エー・ピーカンパニーが開業する新業態店「焼鳥つかだ」。3月22日に東京・中目黒に1号店がオープンする(撮影:大澤誠)

東京・中目黒駅から徒歩1分。食通が集うこの街に鶏料理居酒屋塚田農場」を運営するエー・ピーカンパニーが新業態店をオープンさせる。3月22日に開業するこの店は「焼鳥つかだ」。店頭に吊るされた紺ののれんには、ひらがなで「つかだ」と記されている。

塚田農場が苦戦する理由

なぜ今、エー・ピーカンパニーは新業態の出店に踏み切るのか。背景にあるのが看板業態である塚田農場の苦境だ。

同社の外食事業における既存店売上高と客数は、2014年5月から46カ月連続で前年同月を下回って推移している。直近の2018年2月も既存店売上高は前年同月比10.4%減、客数は同10.3%減と大幅なマイナスとなり、回復の兆しは一向に見えてこない。


客数減が続くエー・ピーカンパニーの主力業態「塚田農場」(撮影:今井康一)

塚田農場といえば、自社農場および契約農場で地鶏を生産し、中間流通を省くことで提供価格を安くするという生販直結モデルで知られる居酒屋チェーンだ。現在は、「宮崎県日南市 塚田農場」「鹿児島県霧島市 塚田農場」など各地の養鶏場所在地を冠した店舗を展開している。

リピート率が55%前後と高いのも特徴だ。代表的な仕組みとして「名刺システム」がある。来店1回目で「主任」と書かれた名刺を渡され、来店2回目で「課長」、5回目で「部長」と来店を重ねるごとに出世し、肩書に合わせたサービスが受けられる。そのほか、従業員が客に向けたメッセージをチョコレートなどで料理皿に書くプレートサービスや、女性従業員が着用するミニ浴衣などが知られている。

その塚田農場が、近年苦戦を強いられている。理由の1つが競争の激化だ。居酒屋最大手のモンテローザが、塚田農場と同じく地鶏料理を提供する居酒屋「山内農場」を立ち上げ、店舗網を拡大。「鳥貴族」や、ワタミが運営する「ミライザカ」「三代目鳥メロ」といった鶏業態店も台頭してきた。


塚田農場のリブランディングを進めてきた佐藤可士和氏(右)。エ-・ピーカンパニーの米山久社長(左)が約2年前にプロデュースを依頼した。店で使用する有田焼の皿は佐藤氏が絵付けした(撮影:大澤誠)

もう1つが過去の大量出店だ。塚田農場の店舗数は現在150店ほどだが、2015年度にはその5分の1に当たる33店を1年で出店した。エー・ピーカンパニーの米山久社長は「3年前に大量出店した店舗は完全に立地ミス。自社競合も起こし、大量出店の影響をまだ引きずっている」と話す。人材確保や教育が十分でないまま店舗数が急拡大したことで、店舗運営力が低下した。

米山社長は約2年前、ユニクロやTSUTAYAのブランディングで知られるクリエーティブディレクター、佐藤可士和氏に塚田農場のリブランディングを依頼。佐藤氏にとっては初めての飲食店の全面プロデュースだった。

見えてきた塚田農場の課題

2人で塚田農場の既存店や競合店などの食べ歩きをし、顧客調査を行った結果、新たな課題が見つかった。塚田農場の特徴である接客だ。「ヘビーユーザーのお客様を満足させることに力を入れすぎて、女性やファミリーなど本来ターゲットになるはずのお客様が離れていった。サービスのテンションなど演出が行き過ぎていたのは反省材料だ」(米山社長)。


焼鳥つかだでは、みやざき地頭鶏(じとっこ)を使用した焼き鳥を提供する(撮影:大澤誠)

もともとは30〜40代の客をターゲットにしていた塚田農場だが、「20代の従業員が増えて、自分が接客しやすい同年代に対し熱心に接客した結果、それより上の年齢層のお客様が離れた」(社員)と、テンションの高い接客を好む20代の客が増えた。その結果、2016年ごろには3500円だった客単価が、足元では3200〜3300円に下がっている。

塚田農場の本質はいい素材を安く提供するということ。過剰な演出をやめて、シンプルに塚田農場、エー・ピーカンパニーの強みで勝負しましょうと米山社長に話した」(佐藤氏)。その考えを具現化したのが、今回立ち上げる焼鳥つかだである。

実は同社が焼き鳥業態を開業するのは初めてではない。2016年には客単価2000円ほどの低価格焼き鳥業態を立ち上げ、現在8店舗を運営している。今回の新業態はエー・ピーカンパニーが塚田ブランドの再生を懸けて立ち上げる旗艦店という位置づけだ。

メニューの柱はみやざき地頭鶏(じとっこ)を使用した焼き鳥だ。「塚田農場で提供している地鶏のご当地料理だけだとターゲットが狭い。最高級の地鶏を使っているわれわれが、シンプルに焼き鳥で勝負する」(米山社長)。


店内ののれんには「つかだ」を表す「つ」の文字が記されている(撮影:大澤誠)

内装にもこだわった。「塚田農場がやってきた、いい素材を提供するということをそのまま空間に落とし込んだような考え方」(佐藤氏)で、カウンターやいす、壁などは国産のスギ、ムクノキとステンレスのみで構成。食器やそばちょこは有田焼で一枚一枚、佐藤氏が絵付けした。

客単価は4500〜5000円を想定しており、塚田農場よりやや高めだ。新店舗には塚田農場から店長クラスが研修に行っている。新店舗の立ち上げと並行して、東京・田町と横浜の店舗では、焼き鳥職人を育成するための研修も進めている。

魚の新業態店もオープンへ

将来的には、焼鳥つかだで提供する焼き鳥や接客ノウハウを、既存の塚田農場にも導入していくことを狙っている。「ここの焼き鳥と塚田農場で使っている鶏は実は一緒。中目黒には来られなくても、近くの塚田農場にちょっと行ってみよう、ということにつながればいい」(米山社長)。


米山久社長は「旗艦店を設けたからといって、V字回復するというわけにはいかない」と話す(撮影:大澤誠)

今後は、素材にこだわった料理を提供するブランドとして「つかだ」を冠した新業態を横展開していく考えだ。4〜5月には魚をメインに据えた「炉端つかだ」をオープンさせる。米山社長は「野菜つかだや和食つかだといったことも当然考えられる。中目黒のあとは新宿や銀座あたりに店が必要かな、というように既存の塚田農場をつかだに変えていくこともありえる」と語る。

ただ、新業態を立ち上げたからといって、業績が急回復するわけではない。「ブランドを再度磨きながら、接客や店を一つ一つ丁寧につくっていくしかない」と米山社長は話す。当面は塚田農場がエー・ピーカンパニーの柱であることに変わりはない。焼鳥つかだを早期に軌道に乗せ、成功モデルを既存の塚田農場に導入できるかが客数回復のカギとなる。