史上最悪とも言うべき相模原市の障害者施設『津久井やまゆり園』の事件。福祉施設関係者は「犯罪は到底許せるものではないが、一方で介護地獄を解消できなければ今後、第二、第三のモンスターが生まれる可能性は否定できない」とおののく。介護の現場に一体何が起きているのか。

 『津久井やまゆり園』は神奈川県が1964年に設置、2005年から指定管理者制度を導入し、社会福祉法人かながわ共同会が運営の准県営施設となった。収用人員が157名('16年7月1日現在)、職員は164人(同)。予算も人件費では年間8億5000万円('12年)が計上され、平均年収は推定480万円から500万円前後だ。諸々を考えれば安い報酬ではない。
 しかし、介護業界関係者は言う。
 「500万円といっても施設のトップから末端までの平均。通常他職の平均より100万から150万円少ない。それでいて、この施設は重度の知的障害者も多く相当きつい仕事。夜間は5人のスタッフで157人を介護していたようで、1人当たり30人。非正規スタッフも数十人いましたが、賃金も相当安いと噂になっていました」

 事件直前、地元のハローワークには夜間の生活支援員のスタッフ募集がされていた。その時給が、あまりにも安いとネット上で話題になった。
 「募集スタッフは、就業時間が18時〜翌朝8時半までの夜勤で時給905円。介護は高齢者になれば大小便の世話、お風呂、さらには食事と肉体的にも精神的にもかなりきつい。本来は他職種よりも高い報酬を得なければわりに合わない。こんなに安いならコンビニの深夜勤務の方がはるかにマシという話になる。これだけの重労働で全職種中の最低賃金なら大疑問だ」(労働関係に詳しい弁護士)

 『津久井やまゆり園』のような強度行動障害者施設では、介護スタッフが我慢を強いられるケースも多い。
 「例えば、汚物に触れた手を周囲になすり付けたり、その手でスタッフを殴ったりするというようなこともあると聞く。しかし、スタッフはそうしたものも含めて忍耐強く介助することが求められる」(同)

 つまり3K、「きつい」「給料が安い」「汚い」の現場。だから離職者が頻繁で、人手不足が常態化しているのだ。そのため、十分な調査もせず不適応な人材を雇い入れることも多い。実際、先の事件の植松聖容疑者が雇用されたときは、すでに全身入れ墨で、薬物にも手を出していた。介護現場の人間はこうも言う。
 「就職当時は真面目でも、あまりの現場の人手不足と給料の安さと仕事の過酷さに精神的バランスを崩し、事件を引き起こす場合もある。つまり大事件には至らなくても、介護士がストレス解消に高齢者や身障者を殴ったりツネったり怒鳴ったりと、パワハラやイジメは見えないところでしょっちゅう起きています。例えば、男性介護士が殺人的忙しさのストレス発散で、高齢女性入居者の性器にわざと触れたりというわいせつ行為もあるとか。そうしたことが、やがてエスカレートすると大事件になる。今年2月、3人を転落死させたとして逮捕された川崎市の高齢者施設で働いていた今井隼人被告の事件も、ストレスと金欠が重なった末の犯行です」

 今井被告は一昨年、施設に入居していた80代と90代の男女3人を次々とベランダから転落させ殺害。さらに、20回近く高齢者の財布から現金窃盗を繰り返し、高級飲食店通いやプロ野球観戦などに浪費していた。殺人は窃盗容疑の取り調べのプロセスで発覚した。別の介護関係者が言う。
 「今井の施設では、夜勤は2人で50人近い高齢者を介護し、15分ごとに何をやるか介護士1人1人にノルマが課せられていた。それに縛られ、多くの介護士がノイローゼ寸前だったとも聞きます。とはいえ、施設側もそれをしないと、人手不足の中、入居者を世話できなくなるというジレンマがあるのです」

 安倍政権が掲げた「1億総活躍社会」の目玉の一つである介護職員の処遇改善について、厚生労働省は'17年度に介護報酬を改定する方針を固めた。3年に一度行われる定例の改定では'18年度の予定だったが、処遇改善に限って改定時期を1年前倒しするという。
 しかし、それらも「弥縫策(一時的取り繕い)に終わる」と懸念するのは、社会保障に精通する関係者だ。
 「国が報酬アップの補助金を出しても、受け取るのは施設。経営が厳しいところは、理由を付けて赤字補填に回してしまうかもしれません」

 数万円の報酬アップをしたところで“介護地獄”の解消につながるわけではない。少子高齢化のピークは団塊世代が75歳になる2025年。そのとき不足する介護士の数は、およそ250万人と言われている。