自動車に「車検」があるように、鉄道車両も法令に基づく一定周期の検査が義務づけられています。東京メトロの車両基地を訪ね、「鉄道車両の車検」で何が行われているのか取材しました。

鉄道車両にもある一定周期の法定検査

 鉄道車両は、1両で100人以上の人を乗せることもある大量輸送機関の乗りものです。走行中にブレーキ装置が突然故障したりすれば、大変なことになります。そうした事態にならないよう、日々の点検や修繕が重要です。


東京メトロの深川車両基地で行われている定期検査の様子(2018年2月、草町義和撮影)。

 自動車に「車検」と呼ばれる法定検査があるのと同様、鉄道車両も一定の周期で検査を実施することが、法令により義務づけられています。法令に基づく一定周期の検査のことを、鉄道の世界では「定期検査」と呼んでいます。

 鉄道車両の定期検査では、どのようなことが行われているのでしょうか。2018年2月、定期検査を行っている東京メトロ深川車両基地(東京都江東区)を訪ね、検査の様子を取材しました。

 深川車両基地は、東西線の東陽町駅から南へ約500mのところにある車両基地です。敷地面積は8万6860平方メートルで、東京ドームの1.8個分という広さ。300両の車両を留置することができます。この広大な敷地に深川検車区と深川工場があり、どちらも定期検査に対応した施設が設けられています。


深川車両基地は車庫としての機能だけでなく定期検査に対応した施設もある。

車両基地の西側にある深川検車区の整備場。

整備場の線路下には床下の機器類を点検するためのピットが設けられている。

 まず最初に向かったのが、定期検査のなかでも比較的簡単な検査を行っている深川検車区の整備場。この整備場は2017年5月に完成した、最新の設備を持つ検査施設です。10両編成2本分の線路が敷かれていて、線路の下とその両脇を一段低くしたピットになっています。車両の床下に設置されている機器類を容易にチェックできる構造になっているのです。

座席も、台車も、モーターも

 取材時には、東西線の列車で使われている15000系電車の10両×1編成が、車庫内の線路に入っていました。よく見ると、赤地に白で「月検」と記された旗が、先頭車の下の方に取り付けられています。


床下の機器類を収めた箱を開けて部品の状態をチェックする作業員(2018年2月、草町義和撮影)。

 ピットには作業員が数人入り込んでいて、車体の床下に設置された箱のふたを開けています。箱の中は複雑な配線があり、作業員は小型の懐中電灯で照らしながら配線の状態をチェックしていました。

 比較的簡単な検査を行っている深川検車区に対し、車両基地の東側にある深川工場では、車両の分解を伴う大がかりな検査が行われていました。

 深川検車区での検査作業を見学してから数百m離れた深川工場に移動すると、先頭車1両を含む合計3両が、検査場の手前にある線路に停車しているのが見えます。線路の脇にはプラットホームを設けた倉庫があり、車内の座席を取り外して倉庫に運び込む作業が始まっていました。

 座席を取り外す作業が終了すると、3両の東側に業務用の小型機関車が連結され、西側の検査場に押し込んでいきます。3両が検査場にすべて入ったところで1両ずつ切り離し、続いて「台抜き」と呼ばれる作業へと移りました。


大がかりな検査では車両を分解して行う。写真は座席の取り外し作業(2018年2月、草町義和撮影)。

座席の取り外し作業が終わったあと、クレーンを使って車体と台車を分離する「台抜き」が行われる(2018年2月、草町義和撮影)。

大型クレーンを使う台抜き作業は細心の注意が必要(2018年2月、草町義和撮影)。

 台抜きとは、車体を持ち上げて台車から分離する作業のことです。検査場の天井に大型クレーンが設置されていて、車体の横にあったアームがゆっくりと移動。車体の両端に達したところで方向を転換して車体を囲うようにして進み、アームと車体が接続されました。

カーテンに覆われた場所で徹底的にチェック

 いよいよ台車からの分離作業がスタート。車体がアームに引き上げられて宙に浮き、脇にある台座の上へと移動します。台座の真上に到達後、ゆっくりと下へ移動して台座の上に載りました。


車体は線路の脇にある台座に移動。作業が始まってから約15分かかった(2018年2月、草町義和撮影)。

 台抜き作業が始まってから終了するまでにかかった時間は、1両につき約15分。車体がアームから外れたり、台座の所定位置に「着地」しなかったりすれば、大事故につながります。細心の注意を払いながら車体を移動させなければならないため、どうしても時間がかかってしまうのです。

 これで車両の分解作業が完了したわけではありません。車体の床下に設置された機器類と、台車に搭載されたモーターの分離作業が行われ、それぞれ隣の作業場に移されました。いずれも人の手で持てるような重さではなく、モーターはクレーンを使って隣の作業場に移動しました。

 分解された各部品は、それぞれ専門の部署で分解して検査を行います。検査場の2階には、チリやゴミの流入を防ぐためのカーテンで覆われたエリアがあり、中に入るとブレーキ装置で使われている部品の清掃や検査が行われていました。


モーターも台車から取り外してクレーンで隣の作業場に移動した(2018年2月、草町義和撮影)。

ブレーキ装置で使われている部品の清掃の様子(2018年2月、草町義和撮影)。

ブレーキ装置の試験装置(2018年2月、草町義和撮影)。

 ブレーキ装置は圧縮した空気を使って動作しますが、チリやゴミが紛れ込むとブレーキの性能に影響してしまうため、カーテンに覆われたエリアで作業しているのです。数人の作業員が真剣な目で部品を磨き上げていたほか、大型の試験装置を使って修繕した部品のチェックが行われました。

「状態・機能」「重要部」「全般」の3種類

 鉄道車両の定期検査は、鉄道営業法に基づく国土交通省令「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」(鉄道技術基準省令)により義務づけられていて、検査の具体的な周期は国交省の告示「施設及び車両の定期検査に関する告示」(定期検査告示)で定められています。


「月検」の実施中であることを示す旗。法令上は「状態・機能検査」と呼ぶ(2018年2月、草町義和撮影)。

 定期検査告示によると、鉄道車両の定期検査は、検査の内容により「状態・機能検査」「重要部検査」「全般検査」の3種類に分けられます。

 状態・機能検査は、定期検査のなかでは最も簡易的なもので、編成を解いたり部品を取り外したりはせず、列車の運転に使える状態(在姿状態)のまま、搭載されている装置の状態や機能をチェックします。

 なお、鉄道事業者によっては、検査の名称を別の言葉に置き換えて呼んでいるケースがあります。たとえば、状態・機能検査は月単位の検査周期になることが多いため「月検査」と呼ばれていたりします。深川検車区の車両に「月検」と記された旗が取り付けられていたのも、東京メトロが「月検査」と呼ぶ状態・機能検査を行っていたためです。

 重要部検査は、車体と各種装置を分離して行う検査。モーターやブレーキなど、故障したら重大な事故につながる恐れのある装置を重点的にチェックします。鉄道事業者によっては「要部検査」などと呼んでいるところもあります。

 そして全般検査は、その名の通り車両全般をチェックする検査です。定期検査のなかでは最も大がかりなもの。機器や装置は全て分解して細部まで徹底的に検査し、可能な限りデビュー時に近い状態まで修繕します。深川工場で公開された車体と台車の分離作業や、ブレーキ部品の手入れなどが、この全般検査として行われた作業です。

「4年」と「60万km」どっちで検査?

 定期検査の周期は、車両の種類や用途によって異なります。定期検査告示によると、旅客列車で使われている電車(新幹線を除く)の場合、3か月を超えない範囲で状態・機能検査を行わなければなりません。重要部検査は「4年又は当該車両の走行距離が60万キロメートルを超えない期間のいずれか短い期間」と定められています。全般検査の検査周期は8年です。

 重要部検査の周期は少し複雑ですが、1日あたり100km走行する電車の場合、60万kmに達するのは6000日=16年と160日後ですから、「4年」と「16年160日」を比較して「いずれか短い期間」、つまり「4年」が重要部検査の実施時期になります。


「(ワイドビュー)しなの」で使われている383系電車は名古屋〜長野間を1日1往復するだけでも4年より短い期間で重要部検査を迎える(2008年7月、恵 知仁撮影)。

 一方、1日で500km走行するような電車の場合、60万kmに達するのは約3年3か月後。4年になる前に重要部検査を行わなければなりません。名古屋〜長野間の特急「ワイドビューしなの」で使われている383系電車の場合、片道の運行距離は約250kmですから、毎日1往復(約500km)するだけで4年より短い期間で重要部検査の時期を迎えます。

 このほか、定期検査とは別に「臨時検査」「列車検査」と呼ばれる検査もあります。臨時検査は、車両を製造したり改造したときに最初に行う検査のこと。この臨時検査と試運転を行わないと、お客を乗せる営業運転で使うことができません。

 列車検査は「仕業検査」とも呼ばれている日常的な検査で、通常の運転スケジュールから外すことなく、おもな部品をチェックするものです。その周期は鉄道事業者がそれぞれ独自に定めていて、東京メトロの場合は10日を超えない範囲で行っています。

 このように、鉄道車両の検査は簡単なものから大がかりなものまで複数の種類があり、周期も車両の種類に応じて定められています。さまざまな種類の検査を繰り返し行うことで、大勢の乗客の命を預かる鉄道車両の安全性が保たれているのです。