西谷格『ルポ 中国「潜入バイト」日記』(小学館新書)

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日本と同じように中国でも晩婚化が進んでいる。30歳をすぎると「剰男」「剰女」と呼ばれ、婚活サイト大手3社には2億人が登録しているという。未婚の中国人男女の本音はどんなものか。フリーライターの西谷格氏が、上海で「婚活パーティー」に参加したところ、卓球の福原愛選手に似た女性とデートにこぎつけた。その結果――。

*本稿は、西谷格『ルポ 中国「潜入バイト」日記』(小学館新書)の一部を抜粋・再編集したものです。

■「未婚のアラサー」は中国では大変

晩婚化の進んでいる日本では、30代はおろか、40代50代になっても結婚経験のない人が増えており、世の中的にも「最近そういう人多いよね」という雰囲気になりつつある。が、中国はそうではない。例えば初対面の相手にこちらが30過ぎで未婚だと伝えると、冷やかし混じりに

「父母急死了?!(=ご両親は死ぬほど焦っているでしょう!)」

などと言われることがよくある。特に女性は「適齢期になったら結婚すべき」との価値観が顕著で、「女性の幸せ=結婚&出産」という考えが根強い。

中国の都市部では近年急激に晩婚化が進んでおり、上海市の平均初婚年齢は男性34歳、女性32歳にまで上がっている(2014年時点)。高学歴のホワイトカラーほど未婚率が高く、未婚のままアラサーを迎えた男女は「剰男(シェンナン)」「剰女(シェンニュイ)」と呼ばれ、一種の社会現象となっている。未婚のアラサーに対する親や世間からのプレッシャーは日本より遥かに激しいため、旧正月の帰郷シーズンには「レンタル彼氏」や「レンタル彼女」を雇い、親や親戚の前では婚約者がいるかのように偽装する人すら現れる。

こうしたなか、結婚を焦る男女をターゲットにしたビジネスも盛況で、ネットの婚活サイトは約50が乱立しており、市場規模は20億元(約300億円)を突破。婚活サイトの大手3社の登録人数は、合計2億人に達している。

■恋愛偏差値ゼロの男たち

手始めにネット検索してみたところ、上海市内のコーヒーショップで毎週末にお見合いパーティーが開かれているのを発見した。電話で予約してカフェへ向かうと、店先に、

「白領相親交友活動(ホワイトカラーお見合いイベント)」

と書かれたカラフルな張り紙が貼られていた。

恐る恐るなかへ入ると、店内はやたら薄暗い。スターバックスなどの外資系コーヒーチェーンと異なり、こうした中国資本のコーヒーショップは薄暗いファミレスのような内装が多いのだ。

主催者の女性に名前を伝え、参加費80元(約1200円)を支払った。男女同額なのは、公平でありがたい。だが、これで女性は集まるのだろうか。日本の婚活シーンでは、男女同額だと女性が集まりにくいため、女性の参加費は大幅に安くなっていることが多いのだが。

お金を払うと、店員から好きなドリンクまたは弁当を選べと言われた。弁当の方がお得感はあるが、婚活パーティーで弁当を食べるのはいかがなものかと思ったので、普通にブレンドコーヒーを注文。会場は2階だそうで、さて、どんな人たちがいるだろうかとドキドキしながら階段を上った。

2階は教室一つ分程度の小さいスペースだった。壁側にはファミレス風のソファ席があり、中央には数卓のカフェテーブルが並んでいる。すでにあちこちで5組ほどの男女が雑談を交わしており、私はとりあえず空いている席に腰を下ろした。

ここで改めて周囲を見渡すと、どこか雰囲気がおかしいことに気がついた。男性たちのアプローチが異様に消極的で、会話が全然盛り上がっていないのだ。普通は婚活パーティーとなれば、男性側が積極的に話を振って会話をリードするよう頑張るものだが、ここにいる参加者たちには、その気力がまるで感じられない。普段はものすごい大声でおしゃべりしまくっているのに、どうしたのだろう。あまりにもウブ過ぎる。

参加者は、女性が30代中心で、男性は30〜50代まで幅広い。年齢制限を特に設けていないので混沌としているが、このぐらい雑多な雰囲気の方が、気楽な感じもする。もっとも、中国では金持ちの男は親子ほど年の離れた若い美女と結婚することが少なからずあるので、日本のようには年齢制限を設けにくいのかもしれない。

私の隣のテーブル席に目をやると、小太りの30代男性が女性を前にして黙々と重箱に入った中華弁当を食べ続けており、ほとんど会話をしていない。女性の方も受け身で、所在なげに虚空を見上げている。また別のテーブルでは、互いにうつむきながらずっとスマホをいじっている男女もいて、彼女作る気あるのか! と言いたくなる。

■日本人は中国でモテるのか?

席移動のタイミングは、主催者の中年女性が個別に仕切ってくれる。私は最初は一人で待機していたが、間もなく女性がやってきて、「こっちに座りなさい」と案内された。

着席すると、目の前にいたのは度の強そうな瓶底メガネをかけた女性だった。緑色のパーカーを羽織っていたが、生地が薄くて安っぽい。それより気になるのは、顔の輪郭と目つきが政治家の石破茂氏に酷似している点。

話をしてみると現在24歳で、彼氏いない歴=年齢らしい。性格は純朴で誠実そうなのだが、やや華やかさが欠けているように感じた。結局、連絡先を交換することなく席替えとなった。

その後は席替えを繰り返すなかで、日本での留学経験のある女性や、医療ツーリズムの会社を経営している女性など、かなり優秀そうな女性にも出会った。高学歴のキャリアウーマンほど婚期を逃すという法則は、中国も決して例外ではないようだ。

日本人はモテるのだろうか、それとも逆に反日感情で嫌われるだろうか、と気になっていたが、国籍を聞かれて、

「日本人です」

と答えても、

「あっそう、中国語上手だね」

という程度のものだった。プラスにもマイナスにも作用していないようで、日本人だからモテる、あるいは嫌われるということは特に感じなかった。ちょっと拍子抜けだ。

後日、1990年代から上海に滞在しているという日本人男性に話を聞いたところ、

「90年代は外国人=お金持ちのイメージがあり、なかでも日本人は地理的にもっとも身近な外国人だった。水商売の女性にとっては、日本人と結婚することに家族の運命がかかっており、日本人というだけでモテたのは事実。今ではすっかりそんなことはなくなりましたね」

と話していた。この十数年の間で、日本人=お金持ちのイメージは完全に崩壊してしまったようだ。

■「家なしで結婚生活はできない」

全体的に男女とも垢抜けない雰囲気が漂うなか、一人だけピンとくる女性がいた。日本でもモテそうな卓球選手の福原愛似の顔立ちで、服装も黒のスーツスタイルで落ち着いている。洗練された雰囲気に魅力を感じ、積極的に話しかけた。名前は陳さんという。

「好きなタイプの男性は?」

「誠実で優しくて、向上心のある人かな」

彼女は化粧品販売の仕事をしているそうで、そのため身なりにも気を使っているのだろう。だが、一つ心配なことがあった。中国人女性は結婚相手にとかく経済力を求めるもの。中国事情に詳しいジャーナリストの福島香織氏は月刊誌『新潮45』に寄稿した記事で、中国人の結婚観について次のように説明している。

中国の男女の結婚観はもともと『条件婚』が圧倒的に多く、条件の最前列にくるのが、収入、戸籍、学歴、身長。その条件が満たされないと、恋愛感情などありえない」

性格が合う合わないは、こうした諸条件をクリアした上で考える話なのだ。陳さんにズバリ聞いてみた。

「交際相手の収入は、いくらぐらいが希望?」

「私と同じぐらいならいいわよ。毎月7000〜8000元(12万円前後)ぐらいかな」

拝金主義のはびこる中国なので“三高(高収入・高学歴・高身長)”を要求されるかと思いきや、意外と現実的な金額だ。あまり高望みはしていられないと、すでに悟っているのかもしれない。

中国では結婚した夫婦は持ち家に住むべきとの価値観が根強く、借家住まいの男性に結婚する資格はないという風潮すらある。そのあたりはどうなのか。

「相手が家を持っていたらベストだけど、なければ2人で年ローンを組めばいい。ローンは精神的にも負担があるけど、家なしで結婚生活はできない。親が心配する」

ローンを払い終わる頃には、私は60代となって初老を迎えている。想像するだけで眩暈(めまい)がしてきた。大家の都合で簡単に住人が追い出されてしまう中国では、持ち家は絶対的なステータスなのだ。

だが、都市部での不動産価格は高止まりが続いており、上海市内でのマンション価格は1平米あたり4万1802元(約63万円)。平均年収は5万2962元(約80万円)なので、ごく一般的な90平米程度のマンションを買うとなると、飲まず食わず71年間も働かなくてはいけないという計算になる。「普通の庶民」にはもはや家が買えないのだ。給与水準から見れば、中国の住宅価格は日本より遥かに高額と言える。そのため近年では、住宅を購入せずに身一つで入籍する「裸婚」も社会現象の一つとなっている。

会場を見渡すと、女性の参加者が目立った。一人っ子政策下の中国では出産時に男児を選ぶ人が多く、人口比率が男性過多に陥っている。普通に考えれば婚活パーティーでも男の方が多くなるはずなのだが、なぜだろう。陳さんに聞くと、

「男性は結婚に対して消極的だから、どうしても女性参加者の方が多くなるんだと思う」 と教えてくれた。なるほど、確かに中国人女性は日本人女性よりも、ずっと貪欲かつアクティブな印象がある。

■デートに友人2人を連れてきた

婚活パーティーで知り合った福原愛似の陳さんと連絡先を交換して、後日ランチの約束にこぎつけた。「ウィーチャット」という中国版LINEでやり取りをしていたのだが、デート当日になって突然、彼女から「友達も連れて行っていいか?」と提案された。できればマンツーマンが良かったが、嫌だと言ってデートがおじゃんになるのも困るのでオーケーした。

いざ待ち合わせ場所の交差点に着くと、彼女は友人を2人も連れていた。しかも、服装は先日のスーツスタイルとは打って変わって、目にも鮮やかなショッキングピンクのパーカーを羽織っている。胸には変な英語がデカデカと書かれているが、こんな派手な服、日本ではどこにも売っていないだろう。

幻滅して頭がクラクラしたが、気を取り直して小ぎれいな中華レストランに誘い、4人で食事することにした。店内に入ると友人2人は私のことを監視するかのように無言で凝視しており、変なプレッシャーを感じる。

陳さんに、

「何か食べたいものある?」

と聞くと、

「何でもいいよ」

とは言うものの、メニュー選び一つ取っても、こちらの経済力やセンスを値踏みされているようで、なんだか息苦しい。

食事が運ばれると女性たちは旺盛な食欲を見せ、パクパクと料理を平らげていく。私は彼女との距離を縮めたいと思い、適当に話題を振った。

「一緒に来た友達は学校の同級生? それとも同僚?」

「前の職場の同僚だけど、今でも仲良くしてるんだ」

こちらの質問には最低限しか答えてくれず、間もなく3人は私にはよくわからない内輪ネタで盛り上がり始めた。共通の友人の話をしているらしい。完全に蚊帳の外に置かれ、黙々と箸を動かすしかなかった。

■「じゃあ私たちはもう帰るから」

食事を終えると彼女たちはリュックサックのなかからかっぱえびせんの模造品と思しきスナック菓子を取り出し、テーブルの上でパーティー開けしてバリバリと音を立てて食べ始めた。中国のレストランは食べ物の持ち込みに寛大な場合が多く、この店でも店員は黙認していたとはいえ、日本人的にはNGである。

店員が「お会計になります」と言って伝票を持ってきたが、誰一人見向きもせず、我関せずとばかりに雑談を続行。当然のように私が支払った。4人で200元(約3000円)ほどだった。

ご馳走をしてもお礼の言葉は一切なく、そのまま席を立って外へ出て、3人だけのおしゃべりが続いた。この“自由奔放さ”を可愛いと思えるだけの包容力がなくては、中国人女性と付き合うことはできないのだろうか。結局、店の外へ出ると彼女たちは、

「じゃあ私たちはもう帰るから」

と言って去っていった。中国では交際相手のレベルが自身の面子や体面にも大きく影響するという。友人2人を連れてきたのは、「この男と付き合って恥ずかしくはないか」をチェックする意味もあったのだろう。

中国では男性が女性におごるのは当然のことだし、親しい者同士の間ではわざわざ「謝謝」と口に出して感謝することは少ないのだが、それでも日本人の私には違和感しか残らない。彼女の魅力はすっかり色あせてしまった。

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西谷格(にしたに・ただす)
フリーライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方新聞の記者を経て、フリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。主な著書に『この手紙、とどけ!106歳の日本人教師歳の台湾人生徒と再会するまで』『中国人は雑巾と布巾の区別ができない』『上海裏の歩き方』、訳書に『台湾レトロ建築案内』など。

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(フリーライター 西谷 格 写真=iStock.com)