DVシェルターへの不信感を訴える女性が急増、職員も「牢獄のような管理」と葛藤
税金で助けられているのに感謝が足りない
「支援なんかされたことがありません。支援をしているフリをしないでほしい」
と訴えるのは、神奈川県に住む、吉田道子さん(仮名)。夫のDV被害からシェルターへ逃げ込んだ女性のひとりだ。
殴る蹴るの肉体的暴力、怒鳴ったり罵ったりする言葉の暴力、なかには殺人事件に至る深刻なケースもあるドメスティックバイオレンス。
そんな危機から逃れ、命の危機にさらされる女性や子どもが助けを求める最後の砦がDVシェルターだ。
DVシェルターは行政が運営する公的シェルターと民間団体などが運営する民間シェルターに大別される。公的な施設は売春防止法に基づき各都道府県に設置された婦人相談所に併設される一時保護所。DV防止法に基づき、民間シェルターや母子生活支援施設に委託される場合もある。
しかし、助けを求めたはずの施設で、さらに傷つけられた女性たちがいるのだ。
吉田さんは妊娠中に結婚。出産後に夫の仕事の都合で都内に移り住んだが、一向に夫の性的・精神的DVはやまず相談できる相手もいなかった。
悩んだ末に、子どもの3歳児健診時に保健師に相談したことから、区の生活福祉課へ行き、保護されることに。しかし、DVシェルターでの生活は苦痛を極めるものだった。
「部屋はテレビつき6畳ひと間の和室。洗濯とトイレとお風呂は共同。外部への情報漏洩や逃走を防ぐためケータイとお金を取り上げられ、入所者同士の会話も禁止されていました。外出は1日に1時間だけ。母子加算手当で1日700円支給されました。子どものおむつ、化粧品、洗濯に使う洗剤も必要で、全然お金が足りません。食事もおいしくなくて……」
幼い子どもが食べたくないと泣く。職員に訴えたが「お母さんのしつけが悪い」と一蹴。「税金で助けられているのに感謝が足りません」と言われたことも。
元ソーシャルワーカーでDV問題に詳しい愛知県立大学の須藤八千代名誉教授は、公的シェルターの現状にはさまざまな声があると続ける。
「一時保護所に対する不満も多数あることは否定しませんし、そういった声を私も聞いています。公的な支援であるため、入所者の要求を完全に満たすことは難しく職員の対応力が問われます」
人類学が専門で、支援現場の調査経験もある名城大学の桑島薫准教授は、
「シェルターで監視や管理が必要なのは被害者の安全を最優先に確保するためです。草の根をかき分けて探す夫もいれば、夫と同じ型の車を見ただけで震えが止まらなくなる女性もいます。これは民間のシェルターでも同様です。しかし職員の中には“牢獄のような管理をしていいのか”と葛藤されている方もいます」
と現場の苦しみを代弁する。
「お母さん」と呼んでくれません
そんな生活が嫌になった吉田さんは、1度は夫のもとへ戻ったが、DVが娘にまで及び、離婚をし再びシェルターへ。
「お母さんは病気ですから、まずは治療をしましょう。娘さんは児童相談所で保護しますから。と何度も言われました。娘と一緒にいられないのなら、シェルターへ入った意味がない。そう思いずっと拒否していました」(吉田さん)
その後、彼女の意向は一切聞き入れられず、当時4歳の娘は児童相談所に保護され、母子は引き離された。
「“ママのこと忘れないから”と連れて行かれる娘の顔が頭を離れません」(吉田さん)
あれから7年。職を得て生活を立て直したが、今年で12歳になる娘とはいまだ引き離されたまま。現在は2か月に1回の面会時に会えるだけ。
「小さいときに引き離されたためか、私が母親だという実感を持てないでいるようです。いまだにお母さんとは呼んでくれません。助けを求めたはずなのに私の希望は一切、通らなかった。ただ娘との安心で安全な生活が欲しかっただけなのに……」(吉田さん)
都内に住む鈴木恵子さん(仮名)も、シェルターへの不信感を今も引きずっている。
5年間の交際を経て結婚したが、すぐに夫は暴力をふるうようになったという。
「出産して育休が終わり、職場復帰する直前でした。家事や育児を手伝ってと言ったら暴力をふるいはじめて……」
鈴木さんは鼻を骨折。警察ざたになり、夫は逮捕。夫の報復が怖く、福祉事務所に相談し、1歳の子どもとシェルターに保護された。生活に不満はなかったが、職員の態度に不信感を強めた。
「カウンセラーには、夫の行動はDVだと言われるばかり。DVは治りませんから離婚したほうがいいと、とにかく離婚をすすめられました」
鈴木さんの不安な気持ちは置き去りにされ続け、
「シェルター専属の弁護士も慰謝料はあまり取れないですねとお金の話ばかり。弁護士さんも仕事なのでしょうけど……」
施設の職員が「ここを出た人はみんな元気にやっている」と勇気づける言葉や「新しい街も住めば都」と慰める言葉も、
「他人事のような言葉に、余計に孤独を強く感じました。私は実家で虐待を受けていたため、家族への憧れがとても強かったのです。だからこそ家族が壊れてしまい、ダメな家族という烙印を押されたようで絶望していました。すごく不安なのに誰も真剣に話を聞いてくれず、不安で押しつぶされそうな毎日でした」
と、そのつらさを理解してほしかったと話す。皮肉にも一番話を聞いてくれたのは、
「警察に拘留されている夫が私選で雇った弁護士さんでした。夫は“起訴しないように妻に言ってくれ”と弁護士さんに話していたようですが、弁護士さんは“あなたが変わらなければいけないんですよ”と怒ってくれました。私の話も本当によく聞いてくれて、家族のことを一番考えていたように思います」
公的シェルターに滞在できるのは原則2週間。鈴木さんはその後、民間のシェルターに半年間滞在した。夫は起訴され執行猶予つきの判決が下された。
「夫も釈放され、“俺が悪かった”という手紙なども送ってきていましたし、私も子どもをひとりで育てる勇気もなかったので、夫のところに戻ることに決めました」
その旨を区の福祉事務所の相談員に告げると、相談員からは驚きの言葉が。
「こちらの言うことを聞かないのなら、早くシェルターから出ていってください。何があっても責任はとれないのでこの誓約書に一筆書いてくださいと言われました。すごくショックでした」(鈴木さん)
相談員の態度に不信感
桑島准教授は、支援の窓口となる相談員について、
「婦人相談員の対応はその資質に左右されるところが大きいのは確かです。被害者の相談をよく聞くことで問題の解決ができる場合も多い。ベテランの相談員ほど保護件数は少ないということもあります。
被害者の相談を聞く相談員の多くは非正規雇用で待遇も悪い。にもかかわらず、DVや虐待といった非常に重い事案を多数扱う。自治体によって違いますが、研修をキチンと受けさせてもらえなかったり、数年で異動となり経験が蓄積されなかったり、専門的な知識を持っていない人を配置している場合もある」
鈴木さんの対応をした相談員が数ある相談により疲弊していたのかは定かではないが、この対応はあんまりだ。
鈴木さんは結局、夫のもとへと戻ったが1年ほどで夫の暴力は再発。子どもとともに何度も家を追い出された。
「相談員の態度に不信感があり、絶対に相談には行きたくありませんでした。お金もなく仕事もしなければいけない、子どものこともある。警察に行けば執行猶予中の夫は刑務所です。でも家庭を壊したくない。そんな思いが交錯し、限界にきていました」
夫の身勝手な振る舞いに苦しめられても家庭を壊したくないと願う鈴木さん。決して特殊な例ではないと前出の須藤名誉教授は話す。
「電話相談でも、多くの女性は離婚を望んでいません。この問題は離婚して終わりというほど単純ではありません。しかし支援者側としては離婚していれば法律の適用がしやすく、生活保護や施設入所など、さまざまな支援を行える。婚姻状態にあるとその適用が難しく支援ができない苦しい状況もあるのです」
鈴木さんのケースでは公的シェルターで読んだ本で知った京都府にある支援団体『日本家族再生センター』を頼ることにした。連絡をとり、同センターのシェルターに子どもと一緒に身を寄せた。
'03年設立の同所はこれまで約5500件のDV事案のカウンセリングを行ってきた。
同所に届く相談メールには、シェルターへの不満を訴えるものが多い。
夫と離婚して仕方なく生活保護を受給。仕事がなかなか決まらず、職員から「仕事を早く決めて」となじられる。妊娠中に保護されたが、出産後に子どもが児童相談所に保護され引き離されてしまったなど、悲痛な叫びが多数届く。
同所の味沢道明所長は根本的な解決について、
「離婚したほうがいい場合は確かにある。しかし離婚させてもDVの根本的な解決にはなりません。私は加害者も被害者も双方の話を聞きます。何が問題なのかを明確にし、双方で話し合いをして問題に気づいてもらうのです」
現制度に感じる違和感
同センターでは、複数の加害者や被害者が集まり、会話をするグループワークを催している。交流の中で他人の価値観に触れ、自分の問題に気づいてもらうことが狙いだ。前出の鈴木さんも入所中にはさまざまな価値観に触れた。
「夫が暴力をふるうときの気持ちが理解でき同じ経験をした被害者とも相談できるようになりました。私にも問題があったことがわかりました」
現在は夫も、グループワークに参加している。
「夫も私と同じで虐待のある家庭で育ち、幸せな家庭への理想がとても強かったようです。少しずつ変わってきているように思います。何より、 “笑っているパパは好き、でも怒っているパパは嫌い”と子どもに言われるのが一番こたえるみたいで(笑)」
現在は歩いて数分の距離での別居生活だが、週の半分は一緒に過ごしているという。少しずつだが家族という形を成してきているようだ。
シェルターの現状が浮き彫りとなったが、厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課は、
「自治体によっての対応のばらつきがあることや不満の声があることは聞き及んでおります。各自治体の裁量によるところは大きいのですが、私どもとしても、職員の研修の推進や相談員の処遇の改善を行っていきます」
前出の味沢所長は、現制度の違和感を指摘する。
「海外では加害者が逮捕され被害者の安全が確保される。被害者が生活を捨て逃げなければならないのはおかしい」
前出の桑島准教授は根源的な問題について言及する。
「緊急性のある事案について被害者と加害者の分離は絶対に必要です。しかし危険だから保護と単純に絆創膏を貼っただけで終わるのではなく、なぜ暴力が起こるのか。私たちが考えていけるような状況を作っていくことが、DVの根絶につながる」
本当に必要な支援と、DV根絶について改めて考えていく必要がありそうだ。