この季節、洗濯槽で繁殖しがちのカビをごっそり落とすことから紹介しよう。40度〜50度のお湯で一番よく酵素が働くので、お風呂の残り湯がいいかなと思うが、とにかく洗濯槽に満タンにお湯を入れ、そこに過炭酸ナトリウムをコップ一杯くらい入れる。ほかの洗剤は入れる必要なし。あとは洗濯槽洗浄ボタンを押す、もしくは2時間放置して、その後は普通の洗濯の工程と同じように、洗濯とすすぎを繰り返し行う。そーっとフタをあけてのぞいて見ると、潜んでいたゴミがごっそり取れていて、ぞぞぞーっとする。それを洗濯機についているネットでキャッチするのが嫌な場合は、メダカ用のネットなんかでうまいことキャッチすべし。

生乾き常習犯になっている、体育倉庫みたいな匂いのタオルやTシャツを洗うのにもいい。こちらはいつもの洗剤に過炭酸ナトリウムを大さじ3くらい入れ、同じく40〜50度のお湯で洗濯する。家は、ヤシノミ洗剤とかパイナップル洗剤などの中性洗剤を使っているけれど、混ぜたら危険な洗剤もあるので注意しよう。

漂白剤なので、タライの中で2時間ほどつけ置きしてガンコなシミ抜きをするにも最適だし、茶渋が残ってしまった湯のみ、ワイングラス、ふきんの漂白除菌なんかにも重宝している。汚れや匂いが取れたときの爽快感たるや!

どこに住んでも、パーフェクトの家はない。多分それは人生全般においても言えることだと思う。こうして欠点を笑って、あるがままの家や土地を楽しめるようになったとき、すごく気がラクになった。次の新しい、もっといい場所を探そうとしていない自分がいた。それは自分や周りの人の欠点を許せるようになった瞬間でもあったのかもしれない。

【高橋久美子さん】

1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。近著に、詩画集「今夜 凶暴だから わたし」
(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』
(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集「いっぴき」
(ちくま文庫)、絵本「赤い金魚と赤いとうがらし」
(ミルブックス)など。翻訳絵本「おかあさんはね」
(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:んふふのふ