林 遣都の「にがくてあまい」10年――人知れず味わった挫折、新たな出会いがもたらした変化
家族の存在、そして、ごく普通の日常。林 遣都を読み解くカギはこのあたりにありそうだ。インタビューでもそうした言葉がたびたび、口を突いて出る。常に“若手イケメン俳優”という言葉が枕詞のように付けられ、17歳での鮮烈なデビュー以降、約10年もの間、ずっと第一線を走り続けてきた人気俳優は、周りからのイメージに流されることなく、静かに自分の内側、そして自分の周りにいる大切な存在を見つめている。映画『にがくてあまい』はそんな彼の生き方に、見事なまでに合致した特別な作品になった。

撮影/祭貴義道 取材・文/黒豆直樹 制作/iD inc.



親元を離れ東京へ…家族のありがたさを実感



――『にがくてあまい』は小林ユミヲさんの人気漫画を原作にした作品ですね。林さんが演じた渚は、主人公のOLのマキ(川口春奈)とひょんなことから同棲生活を送ることになるゲイの青年。ベジタリアンで料理を愛し、野菜嫌いのマキを手作りのおいしい野菜料理で魅了します。



草野翔吾監督からは最初に「料理のシーンとゲイであるという設定に関しては、上っ面じゃなく、きちんと説得力を持たせてほしい」と言われました。

――「ゲイでベジタリアン」という設定だけ聞くと、キャラクターが立っている人物像をイメージしてしまいがちですが、実際には、渚の淡々とした性格もあってか、わかりやすい役にはなっていませんね。逆に難しさがあったのでは?

映画で描かれているのはごく普通の日常なんですよね。だから「キャラを立てる」という意識ではなく、リアルに生活しているという部分を大事にしました。



――具体的な役作りについて、詳しく教えてください。まずは料理の部分に関してお願いします。

料理に関してはほぼゼロから、時間の許す限り練習しました。でも、渚は決してプロの料理人ではないので、どちらかというと料理の腕前というよりも、食材を、調理器具を、そして料理を愛しているという部分をきちんと見せられたらという意識でした。

――これまで、普段の生活で料理をすることはなかったんですか?

普段はどうしても外食が多いです。まったくないわけじゃなく、家には器具もひと通りはあるので、たまに「これが食べたい」と思ったら、ネットで調べて作るということはしてました。ただ、正しい包丁の使い方などを習うのは初めてでした。



――役柄によっては太ったり、やせたりもしないといけないかと思いますが、普段から食事に関して、気をつけていることや大事にしていることはありますか?

僕は、量をあんまり食べるほうではないわりに、けっこう、食に対する執着が強いんですよ(笑)。だからこそと言いますか、大事にしているのはバランス。偏りがないか? 野菜は足りているか? 逆にそこを気をつけないと体調がすぐ悪くなっちゃうんです(苦笑)。体をどうしたいというよりは、現場でカメラの前にいい状態で立てるように、健康でいられる食事を考えるようにはしています。

――渚がマキのために作る料理や、家族で囲む食卓など、映画の中では食事のシーンがどれも素敵です。林さんにとって、忘れられない思い出の味や心にしみる料理はありますか?

母親がたまに上京してうちに来ると、帰り際に必ず料理を作り置きしていってくれるんです。母親が帰った後で、冷蔵庫を開けてラップがかけられて並んだ料理を見ると正直、食べる前からウルッとしちゃいます(笑)。食べると、懐かしさとかいろんな感情が入り混じって「ありがたいなぁ」ってしみじみ思います。



――料理以外の渚の内面、ゲイという部分に関しての役作りはいかがでしたか?

映画では性描写がたくさん出てくるわけじゃないので、監督からは「立っているだけで、見る人が見ればゲイだとわかるようになってくれ」と言われました。実際にゲイの方々にお話を伺ったりもしたんですが、ちょっとしたしぐさや、ふとした瞬間の視線、表情などを大事にしました。

――渚はオネエ言葉を使うわけでもなく、仕事先でもカミングアウトしているわけではないですからね。

実際、お会いした方の中に、すごく器が大きくて、自分をしっかりと持っていて、どこか達観しているようなところもある方たちがいたんです。もちろん、決して全員がそういうタイプというわけではないんですが、それは渚の佇まいとも近い部分があるなと感じて、参考にさせてもらいました。

――なるほど。

あとは、対男性ではなく、女性に対する距離感、スタンスみたいな部分をリアルに見せられたらと思ってました。



――確かに渚はマキとのやり取りが中心ですからね。

そうなんです。むしろ、マキもそうですが、普段の日常のやり取りの中で、何も言わなければわからないくらいの感じでいいんじゃないかと。見る人が見れば「この人、もしかしたらゲイかな?」と思ってもらえたらいいなという感覚で演じていました。

――派手さや、いかにもという感じのわかりやすさではなく…。

何か特別なことを見せるわけではなく、むしろごく普通の日常の中の物語なんだということを大切にしました。