「保母・保父」と呼ばれていた保育園の先生職が「保育士」に統一されたのは1999年。男女雇用機会均等法の改正に伴うもので、実際、この18年で男性保育士は増えつつある。郊外の保育園へ勤める渡辺紘一さん(仮名・20代)もその一人だ。

とはいえ、現在の勤め先で男性保育士は渡辺さんのみ。女性ばかりの職場で、やりづらさを感じることはないのだろうか? 現場での様子を聞いた。(取材・文:千葉こころ)

世間が抱く「男性保育士」のイメージと偏見が高いハードルに

渡辺さんの勤める保育園は100人以上の園児が通うマンモス園。そのため、保育士の数も30人を超える。そんな中、唯一の男性保育士として4年勤務しているが、就職してすぐのころは、世間の持つ男性保育士のイメージに悩まされたという。

「男性保育士というと、背が高くて体格がよく、元気があっておもしろくてって、子ども向けのテレビ番組に出てくるお兄さんのようなイメージを持っているかたが多いんです。なので、僕のようなイメージとかけ離れた男が入ってくると、ガッカリされるというか(笑)。数少ない男性保育士として、はじめからハードルが高いのは少しやりづらさを感じました」

物腰が柔らかく、スマートな体型の渡辺さんは、体力に自信がある方ではない。にもかかわらず、男性というだけで体育会系の保育を期待され、はじめは困惑したそうだ。しかしその反面、子どもたちの喜ぶ"高い高い"をしていると「危ないからやらないほうがいい」と言われるなど、腑に落ちない思いをしたことも少なくない。

また、力仕事は必ずと言っていいほど渡辺さんに回ってくる。頼られる嬉しさはあるものの、なかには「力仕事は男の仕事」「やって当然」という考えの女性保育士もおり、渡辺さんが手を離せないときや、指導の一環としてあえて後輩の女性保育士に任せているときなど、あからさまにイヤな顔をされたこともあるという。

「保育に対する考え方はそれぞれですし、アドバイスをもらうこともよくあります。でも、"男性保育士だから"とか、"男性保育士なのに"という前提があるのは、ちょっと違うかなと。女性にも家事の得意不得意があるように、男にもそれぞれ向き不向きがありますから」

「保護者の前そうとすると園長の視線が鋭くなる」

はじめは偏見に悩まされた渡辺さんだが、ありのまま受け入れてもらうべく、手先の器用さを活かした手づくり教材での保育を中心に、子どもたちの笑顔を引き出している。そんな姿に一職員として接してくれる女性保育士も増えたが、やはり男性という立場を意識せざるを得ない場面はあるという。

「女性は口が立つかたが多いので、言いくるめられてしまうことはよくあります。子どものケガや荷物の入れ間違いなどトラブルが起きても、正論を返すといろいろ面倒なことになるので、つい我慢してしまいますね。まともに言い合うより、はじめから僕のミスとして処理されたほうがラクなときもあるんですよ(笑)。もちろんすべてにおいて黙っているわけではないですが、引き下がるべきタイミングは身に着けました」

相手が女性だけに、理不尽に感じてもあまり強くは言い返せず、また、口八丁に制されてしまうのは、男性ひとりという環境ならではの苦労かもしれない。

また、過去に男性保育士による不祥事が相次いで取り沙汰されたこともあり、「運動会や保育参観など、僕が保護者の前で話すシチュエーションでは園長の視線が鋭い」と、保護者の目を気にする様子も感じるという。「男ということでいろいろ不安があるとは思いますが、心地いいものではありませんね」。

「性別による偏見なく、男女が同じ土俵で働ける雰囲気になってほしい」

とはいえ、男性がひとりなのは、かえって仕事のやりやすさにつながることもあるとのこと。

「イメージとのギャップに悩まされるなかでも、ほかの職員と比較されなかったのは救いでした。僕は一般的な男性像から少し離れているので、もし男性保育士がもう一人でもいたら、自分の立場を確保する自信はなかったです(笑)」

ほかにも、更衣室が別なことで、就業前後の雑談や退社のタイミングなどに余計な気を遣わずに済んだり、父親から相談してもらいやすかったりというメリットもあるそうだ。

「なかには相性の合わない職員もいますが、今は一職員として認めてくれる同僚が増えたので、男ひとりでもそれほど孤独感を味わわずに働けています。でも、やはり男であることを意識せざるを得ない場面は多いです。男性が活躍できる職業になるためにも、性別による偏見なく、男女が同じ土俵で働ける雰囲気になってほしいと思います」

男性保育士の増加は、待機児童問題解消の一因にもなる。経済面や保護者の目などさまざまな問題はあるが、比率が増えることでクリアできる壁も多いため、今後の環境整備に期待したい。