【新車のツボ132】

"アバルト"は伊フィアットで特別なスポーツモデルにだけ与えられるブランド名である。そのアバルト名で先ごろ発売された124スパイダーは、正真正銘イタリアンブランドの正規商品なのだが、輸入車ではない。

 イタリア車マニアなら先刻ご承知のとおり、このクルマは日本のマツダ・ロードスター(第105回参照)と基本骨格を共用する兄弟車。広島のマツダ本社工場でロードスターとともに一括生産されて、アバルト名義で世界に出荷される。ただし、日本向けだけは広島からそのまま国内流通経路で、全国のフィアット販売店で販売されるのだぁ!

 多くの人は「日本でつくっているんだから当たり前だろ!」と思うだろうが、じつはこれ、けっこう歴史的な事件なのだ。

 自動車という製品は認証制度その他でがんじがらめで、勝手につくって勝手に売るのは許されていない。日本はその方面ではとくに厳しい。だから、前例のほとんどない124スパイダーのようなケースでは、いったん海外に輸出して、あらためて普通のイタリア車として再輸入したほうが、手続き的にはずっと簡単だったはずである。

 しかし、マツダとフィアットはあえて前例をやぶって、これを"イタリア名義の国産車"として売ることに成功した。台数が少ないので価格はロードスターより明らかに高いが、本格的な"ガイシャ"スポーツカーとしては十二分に安く、購入後の部品供給にも安心感がある。

 フィアット/アバルトの124スパイダーというクルマは1960〜70年代にも存在したので、ブランクはあるが商品としては今回が2代目。マツダ・ロードスターのボディ前後をイジって、往年の初代の姿を知る人に「そうそう、こんな感じ!」とヒザを叩きたくなる絶妙な復刻風デザインを仕立てた。エンジンだけはマツダと別物のフィアット自社製の高性能ターボである。

 マツダ・ロードスターといえば、1mm単位、1g単位のせめぎ合いで「小さく! 軽く!」とギリギリまで突き詰めたボディに、エンジン性能やタイヤの選定まで「速からず遅からず」のドンピシャのツボを突いている。"クルマ界のイチロー"というか、とにかく超ストイックなスポーツカーである。

 そんな超絶ピンポイントにバランスしたロードスターをベースに、124スパイダーはサイズや重量を大きく重くして、それを補ってちょっと余るくらいに速いエンジンを載せる。つまり、意地悪くいうと、ロードスターより少しだけ大味というか、精神的にゆるい感は否めない。

 タイヤはロードスターよりゴリッと食いついて、ステアリングはさらにピクッと敏感、高性能化されたブレーキもガンッと利く。排気音はロードスターより明らかに豪気だ。

 なので、ハイパワーエンジン対応の6MTはロードスターのそれほど変速操作がカキカキ決まらないし、不用意にアクセルを踏むと後輪が比較的簡単に滑るので、公道を走るときにはロードスターよりは気をつかう。

 こういう本当に些細なササクレやアンバランスも、徹底して磨き尽くすのがロードスターの価値観である。ただ、なんとなれば乗る人間もダイエットしないと恐縮するくらい清廉なロードスターに対して、124スパイダーは素直にアッケラカンと楽しい。

 スポーツカーなんてしょせん遊びの道具。少しばかりの粗っぽいところがあっても、それはそれでピリ辛の薬味みたいなもの。だいたいにして、元がロードスターなので、124スパイダーだって絶対的には小さくて軽く、世界屈指にバランス派のスポーツカーであることに変わりない。

 スポーツカーは自由である。武士道精神の権化みたいなロードスターは尊敬に値するが、こむずかしい理屈を必要としない124スパイダーもまた、それに劣らないツボなスポーツカーである。

 ところで、現在販売されている世界のスポーツカーを見わたせばおわかりのように、今の時代に、全身専用設計のスポーツカーをこんな手頃価格でつくる技術と、その開発を許す経営的な度量をもちあわせている自動車メーカーは日本にしかない。

 アバルト124スパイダーのデザインや乗り味は、さすが老舗スポーツカーブランドの蓄積とセンスをうかがわせる。しかし、そのいっぽうで、日本メーカーの助けがなければイタリア人ですら124スパイダーのようなスポーツカーを商品化できない......というリアルな現実は、われら日本人最大のツボである。

佐野弘宗●文 text by Sano Hiromune