蹴球最前線──ワールドフットボール観戦術── vol.69

 サッカーの試合実況で日本随一のキャリアを持つ倉敷保雄、サッカージャーナリスト、サッカー中継の解説者として長年フットボールシーンを取材し続ける中山淳、スペインでの取材経験を活かし、現地情報、試合分析に定評のある小澤一郎――。この企画では、経験豊富な達人3人が語り合います。今回のテーマは、今季欧州チャンピオンズリーグ(CL)の総括。優勝したリバプールと、躍進したトッテナムについて考察する。

――プレミア対決となった今シーズンのチャンピオンズリーグ(CL)決勝戦は、リバプールが2−0でトッテナム(スパーズ)を下し、通算6度目の優勝を果たしました。今回は、お三方にその決勝戦について振り返っていただきたいと思います。


イングランド対決を制して優勝したリバプール

倉敷 昨シーズンもファイナルに勝ち残ったリバプールに対して、スパーズは初めての決勝の舞台であり、あわせてプレミアリーグ終了から間が空いたことで試合勘を失っていないのか、我々は気にしていましたが、開始からたった20秒あまりでアクシデントが起きてしまいましたね。スパーズのムサ・シソコのハンドによってリバプールにPKが与えられ、それをモハメド・サラーがきっちり決めてリバプールが先制しました。

 シソコの軽率ともいえるハンドでしたが、あの場面、サディオ・マネはシソコの腕を狙ってボールを蹴ったのでしょうか?

小澤 シソコが右腕を上げて味方に指示したタイミングでボールを蹴っていただけに、狙っていたように見えなくもないですよね。

中山 至近距離でありながらボールを蹴り上げるようにキックしていたので、狙った可能性はあると思います。ただ、ボールは一度シソコの右の胸に当たってから腕に当たっていたので、ボックス内で腕を上げて味方に指示を出したシソコが軽率だったと言われてしまうのは仕方ないでしょうね。

小澤 あのシーンを見たとき、VARの導入によって倉敷さんをはじめ我々が危惧していたプレー、つまりボックス内でハンドを狙い合うようなサッカーになる可能性があるという話を思い出してしまいました。

倉敷 本当ですね。先制ゴールが決まったのが前半2分。先制点は、試合展開に大きな影響を与えました。リバプールには攻撃的なイメージがありますが、舞台はCL決勝ですし、守れないチームではないわけですからリバプールにとっては大きなアドバンテージになったことは間違いありません。ジョルジニオ・ワイナルドゥムのこの試合におけるタスクも変わったのではないでしょうか。

小澤 そうですね。リバプールは幸先よく先制点を奪ったことによってリスクをかけて前掛かりなサッカーをする必要はなくなりましたし、スパーズがGKにボールを下げる時には高い位置までプレッシングで深追いしていましたが、基本的にはしっかり守備ブロックをセットして、慎重な試合運びをするようになりました。

倉敷 スパーズは最後までペナルティエリア付近まで入っていけなかったですね。試合終盤にゴールをこじ開けられそうなシーンはいくつかありましたけれども、それでもアタッキングサード目掛けて加速する攻撃はさせてもらえなくて、ミドルレンジのシュートが目立ちました。マウリシオ・ポチェッティーノ監督もルーカス・モウラ、エリック・ダイアー、フェルナンド・ジョレンテと次々とカードを切って打開しようとしましたが及ばなかった。そんななかで、87分にディヴォック・オリギがゴールを右隅に決めて完全に勝負が決まってしまったわけです。

中山 試合開始と試合終了間際の得点だったので、その間の攻防に物足りなさを感じたファイナルでした。いずれにしても、倉敷さんがおっしゃるとおり、開始20秒のハンドが明暗を分けたことは間違いないでしょう。この試合のリバプールはパスをつないで攻めることをしないで、かなりロングボールを多用していました。パス本数も280本で、これはスパーズの528本の約半分ですし、明らかにいつもと違う戦い方をしていた印象です。

 速い時間帯で先制したことによってユルゲン・クロップ監督が、割り切った戦い方を選択した可能性はあります。しかもこの試合のクロップは、やけに冷静に見えました。いつもはゴールが決まったらもっと派手に喜ぶのですが、この試合はそうではなかった。そこも、今回のファイナルで印象的だった点です。

倉敷 クロップはゲン担ぎをする人なので、それもゲン担ぎだったのかもしれませんね。

 両チームとも逆転勝利で決勝に駒を進めたわけですが、データを見れば欧州五大リーグで優勝を狙えるチームのスタイルはほとんどが先行逃げ切りです。先制した試合は90パーセント近い勝率を誇りますが、シーズン中の逆転勝利はどこもわずかです。ビッグクラブであってもなかなか逆転のためのプランは成功していないということです。

中山 それで言うと、昨シーズンまでのリバプールは出入りの激しいゲームが多かったという印象があった一方で、今シーズンはどちらかと言うと安定したディフェンスが際立っていた印象があります。今回の決勝戦ではそのストロングポイントをいかんなく発揮したと思いますし、そこが今シーズンのリバプールがいちばん進化した部分なのではないでしょうか。もちろん、フィルジル・ファン・ダイクの存在が大きいとは思いますが。

倉敷 小澤さん、チャンピオンズリーグで優勝したチームのサッカーが「この頃流行りの」と言われることもよくありますが、今シーズンのリバプールのサッカーがトレンドといっていいですか?

小澤 一部あるでしょうね。相手のビルドアップの枚数に合わせる形でハイプレスを仕掛ける積極的な守備戦術がデフォルト化したことで現在の欧州トップレベルの舞台ではボールを保持するサッカーが勝ちにくくなっています。そんななか、リバプールは状況に応じてハイプレスからのショートカウンターと最終ラインからの精度の高いロングパスを使ったロングカウンターをきちんと両立させられていますし、今シーズンのリーグ戦でも示したように、守備の安定があったからこそCL決勝に勝ち上がれたのだと思います。

 ファン・ダイク、アリソン・ベッカーの安定感が際立っていましたし、中山さんが指摘したように、この試合ではボールを奪う位置が低かったなかでもジョエル・マティプやファン・ダイクから対角線に入れる質の高いロングパスがとても効いていました。

 それと、個人的にはこの試合でスパーズとの違いはサイドバックだと思って見ていました。アレクサンダー=アーノルドとアンドリュー・ロバートソンの上がりを使って攻めることもできますし、彼らは自分でボールを運ぶドリブルがうまい。また、アレクサンダー=アーノルドはとにかくミドル、ロングレンジのパスの精度が格段に高い。そこも含めて、リバプールはボールも持てるし、カウンターや攻守の切り替えが激しい「ボックス・トゥ・ボックス」のサッカーもできる。この決勝のような緊張感のあるゲームで先制した後に、引いてソリッドに守ってロングカウンターを狙うというサッカーができたことを見ても戦術的な引き出し、幅のあるチームです。

 かといって、リバプールが完全にボールを捨てているかというと、逆に今季のプレミアリーグの戦いぶりを見ても、かなりボールを支配していますので、両方を繰り出せるという点がトレンドなのだと思います。今回の決勝でも、それを示すことができたのではないでしょうか。

倉敷 中山さんは、今シーズンのリバプールのサッカーについてどんな印象をお持ちですか?

中山 小澤さんがおっしゃったように、普段のリバプールはもっとパスをつなぐサッカーをしていたと思います。ただ、昨シーズンから変わったと感じるのは、守備が行きすぎないようになったことでしょうか。

 たとえばドルトムント時代のクロップは、「ゲーゲン・プレッシング」と言われたように、前から激しく守備をしていましたが、それだとプレミアリーグでは外されたときに一気にピンチを招いてしまいます。しかも「ボックス・トゥ・ボックス」の戦いに慣れているチームが多いので、ブンデスリーガ時代のような効き目はありません。そこの調整をうまく行なって、行きすぎない守備ができるようになった印象があります。

 もちろん、今回の決勝戦でも前の3人が相手のキーパーと最終ラインに、ロバートソンとワイナルドゥムもダブルボランチに連動してプレスをかけに行っているわけですが、行きすぎて外され、ピンチを招くことはありませんでした。ボールを奪いにかかるというよりも、プレスする方向によって相手のパスコースを限定するプレッシングと言ったほうがいいかもしれません。それができるようになったことが、失点が減った要因になっているのではないでしょうか。

倉敷 そうですね。ユルゲン・クロップのサッカーは魅力的だけど、当たり外れがあるというか、大事な試合で大負けしてしまうこともこれまでにはありました。では、攻撃面での変化はありますか?

中山 仕留め方のバリエーションが増えた印象があります。昨シーズンはサラー頼みという印象がありましたが、今シーズンは、セットプレーもうまく使えるようになっていますし、破壊力は低下したかもしれませんが、全体的に「やんちゃなサッカー」から「大人のサッカー」になった感じがします。

倉敷 小澤さんは、ユルゲン・クロップの変化、あるいは進化ということについては何かお感じになることはありますか?

小澤 トレンドの話にも合致しますが、ここ1、2年は前線を同数にして激しいハイプレスをするチームがヨーロッパのトップレベルで増えましたが、そんななかで、とくにGKを使ってプレスを外し、GKからのロングボール一発でカウンターを狙うチームも増えてきました。なので、プレスを外されないようにうまくコントロールするとか、前線のプレッシングが行きすぎないようにするというところは、クロップはこの試合でも随所に見せていたと思います。

 早い時間に先制したこともあるかとは思いますが、その後の時間帯のリバプールを見てみると、スパーズがGKウーゴ・ロリスにボールを入れた時はプレスに行っていましたが、ロリスを使わないないビルドアップに対しては、セットして守っていました。行くときと行かないときの判断基準がしっかりと植え付けられていますし、うまくコントロールできていた印象があります。

 とくに最近はバルサのマルク=アンドレ・テア・シュテーゲンやマンチェスター・シティのエデルソンのようなタイプのキーパーが出てきて、キーパーからのロングカウンターがかなり脅威になってきていますが、この試合のリバプールはそれをやらせないという守り方を見事にやっていたと思います。

倉敷 それは、小澤さんがよくおっしゃっている「サリーダ・デ・バロン」にあてはまる話ですね。あらためて、わかりやすく説明していただけますか?

小澤 たとえば今シーズンのラ・リーガでは3バックを使うチームが多かったのですが、その場合、ビルドアップのときに相手は前から3人でハメようとします。そこで3バックのチームはGKを加えて4対3にして、数的優位な状況を作ってプレスを外し、ビルドアップを行なうのがトレンドでした。ところが、それなら最初から最終ラインを4枚にすることで数的優位を作った方がいいということで、シーズン途中から4バックに変更するチームが増えました。

 シーズン中に相手のプレッシングに応じて3バックと4バックを使い分けるチームが増加した傾向、ベティスのようにこの1年3バックが定番だったチームが終盤に4バックを使った点を見ても「ボールの出口」を意味する「サリーダ・デ・バロン」において複数のパターンを用意することは今の欧州において必要不可欠なものとなりました。

 基本的に最終ラインは相手のプレッシングの枚数にプラス1で考えるのが一般的なので、GKを使ってプラス1にするのか、最初からディフェンスラインの人数を増やしてプラス1にするのか、というところは、監督の好みということになります。

倉敷 なるほど。では、スパーズの戦術の話に移りましょう。中山さんはどのような特徴があると見ていますか?

中山 戦術的に特筆すべき点はなく、オーソドックスな印象ですね。奇跡的な逆転で勝ち上がってきたことが象徴するように、決勝まで勝ち上がれたのは勢いという要素が強かったのかなと思います。

とはいえ、ポチェッティーノの戦術バリエーションは確実に増えていると思います。とくに今シーズンは選手の補強ができなかったうえ、シーズン序盤からケガ人も多かったので、苦しい台所事情で多くのシステムを使い分けて何とかやりくりしていたという印象があります。そういう点で、監督としてもチームとしても対応力が上がったと言えるでしょう。3バックにしても4バックにしても、それぞれ2、3種類を起用選手や試合の局面によって使い分ける術は磨かれたと思いますし、戦術的なトレンドは感じられないにしても、少数精鋭で長いシーズンを戦い抜くためのひとつの方法を提示できたと思います。

倉敷 たとえばデレ・アリとソン・フンミンとクリスティアン・エリクセンの並べ方など、シーズンのなかでいろいろな意見がありましたね。

中山 そうですね。とくにエリクセンを置く場所に悩んでいた印象も受けましたし、逆に、エリクセンのポジションによってポチェッティーノの狙いも見えるという面もありました。今回のCL決勝でも、後半開始から2列目の配置を変えていました。

 それと、個人的にはデレ・アリの成長が止まってしまった印象があって、それを決勝戦でもあらためて感じました。彼が頭角を現した10代の頃からすると、もっと成長していないといけない選手なのに、現在は普通のよい選手に収まってしまっています。

倉敷 壁にぶつかっているのかも知れませんね。小澤さんはスパーズの戦術に関してはいかがでしょうか?

小澤 僕も、戦術的に新しいことはとくにないと思います。現地でシティとの準々決勝2試合を観戦しましたが、ポチェッティーノの振る舞いも含めて、悪い意味でカオスに陥っていかないような落ち着きのあるサッカーだと感じます。スタンダードで平凡に見えますけど、カウンターの応酬になって打ち合うのではなく、いつも自然体でオーソドックスなプレーができているところが、このチームの強みになっているのではないでしょうか。

 前線にボールを運んだときにソン・フンミンやルーカス・モウラなど、試合によって違いを生み出せる選手が活躍したというところも、武器になっていたと思います。それと、僕もデレ・アリはもっと伸びないといけないと思います。他にも、イングランド代表では20代前半で成長が止まってしまう選手がいますしね。余計なお世話かもしれませんが、マーカス・ラッシュフォード(マンチェスター・ユナイテッド)も心配です(笑)。

倉敷 非凡な選手ですからね。デレ・アリの来シーズンに期待しましょう。

 では、次回は両チームのサイクルにスポットを当てながら、他の強豪クラブの現状を見ながら今シーズンのCLを総括してみたいと思います。