無敵のプレゼンは"10・30・100の法則"
■口ベタ、コミュ障も話せるようになる
「自分はどうも話が下手だ」という自覚のある人は多いだろう。「他愛のない雑談が苦手」「人前で発表するとき緊張してしまう」など、人によって特に苦手とするシチュエーションがあるはずだ。そこで「1分」「5分」「10分」と、話す時間の長さに応じた上手な話し方について、経営者、放送作家、精神科医というバラエティに富んだ職業の方々に聞いてみた。
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意外なことに、全員に共通していたのが、「決してもともと話し上手ではなかった」ということである。レノバ代表取締役会長の千本倖生氏は、「小学生の頃は消極的で、人前で話すのが大の苦手。学芸会で役を与えられても、当日になって逃げ出すような子だった」と振り返る。ところが日本電信電話公社(現・NTT)勤務時代にフルブライト奨学生としてフロリダ大学に留学したことが転機となった。
「海外では黙っていたら存在しないのと同じ。自己主張しなければ生き残れないのですから、口下手などと言っていられませんでした」(千本氏)
「自分は“コミュ障”でしたね」と言うのは、放送作家の石田章洋氏だ。
「上京して入学した大学では友人ができず、1人で昼食を食べているところをほかの学生に見られたくなくて、トイレでおにぎりを食べたりしていました。今でいう“便所めし”の走りです」
大学からは自然と足が遠のき、毎日下宿に引きこもって落語を聞くうち、落語家になることを決意。大学を中退して六代目三遊亭円楽(当時は三遊亭楽太郎)師匠のもとに弟子入りする。
「なんとかプロの落語家にはなれたものの、スベってばかり。話すのがダメなら書けばいいのではと、数年後に放送作家に転身しました」(石田氏)
しかし台本を書くよりも先に、打ち合わせの段階でディレクターやプロデューサーの興味を引くことができなければ、放送作家としてやっていくことはできないことに気づく。
「本を読んだり、話のうまいタレントさんの話し方を分析したりして、必死で話し方を研究しました。その結果、上手な話し方にはいくつかの法則があることがわかったのです」(石田氏)
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その法則は、のちほど紹介しよう。
「僕は大学時代、年間200本の映画を観るような映画オタクでしたから、話し方はうまくなかったと思います」
と言うのは精神科医の樺沢紫苑氏だ。
「でも医師になってからは、必ず年に2回、学会で発表することを自分に義務付けて、5年間実行しました」(樺沢氏)
樺沢氏によれば、「“話が苦手だ”と言う人に限って、うまくなろうという努力をしない。だから永久に上達しないまま」なのだという。
「なにごとも日頃の準備が9割。しっかり準備して練習すれば、必ずうまく話せるようになります」(同氏)
たとえばプレゼンをしなければいけないのに、「人前で話すのはイヤだ」という意識があると、資料づくりや読み上げ用の原稿の作成に時間を費やしてしまう。声を出して話す練習こそしなければならないのだが、気が重いのでほかの作業に逃げてしまうのだ。
また3人に共通するのが、「話は短いほうがわかりやすい」という意見だ。
千本氏は、ビジネスの提案や交渉に関しては「いかに話を整理しておくかが重要」だと言う。
「重要人物ほど忙しいのですから、結論を先に聞きたがるのは当たり前。相手が何を欲しがっているのかをとことん考えて、効果的な一言を切り出すことです」(千本氏)
■「15秒」を超えると頭に入らない
また樺沢氏は、「話は長くなればなるほど伝わらなくなる」という。
「みんな、長く話したほうが細かいことまでよくわかってもらえると思っていますが、それは誤解です。人間の脳はいっぺんにいろいろなことを言われても、それをすべて覚えておくことはできないからです」(樺沢氏)
石田氏は、「テレビ番組のナレーションは15秒以内が基本」だと言う。
「15秒は短すぎると思うかもしれません。しかし実際のところ、30秒のCMは長すぎて見ていられないはず。15秒を超えると集中力が途切れて、内容がすっと頭に入ってこないのです」
そこで重要になるのが「概念化」「抽象化」だと石田氏は言う。
「話の長い人はディテールをもらさず伝えようとする。それより抽象的でもいいので本質を一言で伝え、そのあとに詳細を話すようにしてください」
たとえば体調が悪いので早退したいと上司に伝えるとき。
「昨日、昼間は汗ばむほど暑かったので薄い掛け布団1枚で寝たら、今朝になって寒気がして、熱も出てきたようで……」と延々と説明するのではなく、「すみませんが、早退させてください」と切り出し、「実は熱がありまして」「不注意で風邪をひいてしまったようです」と理由を付け加えるのだ。
とはいえ、いつも必ず結論ファーストである必要はない。たとえば相手と交流を深めるための会話では、あえて結論をうしろに持ってきたほうが場が盛り上がることもある。
「面白い話し方にはいくつか“型”があります。最も単純なのが、“?”→“!”というもの。“なんだろう?”と思わせてから結論や答えを言う。すると相手は“そうなのか!”と驚いたり感心したりするとともに、謎が解けてスッキリする。テレビ番組の構成は、すべてこの繰り返しです」(石田氏)
したがって、「昨日は大変だったんだよ。実はね……」というように、あえて結論を後回しにしたほうがいいときもあるのだ。
【1分】雑談、質問、挨拶…なぜ何でもない会話がこんなに難しいのか
■面白いネタを確実にストックするには
「それほど親しくない相手と、意味のない雑談をするのが苦手」「何をどう話せばいいのかわからない」という人は多い。樺沢氏は、日頃から「雑談で何を話すか」というネタをストックしておくべきだと言う。
「みなさん、ネットニュースや電車の中吊り広告を毎日目にしているでしょう。そのときは”へえ”とか”面白い”と思うけれど、すぐに右から左へと忘れてしまう。そうではなくて、それらのタイトルだけでもコピペして、ネタ帳をつくっておきましょう」
そうすれば「今朝、こんなことがありましたね」「怖い世の中になりましたね」というように、すぐに話題を提供することができるのだ。雑談の最中にメモを見るのは不自然かもしれないが、メモをつくるだけでも記憶に残るので、実際には見ずにすむことが多い。
■「そうですね」で終わらせない方法
だがそのようにして話題を提供しても、「そうですね」の一言で会話が止まってしまうこともよくある。そこで必要になるのが「質問」だ。樺沢氏は「会話を盛り上げる質問には2種類あります」と言う。
それが「広げる質問」と「深める質問」だ。
たとえば相手が「私はコーヒーが好きなんですよ」と言ったとき、「じゃあ、お気に入りのカフェがあるんですか?」とか、「朝はいつもパンとコーヒーですか?」というように、コーヒーに関連した別のことを聞くのが「広げる質問」だ。それに対して、「どんな種類の豆が好きですか?」「自分で豆を炒ったりするんですか?」というように、コーヒーそのものに関してより詳しいことを質問するのが「深める質問」である。
人間、自分の好きなものについて話すときは饒舌になる。相手が何を好きかを知るために、まずは「広げる質問」でアタリをつけ、これが好きそうだとわかったら、今度は「深める質問」をして相手に語らせるといい。
「温泉を掘削するときは、試しに何カ所か掘ってみて、温泉が見つかったらあとは深く掘っていくでしょう。それと同じです」(樺沢氏)
■話題に詰まったら「魔法の呪文」
「話のネタに詰まったときは、魔法の呪文を唱えてみてください。それが”テキドニセイリスベシ”です」
と言うのは石田氏だ。
テはテレビ、キは気候、ドは道楽、ニはニュース、セは生活、イは田舎、リは旅行、スはスター、スキャンダル、ベは勉強、シは仕事。
「昨日のテレビ、見ましたか?(テレビ)」「めっきり寒くなりましたね(気候)」「最近、釣りに行っていますか(道楽)」というように、このうちの適当な話題を振ってみれば、初対面の相手でも会話の糸口に困ることはないというわけだ。
【5分】プレゼン、説明、スピーチ……なぜ準備してもうまくいかないか
■お坊さんの姿勢は、なぜ伸びているのか
1人で5分も話すシーンといえば、プレゼンや商品説明など。人前で話すとなると、緊張してうまくしゃべれないのも当然かもしれない。
「こんなとき、簡単にできる緊張緩和法がありますよ」と言うのは樺沢氏だ。
「緊張しそうだな、と思ったら、次の3つのことだけ心がけてください。笑顔、姿勢、アイコンタクトです」
人間は笑顔をつくるだけで、ドーパミン、エンドルフィン、セロトニンなどの脳内物質が分泌される。ドーパミン、エンドルフィンは幸福を感じる物質であり、セロトニンはリラックスさせる物質なので、緊張が解けるのだ。
さらに、心がこわばっていると、体も縮こまる。視線は下を向き、猫背になっているはずだ。そこで思い切って背筋を伸ばしてみる。
「セロトニンは抗重力筋をコントロールする物質ですから、姿勢をよくするだけでセロトニンが整います。お坊さんが穏やかで落ち着いた表情を浮かべているのは、よい姿勢でお経を読むからなんですよ」(樺沢氏)
もう1つ心がけたいのがアイコンタクトである。話の要所要所で相手の目を見るだけで、俄然、内容が伝わりやすくなるという。
「笑顔もアイコンタクトも姿勢も、急にやろうとしてもうまくできません。僕は毎朝ヒゲを剃る間を利用して、鏡を見ながら笑顔の練習をしています。トイレに入るたびに鏡に向かってニッコリするのを習慣にするといいでしょう」(同氏)
■カップ麺と携帯音楽プレーヤーの共通点
人間の脳は、1度に複数のことを処理できない。だから「笑顔になっているかな」「猫背になっていないかな」ということに意識を向けていると、同時に「失敗したらどうしよう」という心配はできなくなる。
したがって、緊張が緩和されるというわけだ。
「企画の提案は長々と説明してはダメ。一言で短く表現したほうが通りやすくなります」と言うのは石田氏だ。
「たとえばカップ麺と携帯音楽プレーヤーという、一見何の関係もなさそうな商品には、ある概念が共通しています。何だと思いますか?」
それは”自由”。お湯を注ぐだけでいつでもどこでも食事ができるカップ麺と、コンポのようなオーディオ装置や電源がなくても屋外で音楽が楽しめる携帯音楽プレーヤー。どちらもその本質は”自由”なのだ。10年ほど前、日清食品が”freedom”というキャッチコピーでCMを打ったのは、商品の本質を一言で表現した例だといえよう。
「”会いに行けるアイドル(AKB48)””吸引力の変わらないただ1つの掃除機(ダイソン)”など、すぐれた企画は必ず一言で言い表せる。逆に、一言で言えない企画はまだまだということかもしれません」(石田氏)
【10分】営業、交渉、提案…手ごわい相手を落とすには
■「値段が高いね」と言われたら
10分間というと、交渉ごとや企画の提案など、こちらが一方的に話すだけでなく、相手との双方向のやり取りになる。このような場合は、相手の出方がわからないのが一番の不安材料だ。だが樺沢氏はこう言う。
「相手の出方がわからないと言いますが、ビジネスにおいて相手の言いそうなことなんて、ある程度決まっているでしょう。事前に相手の言いそうなことをリストアップして、それに何と答えるかを考えておけばいい」
たとえば「値段が高いね」と言われたときはこう返す、というような想定問答集をあらかじめ作成しておくのだ。
「僕は学会発表のあとの質疑応答で、どんな質問がきてもいいように想定問答集をつくっておきます。なかには予想外の質問もありますが、最低でも10パターン考えておけば、たいていなんとかなる。30パターン考えておけば、ほぼ9割フォローできる。100パターン考えれば、予想外の展開になることはありません。私はこれを『10・30・100の法則』と呼んでいます」(樺沢氏)
1度100パターンの想定問答集をつくれば、あとは随時それをメンテナンスしていくだけでいい。
「10分程度のまとまった話をするときは、話の”型”にそって話すとわかりやすくなります」というのは石田氏だ。”型”にもいろいろあるが、「なぜこうなのか」という根拠を求められるような説明に適しているのがPRD法である。
P(Point:結論)、R(Reason:理由)、D(Detail:詳細…理由を補強するための具体例、データ、実体験など)の順で話をすると、より説得力のある説明ができる。
「僕は、新しいニュース番組の司会者はAさんがいいと思います。なぜなら彼はお笑い芸人ですが、実はB大学の政治経済学部出身で、さまざまなニュースに自分なりの意見を述べられるからです。彼のラジオ番組を聞いたことがありますが、政治経済についてわかりやすく解説していました」
という調子だ。
■デートの誘いにも使える
このPRD法を使うと、なぜ説得力が増すのかといえば、聞き手の気持ちに呼応する話法だから。一番言いたい結論を最初に述べることで「そういう意見か」と、聞き手は概要を理解すると同時に「なぜ、そう主張するのか?」と疑問を抱く。そのタイミングですかさず理由を述べれば、聞き手も「なるほど、そういうことか」と納得する。
さらにその納得感を高めるため、続けて詳細の部分で、具体例や根拠、データなどを示す。そうすることで、相手により深い納得感を与えることができる説得力のある説明になるのだ。
PRD法は相手の気持ちを動かしたり、行動を促したりするときにも効果的なので、ビジネスシーンだけでなく、デートの誘いなどにも有効だ。
なぜ私は稲盛和夫、ゴールドマン・サックスを口説けたか●千本倖生
「電電公社(現・NTT)のライバルが必要です。日本で2つ目の通信事業会社をつくりましょう」
こんな言葉を稲盛和夫氏にぶつけたのは、稲盛氏が京セラの経営者として注目を浴び始めた80年代半ばのこと。当時電電公社の社員だった私は、公社の民営化にあたり、「日本の通信業界は電電公社の1社が独占してしまう」と危惧していました。
「通信業界の発展のため、電電公社の独占状態を崩しましょう。私は一介の技術屋ですが、稲盛さんの経営手腕は不可能を可能にするに違いありません」
このように熱く語った結果、稲盛氏の承諾を得て、第二電電(現・KDDI)が誕生します。そして私は電電公社を退社すると決意する前に、直接会って話をしたい人がいました。それは当時の電電公社の真藤恒総裁です。しかし一部長の私が会える人ではない。そこで秘書に総裁の出張予定を聞き、自分も同じ便に乗り込んで、総裁の隣の席に座りました。総裁は驚いていましたが、誠意を尽くして説明したところ、「黙認する」と言っていただけました。
イー・アクセス(のちのワイモバイル)の立ち上げにあたっては、ゴールドマン・サックスに出資をお願いするため、ニューヨーク本社で朝から晩まで膝詰めで談判したこともあります。その結果、20億円の出資を受けることができました。
いずれのケースも、「日本を変えたい」というビジョンがあり、それを実現するために、人の3倍、準備をしたからです。私心のない目的とその達成のための情熱に比べれば、話し方のテクニックなど、表面的なものにすぎません。
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レノバ会長
1966年京都大学卒業。84年第二電電(現KDDI)を共同創業。99年イー・アクセスを創業。2005年イー・モバイルを創業。15年から現職。
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放送作家
「世界ふしぎ発見!」(TBS)、「TVチャンピオン」(テレビ東京)などのテレビ番組の企画・構成を担当。著書に『ひと言で伝えろ』など多数。
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精神科医
札幌医科大学卒。米・イリノイ大学への留学を経て樺沢心理学研究所を設立。著書に『学びを結果に変えるアウトプット大全』など多数。
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■▼【1分】雑談、質問、挨拶…なぜ何でもない会話がこんなに難しいのか
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■▼【5分】プレゼン、説明、スピーチ……なぜ準備してもうまくいかないか
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※『東京いい店うまい店』(文藝春秋、1967年創刊)、『東京いい店やれる店』(小学館)
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■▼【10分】営業、交渉、提案…手ごわい相手を落とすには
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(ライター&エディター 長山 清子 構成=長山清子 撮影=尾関裕士 写真=iStock.com)