週に3日は1日2時間しか営業せず、5年後に店を畳むというラーメン店がアメリカ・ボストンにある。42歳の店主・大西益央さんが取り仕切る「Tsurumen Davis」は、マイナス10℃以下の極寒でも1時間待ちの行列ができる。なぜ人気なのか。店主に密着した――。
「Tsurumen Davis」を取り仕切る大西益央さん(写真提供=毎日放送)

■極寒のボストンで1時間待ちの大行列を作る

最低気温がマイナス10℃以下にもなるアメリカ・ボストンで、1時間待ちの大行列を作るラーメン店がある。42歳の店主・大西益央さんが取り仕切る「Tsurumen Davis」だ。2018年4月のオープン後、瞬く間に連日行列となった。ボストンのグルメサイトで「今、最も熱いレストラン」第1位を3カ月連続獲得し、現地紙「ボストン・グローヴ」の1面を飾るなど、メディアからも注目される超人気店になっている。

2月24日放送のドキュメンタリー番組「情熱大陸」では、従来の日本のラーメン店にはない働き方をする大西さんのビジネススタイルと、新作ラーメンを生み出すまでの試作の様子に迫った。

■スープ作りの合間を縫ってヨガで心身を整える

「Tsurumen Davis」の経営方針は実にユニークだ。週6日ある営業日のうち、3日は営業時間を午後6時から8時までのたった2時間だけにしている。200日ごとにメニューを一新し、営業はオープンから1000日で打ち止め。5年後には店を畳むと決めている。一体なぜなのか。

【大西】「終わりを決めたら人間は本気になる。ずっと続くものには本気になりにくい」

大西の日常にもさまざまなルールがある。午前6時半に店にやってくると、朝一番に取り掛かるのは雑巾がけだ。その後、寸胴鍋に大量の鶏ガラと利尻昆布を投入し、スープの仕込みに移る。自家製の麺にはカナダの小麦粉とメキシコの塩を使用。メンマも自家製だ。

大量の鶏ガラと利尻昆布でスープを取る(写真提供=毎日放送)

スープの完成までは6時間。合間を縫ってヨガで心身を整えるのも大西流だ。アシスタントとして働くモルガンは大西の味に衝撃を受け、当時働いていたフレンチレストランを辞めて大西のもとに弟子入りをしてきたという。

【モルガン】「今まで働いていた店はスピード重視で質が下がっていました。大西さんは質を大事にしているし、僕らに学ぶ機会も与えてくれます」

■醤油ラーメン15ドルでも、週に3回通う客がいる

店の前には行列ができている(写真提供=毎日放送)

午後6時、開店だ。行列で冷え切った客の体に熱いスープが染み渡る。

鶏ガラスープの醤油ラーメン15ドル、自家製のラー油を利かせたパイタン麺17ドル。強気の価格設定にもかかわらず、お客は引きも切らない。常連客の中には週に3回通う客や、一度に3杯以上食べるという猛者もいた。

【客】「いつ来ても満足して帰るよ。食べ終わると幸せいっぱいの気分なんだ」
【客】「こんなにおいしいラーメンはないと、みんなに言ってるの」

2時間の営業を終えると、午後9時前にはスタッフを連れて、外の店に夕食をとりに行った。スタッフとのコミュニケーションを大事にするやり方は、どこか日本的とも言える。

【大西】「店員が疲弊してるのが伝わったら、お客さんもそういう店で食べたくないと思うんです。まずは僕らが元気で働ける環境作り。そういうライフスタイルを実現したい」

これは自身が今まで背負ってきた苦労からにじむ本音かもしれない。大阪出身の大西はラーメンを描いた映画『タンポポ』に感動し、31歳で地元に「鶴麺」をオープンさせた。7年後、ハワイに進出したが商売は立ち行かなかった。2年後ノースカロライナでも失敗し、借金を背負った。追い打ちをかけるように父親がガンで帰らぬ人に……。

せめてもの救いがラーメンだった。

【大西】「(父親は)食が細くなっていくのに僕のラーメンを食べてくれた。僕のラーメンなら食べられるというあの経験が、おいしいもので人を幸せにする僕のその思いを決定づけた」

■新作考案のために京都とポートランドへ

2018年4月の開業から200日が過ぎ、「シーズン1」と位置付けていた期間が終わった。201日目からスタートする「シーズン2」は2週間後だ。それまでに新作のラーメンを考案しなればならない。

「シーズン1」の期間が終わった(写真提供=毎日放送)

日本に一時帰国した大西さんが向かったのは、京都だった。昔からつきあいのある料亭「菊乃井」本店の料理人・村田吉弘さんは日本料理を世界に広げてきた第一人者だ。彼は料理で大切なことは《香り、テクスチャー(食感)、WOW!(驚き)》の3つだと言う。

【村田】「結局驚きがなかったらもう食べる気せえへんやん。印象に残すためにはね。記憶のバンクがめくれるようにせなあかん。香りをガーンといかんと記憶に残らへんねん」

アメリカに戻ると、新作のための食材を求めて北を目指した。テーマは「香り」だ。

ボストンから電車で2時間半のポートランドに足を運び、新鮮なウニや、アメリカではなかなか見られないナマコを手に取り検討を重ねた結果、たどりついたのが干松茸。香りは申し分なく、だしもとれそうだ。

「松茸で勝負する」方針は決まった。

■1杯2200円のラーメンは吉と出るか凶と出るか

試作品づくりの日々が始まった。まずは土瓶蒸しをイメージし、干し松茸の戻し汁を従来のスープに合わせた。メンマの代わりに、戻した干松茸を。和歌山のぶどう山椒を散らして、ライムを絞る。見た目はいかにもおいしそうだが、どうも納得がいかない様子だ。

【大西】「ごちゃごちゃ乗せると松茸の良さが消えるし、足し算しすぎた感はありますね……」

妥協は失敗のもと。自分を信じてひたすら試行錯誤を続けていく。201日目の「シーズン2」スタートまであと2日のタイミングでアイデアがひらめいた。ワンタンで松茸を包み込めば香りが“でしゃばらない”のではないか。幼い頃好きだった母親お手製のワンタンスープから着想を得た。

とはいえ、松茸はアメリカでなじみが薄い食材。果たして受け入れられるのか。価格も課題だった。干したものでも松茸は高級食材だ。結果、1杯20ドル、日本円で約2200円のラーメン「鶏と松茸のタブルスープ」が完成した。吉と出るか凶と出るか。

■店内に飛び交った「WOW!」の声

<2月8日 オープン201日目>

狙いは当たった。一口食べるなり、「WOW!」と驚いてくれたのは、いつも3杯ペロリと平らげる常連客だった。

【客】「きのこの風味がすごく気に入ったよ。MATSUTAKEだったかな?」
【客】「レベルが高い。すごく濃厚だ。大金を払う価値があるよ」

店内には何よりうれしい「WOW!」が飛び交う。こうしてシーズン2は、いくつもの笑顔と共に幕を開けた。

【大西】「安心しました正直。この緊張感を保っていくぞっていうそういう気持ちですね」

一期一会にかける“気迫”が、この男の隠し味だ。

シーズン2は笑顔とともに幕を開けた(写真提供=毎日放送)
「情熱大陸」はスポーツ・芸能・文化・医療などジャンルを問わず各分野で第一線を走る人物に密着したドキュメンタリー番組。MBS/TBS系で毎週日曜よる11時放送。MBS動画イズムで無料見逃し配信中。過去の放送はこちら。https://dizm.mbs.jp/title/?program=jounetsu

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大西益央(おおにし・ますお)
ラーメン店主
1976年大阪生まれ。2007年に大阪市鶴見区にラーメン店「鶴麺」をオープンし、2010年に2号店「らぁ麺クリフ」(現在は「Tsurumen」に改名)を開店。2店を大阪屈指の人気店に育てた後、2018年4月に米・ボストンで「Tsurumen Davis」を開店。家族は妻と13歳長女、5歳長男。「5年後には店を閉めるか譲るかして“さすらいのラーメン職人”としてまた別の街で店をオープンしたい」と語る42歳。

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(「情熱大陸」(毎日放送) 写真提供=毎日放送)