「まだパートナーがいないから」「キャリアを優先したいから」といった理由でここ数年徐々に行われるようになった「卵子凍結*」。最近では実施施設が増えて、凍結卵子で出産した女性がマスコミに登場することもしばしばです。
*上のような理由から行われる卵子凍結を「社会的卵子凍結」という。

ですが、実際のところ、卵子凍結にどのようなメリットが、どの程度あるのかについてはあまり知られていません。今回は日本で唯一の出産ジャーナリストで不妊治療の取材歴も長い河合蘭(かわい・らん)さんが、産婦人科医で、卵子凍結に対する意識調査を続けてきた岡山大学大学院教授・中塚幹也(なかつか・みきや)先生にインタビューしました。

医師が消極的な「社会的凍結」とは?

河合蘭さん(以下、河合):中塚先生が続けられてきた卵子凍結に対する意識調査の中で、特に印象的だったことを教えてください。

中塚幹也先生(以下、中塚):最新の調査についていえば、一番印象的だったのは、一般の人と医師の間にとても大きな意識のギャップがあることですね。まず「何のために卵子を凍結するか?」という問題があります。卵子凍結には、がん治療で妊娠する能力が低下してしまうことに備えた「医学的卵子凍結」と、パートナーの不在やキャリアのための「社会的卵子凍結」の二つがあります。

私たちの調査では、医師のほとんどは「社会的卵子凍結」の公的助成には反対でした。卵子凍結に税金を使うとしたら「医学的卵子凍結」のみとすべきとした医師が大半で、「社会的卵子凍結」も補助すべきだという医師は全体の9%にとどまりました。対して、一般の人で「社会的卵子凍結」の公的助成に「賛成」「どちらかというと賛成」は63.4%にものぼりました。

河合:専門医は「今、パートナーがいないから」「出産よりキャリアを優先したいから」という理由で卵子を凍結することにはかなり消極的なんですね。

凍結技術は本当に信頼できる?

河合:そもそも中塚先生のような生殖医療に関わる医師から見て、現在の卵子凍結の技術は信頼できるものなのですか?

中塚:長期的な影響はまだわかりませんが、技術自体は現時点では高いレベルにあると考えられています。受精卵を凍結しておいてのちのち使う技術は、体外受精の現場では長年使われてきました。それが日々進化して、受精卵より不安定な未受精の卵子であっても、生存率があまり変わらなくなってきたのです。それに、未授精の卵子が受精卵より多少妊娠率が低いとはいえ、若い時に採った卵子は、年齢が高くなってから採る卵子よりは妊娠率が高いと考えられています。

河合:採卵のために排卵誘発剤を使ったり、卵巣に針を刺したりする医療行為に伴うリスクについてはどのようにお考えですか?

中塚:針を刺したり投薬したりすることについては、常にリスクがつきまといます。しかも、それを病気の人ではなく健康な人に対して行うとなれば問題がないとは言い切れません。でも、体外受精の採卵でも行為としては同じことが行われているので、専門医の側に「卵子凍結は危険だ」という意識はあまりないと思います。心配なことを挙げるなら卵巣を針で刺すときの出血や感染、あるいは麻酔の事故ですが、これも発生率は大変低いです。

出産につながったのは1005人中12人

中塚:ですから、医師が「社会的凍結」に消極的なのは、技術的な心配からではなくて、その意義に対して疑問があるからなんです。現実を見ると、卵子を凍結しても、実際に出産につながる例はごく一部です。先日「クローズアップ現代」で放映されたNHK取材班による調査(2016年10月26日放映*)でも、卵子を凍結した1005人のうち出産したのはたった12名(1.2%)です。残りのほとんどの人は今も凍結したままでしょう。

河合:出産率が低いのは、技術が未熟だからではなく、実際にパートナーを見つけて凍結卵子を融解する人がほとんどいないためなんですね。私も2013年に卵子凍結を実施している医師を取材して「パートナーを見つける人がいないので社会的卵子凍結はやめた」という話を聞いているのですが**、今も状況は変わらないようで少し驚きました。

中塚:そうなのです。さらにこの技術が普及すると、晩婚・晩産化がいっそう進む可能性があります。凍結は一見、不妊症の予防になるように思えますが、実際には「卵子を凍結したから大丈夫」という安心感から女性が妊娠・出産を先送りにしてしまうかもしれないのです。

私たちは2012年にも同様に産婦人科医療施設の代表者を対象とした調査を実施しているのですが、当時、これから卵子凍結を実施する可能性があると答えた医療施設は全体の2割近くありました。でも、今回は約1割に減っています。

河合:凍結が普及してきたように見えて、実は、「やりたい」と思う医師は減っているのですね。

中塚:はい。卵子凍結は「倫理的に問題はない」とする人も前回は6割いましたが、今回「倫理的・社会的に問題はないか」と聞いたところ「ない」とした人は2割でした。「問題はない」と思っている医師の割合が大幅に減少しています。

河合:他の先進国では、どのような状況なのでしょうか? 数年前、アメリカのアップルやフェイスブックが社員の「社会的卵子凍結」の費用を助成し始めたことが話題を呼びましたが。

中塚:欧米でも、「社会的卵子凍結」で子どもが生まれる確率は高くはないようです。フェイスブックなどのケースに対しても「社員が出産を先延ばしにするのを奨励するのか」という批判も出ていて議論はあります。

河合:とはいえ、卵子凍結が自分にはどうしても必要だと考える女性が、「(卵子凍結が)産める保証にはならない」と十分に承知した上で選ぶのであれば、それは個人の自由ですよね。

中塚:そう思います。ただ、出産に結びつく可能性はかなり低いという現状は知っておく必要があります。また、妊娠中・育児中の女性がキャリアを続けることができるような社会の取り組みも忘れてはいけません。

河合:はい。社会としても個人としても、凍結を考えなければならない状況をどこまで変えられるかですね。どうもありがとうございました。

「産み時が過ぎてしまう」という不安が増幅する今、卵子凍結には、どうしても熱いまなざしが注がれます。ところが、社会的卵子凍結が注目されるようになってから数年が経ち、見えてきた現実は厳しいものでした。女性が「とやかく言われたくない」と思うのは当然のこと。でも、「自由でありたい」と「産みたい」の両方の願いを本当に満たしてくれることは何なのか、女性自身が、自分のために、深く考えていく必要があります。

【参考サイト】
*NHK クローズアップ現代 No.3882 2016年10月26日放送 “老化”を止めたい女性たち〜広がる卵子凍結の衝撃〜
**All About 卵子凍結保存「出産例ゼロ」の現実

(河合 蘭)