■高等な心理学を悪用したワルの手口

空き店舗だったところに、突然、お店がオープンして、お年寄りらによる長蛇の列ができている。そんな光景を一度は目にしたことがあるのではないだろうか。

これは、ポストに無料で日用品や食料品を配るといったチラシを投函して、高齢者たちを店舗に呼び込み、従業員らが店で楽しい話をしながら、来場者たちの気分を大いに盛り上げて判断能力を低下させ、高額な商品を売りつける催眠商法(SF商法)である。

この手口は実に巧妙で、後述する高等な心理学を応用している。だから、騙される人が後を断たない。

昨年、東京都はこの手口で、高齢者らを販売会場に呼び込み、がんに効く、膝の痛みが取れるなどの、ウソの効能を謳って高額な健康商品を販売していた業者に業務停止命令を出している。この業者は100万円を超える金額の商品券を購入する形で特別会員になると、より安く商品が買えるとして、たくさんの商品券を高齢者らに販売しており、その額は一人あたり平均で500万円を超えている。

私も過去に知人から、「無料でパンをあげる」と書かれたチラシをもらったので、催眠商法の現場に潜入したことがある。開場とともに、50人ほどの高齢者たちが店に殺到し、すべての席が埋まった。まもなくして、若い男女スタッフが登場し、中央にいる責任者らしき女性が大声で叫びだした――。

■1本1000円の商品を100円でご奉仕!

「ご来場、ありがとうございます! これから、始まりのポーズいきますね!」

スタッフらは「アッ、ソレソレ!」と、掛け声を入れながら、右手を鳥のクチバシのように伸ばして、ダチョウのような恰好をして元気に踊りまくる。

すると、高齢者たちは孫の学芸会を見ているようなまなざしで笑いだし、一気に、会場の場が和んでいく。

踊りが終わると、女性が「まずは、チラシにあった通りの記念プレゼントをお配りします!」と言い終えるや、一斉に周りのスタッフらは会場を走り回り、全員にパンを配る。スタッフは汗だくだくである。

その一所懸命な姿を見て「ご苦労さん」などと声をかける高齢者もいる。

「それでは、商品の販売を致します!」

責任者の女性は一本の醤油を取り上げて、「このお醤油!」と叫ぶと、周りのスタッフも「このお醤油!」と声を合わせる。

「なんと、無添加です」「無添加です〜」
「体に優しい醤油なので、高血圧の人も大丈夫」
「大丈夫!」
「ポックリ、いきませからね」
「ポックリ、いきません〜」

高齢者らはどっと笑う。言葉を反復させながら、場を盛り上げていくのだ。

「本来、この醤油は1000円しますが、皆様に長生きしてもらうために、100円でご奉仕します。先着10名様のみです。ほしい方は手を上げてください!」

すると、ちらほらと手が上がり始める。私も値段が百円と聞き、あまりの安さに手をあげた。責任者の女性は手をあげた人の数を数えて、「はい! 10人になりました! ありがとうございました。それでは次は、この商品です!」と言って、塩の入った袋を取り上げる。これも市価の10分の1以下の値段で販売する。

こうして次々と信じられないような安さで食料品などを提供し、私はお煎餅やはちみつなど、500円ほどでビニール袋が一杯になるほどのお得な買い物ができてしまった。

さて、この販売会の目的は何なのか?

■お返し(購入)しなければ居心地悪いと思わせる

こんなに安値でただ商品を売ったのでは、業者は儲かるはずがない。業者の目的は、まず参加者らを繰り返し販売会に呼び寄せて、そのなかから、金のある人に目をつけて個別に呼び出し、数十万円の高額な健康食品や掃除機、布団などを売りつけることにある。

この催眠商法では無料で商品を配り、格安商品(無料商品)を提供することで、相手に負い目をつくる。

私たちの心には、他人から一方的にモノをもらうと、自然とお返したいという気持ちが働く。これを「返報性の法則」という。業者はこの「お返しをしなければ」という思いを、過剰なサービスをすることで強く意識させる。そして、このサービスにより、消費者は業者の勧誘を断りづらい環境に追い込まれることになる。

催眠商法の業者に騙されないためには、業者からは、何ももらわない心がけを持つことが必要である。その時、モノだけでなく、業者からは親切心も容易に受け取らないようにする。

秋田県では、高齢者らを販売の目的を告げずに会場に誘い込んで、高額な健康器具を売りつけたとして特定商取引法違反の容疑で、男らが逮捕されているが、こうした商法の場合、販売目的を告げずに会場に連れ込むので法律違反になる。

しかし、事前に売る商品を伝えた上でサービスする行為は決して悪くない。このワル業者から学べることは、「徹底的に相手に尽くす行為」だろう。

無料のパンを配る時は、汗だくで動き回り、踊りで笑いを提供するなど、我を忘れて他人に尽くすという行為は、相手によい印象を与えられる。

一般の商品販売やサービスを提供するお店でも、多くの人を呼び込むために、「無料プレゼント」などの手法を使うこともあるだろう。デパ地下のデパートやスーパーの試食品も同じ狙いである。

「まずはお試し下さい。無料サンプル差し上げます」
「30日間の試用後に、使い心地に不満なら返品可能」
「お得意様限定利益還元セール」
「保険セールスレディによるプレゼント攻勢」

など営業方法も、この「返報性の法則」をベースにしたものである。

ただ、よくある失敗が、中途半端なサービスを提供してしまったため、業者側の見返りを期待しているという思惑が透けてみえてしまうことである。

私も無料プレゼント商品と言われて、手にしたものが、しょぼいものだったことがあるが、こうなると、間違いなく消費者の購入マインドは冷え込むことになる。

それに対して、催眠商法では、来場した客に汗を流して、無料商品を配り、自分が道化となり、「笑い」を提供し、格安で商品を販売する。もしそのサービス提供を受けただけで、帰る客がいても良しとする、見返りを期待しない姿勢を終始見せている。

中途半端なサービスは、中途半端な結果しか生まない。損して得取れといわれるが、徹底したお客様へのサービスこそが、大きな利益を生みだすのである。

(ルポライター 多田文明=文)