悪臭の原因とはなにか? ニオイを人の文化と科学で解明し花王の「消臭ストロング」を生み出した研究員・臭気判定士 石田浩彦氏

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「ニオイとは、文化とサイエンスとの融合である。だから面白い。」
臭気判定士 石田浩彦氏は、そう豪語する。

石田浩彦氏は、花王株式会社 感覚科学研究所 主席研究員だ。
実に20年以上、花王でニオイ(悪臭)に関する研究に携わっている。
また、臭気環境分野では初めての国家資格「臭気判定士」を取得した「ニオイ」のスペシャリストだ。

臭気判定士(臭気測定業務従事者)とは、
悪臭防止法に基づき創設された臭気環境分野で初めての国家資格。
パネルの選定、試料の採取、試験の実施、結果のまとめなど、臭気の判定にかかわるすべてを統括する。臭気の測定、評価により、環境保全に貢献している。


石田浩彦氏のグループ(当時)は「ニオイの本質研究」をテーマに研究を続け、花王の「消臭ストロング」シリーズの商品群を生み出した。
実は、今、よく使われている「ニオイ菌」という言葉。
この言葉を初めて使ったのは、石田浩彦氏と数人の研究仲間だったという。
研究所内で使われてきた言葉が世の中に広まったのだそう。


石田浩彦氏は、
国立大学農学部大学院出身。大学では植物の培養細胞の研究をしていた。
大学を卒業後、花王株式会社に入社。
祖母の家が荒物屋で洗剤などを販売していたことや、人は汚れを出すため汚れを綺麗にする仕事は無くならない。そう考えて、花王への入社を決めたという。
以来、現在に至るまでの25年間、「ニオイ」を専門に研究を続けている。


■ニオイの元とは何なのか? 悪臭の原因を探す

花王株式会社 感覚科学研究所 主席研究員
臭気判定士 石田浩彦氏


石田浩彦氏
「入社時は他の配属された研究員と同じ様に香り開発から始めました。バスマジックリンや入浴剤に入っている香りを開発していました。

入社してから5年目くらい(今から20年くらい前)に上司から
『消臭技術がこれから必要になるから何かやって』との話がありました。
さらに
『菌(微生物)についても研究して欲しい』
との話が立て続けに来ました。

ニオイと菌は密接に繋がっていることから、それについての研究が始まりました。」

当時の日本では、家庭環境での「ニオイと菌」という分野の研究は、非常に珍しかったという。

石田浩彦氏
「単独で飛んでいるニオイは消臭しやすいです。
たとえば、活性炭とか空気清浄機とかで、そのニオイを取ればいいわけです。

しかし私たちがチャレンジしたのは、後から徐々に強くなってくる様なニオイです。
たとえば、
・介護時のニオイ(尿などのニオイ)
・生乾きの衣類のニオイ
・焼き肉屋さんに行った後のニオイ
で、“こもった様なにおい”と表現されることが多いニオイです」

実は、トイレなどで我々が感じる「尿のニオイ」は、一般的にはアンモニアによるニオイと思われていたが、それは汲み取りトイレが主だった時の話で、水洗トイレが普及した現在では違ってきている。社内パネルを含めた実験などを通じて研究開始から2年くらいで、(アンモニアよりもっと閾値の低い)フェノール化合物によるニオイだったと解明できた。

石田浩彦氏
「そこからあとが大変でした。」

フェノール化合物がなぜ尿の中にいるのか?
それがどのような仕組みで徐々に強いニオイになっていくのか? 
当時は、まったく世の中に知られてなかった。

石田浩彦氏は、様々な医学系の文献などを調べそれをヒントに仕組みを推測した。
尿内にフェノール化合物が存在するのは、
・ヒトが摂取した食品のポリフェノール類や薬が体内で分解される
・分解されたものは「フェノール化合物」という化合物群になる。
・「フェノール化合物」が体内に蓄積すると「毒」になるので、体内で水に流れやすくされ無毒化された「抱合体」になり、尿として体外に排出される
・「この中で抱合体化されなかったフェノール化合物も数%ある(文献から計算)」

抱合体自体はニオイはしないので、この数%のフェノール化合物こそが徐々に強くなるニオイの正体だと石田氏は推測した。さらにそのフェノール化合物の中でも「パラクレゾール」が尿臭のキー成分であることも突き止めた。
しかし、実際に尿を時間を追って嗅いでみても、尿臭は、予想していた程には徐々に強くなることはなかった。

■ニオイの研究完成! 研究とは何か? 事業化への長い道のりで発見したもの
石田浩彦氏
「数%のパラクレゾール以外にも何か原因があるのかな?
ここに、大きな壁があったんです。

そこで今度は逆にニオイのない抱合体の方に着目したんです。
ニオイのキー成分のパラクレゾールでいうと、その抱合体は主に
・パラクレゾール硫酸抱合体
・パラクレゾール配糖体
から成っている。こちらがもし分解すればとても強いニオイが発生するだろうと考えました。ただ、『おしっこは出た直後は無菌だろう』という先輩もおり、菌の関与は低いという先入観もありました。しかし、若手の仲間と先入観なしに、フィルターを使った除菌処理とか、尿にある菌を一つ一つ分離して尿の中に混ぜるとか実に色々な実験を繰り返しました。
そうすると、驚くべきことに、結果としてある菌とある抱合体の組み合わせからもの凄い尿のニオイがブンブン出てくることがわかったんです。
その抱合体は、パラクレゾール配糖体というクレゾールに糖が結合したものでした。・・微生物も糖が結合したエサを食べたがるのですね。

また菌についても、
尿って尿道などを通って体外に出るとき『菌』に触れるし、出たあとも下着などに付着した『菌』と再び接触するのですね。つまり尿には肌に付いている菌が混ざっている。

今から思えば当たり前なことなのですけど、
菌がもともと臭わない抱合体を切って、そこでニオイが出る。
このことは『発見』でしたので、(あとで話す尿臭ブロッカーも併せて)2010年に学会発表などもしました。」

フェノール化合物によるニオイの発生の仕組み発見から3年、研究開始から5年の歳月が経っていた。

しかし、この時点では、事業化には至らなかった。

この「ニオイ」の研究が事業化されるには、さらに5年が必要だったという。

そして2014年、研究開発から10年、「ニオイ」の研究は、少子高齢化による介護や医療が社会問題になった社会背景を追い風に、ついに事業化された。


石田浩彦氏
「世の中の機が熟してこないと(研究は)なかなか事業にしてもらえない。

ただ、事業化されなくてもやっぱり諦めちゃダメで、
続けていくっていうのが研究では大事。

もし、後輩に聞かれたら、そういうことを伝えたいと思います。」

研究をはじめてからおよそ10年がかかったが、
消臭技術「尿臭ブロッカーEX」を取り入れた製品が誕生したのだ。


■花王の消臭技術「尿臭ブロッカーEX」は何が違うのか ?
石田浩彦氏
「消臭は出てきたニオイをどう取るか、ということなので、他社さんでは物理的に吸着したり化学的に変化させたりしています。

そうした方法を否定しているわけではありませんが、
花王では、ニオイのもとにアプローチしています。」

こうした他社とは異なるアプローチができたのは、研究により「ニオイの原因」が特定できていたことが大きい。

尿そのものは、ほぼ悪臭はない。
ニオイは、菌が生み出す酵素と尿が反応することで生まれる。
そこで「尿臭ブロッカーEX」で、酵素と尿が反応する働きをブロックすることでニオイの発生を防ぐのである。

つまり、ニオイを発生させる菌の働きを抑えて、ニオイの発生そのものを予防するという方法なのだ。


尿臭ブロッカーEXの仕組み(画像提供:花王)


尿臭ブロッカーEXは、消臭ストロングシリーズ全商品の香料中に配合されている。


消臭ストロングシリーズ(画像提供:花王)



■菌は科学 ニオイは人の文化 異なるモノの融合だからおもしろい
そもそも「ニオイ」とは、なんだろうか?

石田浩彦氏
「ニオイの良し悪しは、一般的には世の中の考え方次第ですね?
排泄物は悪い、花のにおいには良いみたいな。

排泄物(のニオイ)とかでも、ペットとかはどうなんでしょうか?
必ずしも悪いとばかりは言われてはいませんよね。
猫の肉球のニオイとか、インコの頭のニオイとかも…

これらの中のニオイの成分は排泄物の成分とかと似ているんですけど、(ペットのものだと)かわいいみたいな感覚ですね。

(ニオイの)快・不快っていうのは興味深い分野ではあります」

石田浩彦氏によると、ニオイを発生するのは、ほとんどが菌(微生物)か、酸化だという。
たとえば、
油やタバコなどのニオイは酸化であり、それ以外のニオイは微生物によるものが多いのだという。

また体臭などについては、消臭だけでなく、通気性も大切だという。
ニオイの発生源や菌がいたとしても、通気性の良い下着や洋服を着ていると、菌(微生物)の活動を抑制できるため、体臭を抑制できるそう。

石田浩彦氏
「私は、菌(微生物)が大好きというわけではなく、ニオイ菌が好きなんです。
そこがおもしろいじゃないですか。

科学(菌やニオイの成分)と文化(ヒトの立場から“悪”臭とか“良い”香りとかを決めていること)
これがつながっているところがおもしろい。

悪臭(と感じるニオイ)を出す菌がいるっていう。

“悪”臭って名づけるのは国や習慣とかの人間の文化ですし、
菌の研究自体はサイエンスです。

でも、そこがつながっている。
だから、実におもしろい。」


ニオイのスペシャリストである石田浩彦氏は、
いま、どんな夢をいだいているのだろう。

石田浩彦氏
「一人暮らしのお年寄りが増えています。
部屋全体が臭っているときに、どこから臭っているかはおおよそ当てることができます。
ニオイ菌がいる場所もだいたいわかります。しかし、わかっただけでは解決できません。そこで、機材さえ揃えば、画面を通して遠隔地の住んでいる方と一緒にニオイのもとを探し、その場で消臭までしてしまう世界ができればと考えています。」


石田浩彦氏が、見ている未来。
それは、遠隔医療と同じように、遠隔地からお年寄りや介護の方と一緒にニオイのもとを見つけ出し、その場で消臭の提案もする“遠隔消臭”という未来だ。

介護や医療の現場では、ニオイによるストレスは大きな問題となっている。
今後、高齢化社会の進行にともないニオイによるストレスはさらに大きくなる。

ニオイによるストレスを解消する商品やサービスの需要はさらに増えていくのは間違い無いだろう。

石田浩彦氏が、見ている遠隔地からニオイの元を絶ち、ニオイのストレスを解決できる未来も、そう遠くはないのかもしれない、

花王株式会社 | 消臭ストロング


執筆:ITライフハック 関口哲司
撮影:2106bpm