ミラン番記者が語る「本田にブーイングを浴びせた集団の正体」
セリエA第23節(2月15日)、ミランと本田圭佑は、イタリアのサッカー界で下の層に位置するエンポリに完全に封じられた(1−1)。まずはその事実を直視しなければならない。この試合でミランを圧倒したエンポリの年俸総額は、ミランの10分の1。本田を封じた左SBマリオ・ルイは23歳、彼の年俸は本田の1割にも満たない。
そして、地方の弱小クラブにさえ歯が立たなかった直後、ミランのティフォージ(熱狂的サポーター)たちは激しいブーイングをチームに浴びせた。
大半のファンは、それこそなけなしの金を財布から引っ張りだしてチケット代を払い、ミランの勝利を祈りながら客席を埋めている。なかには20年、30年、いや40年、50年とミランを見続けてきた者たちも少なくない。その彼らが、数十年に渡り愛し続けてきたクラブの惨状を見るにつけ、いたたまれない気持ちを表す手段はブーイングしかないのである。
「選手にプレッシャーを与えることで、次の試合に勝てるのならば、そうすればいい」という本田の発言は、「生ぬるい」と言われてしまうかもしれない。イタリアのサッカー界は、負けても"感動をありがとう"と慰めてくれる者などいない。
それが身に沁みているユベントスの主将ブッフォンは、第23節で"地方クラブ"チェゼーナに引き分けた後、「勝てなかった責任はすべて主将の自分にある」と、自らに対する猛烈な怒気を露わにしながら語り、記者たちがなだめるほどだった。
ただし、本田に強烈なブーイングを浴びせたサン・シーロ南側ゴール裏のティフォージ組織「クルバ・スッド」は、極めて政治性の強い集団であることも認識しておく必要がある。
ここミラノでは周知の事実だが、「クルバ・スッド」は、ほぼすべてがバルバラ・ベルルスコーニ(オーナーであるシルビオ・ベルルスコーニの娘。ミランのCEO)の支持者である。つまり、反ガッリアーニ(ミラン技術部門の最高責任者=スポーツ・ディレクター)。インザーギを監督に招聘したのも、そして本田獲得も、主導者はガッリアーニである。したがって、「バルバラVSガッリアーニ」の対立が長く続いているミランにあって、ガッリアーニによって作られた現在のチームに「クルバ・スッド」は常に否定的である。
そうである以上、今のミランが"弱小クラブ"エンポリを相手に不甲斐ない戦いをすれば、当然烈火のごときブーイングが選手と監督に向けられる。
「クルバ・スッド」は昨季、"ガッリアーニ人事"のアッレグリ監督(今季ユベントスの監督)の解任を求める声明を出し、今季もまた同様の声明を出すことでガッリアーニの辞任を求めている。そうしたクラブ内の権力闘争が、ブーイングに影響を与えていることも客観的に見ておく必要がある。
振り返れば、アンドレア・ピルロ(現ユベントス)のミラン在籍最後となったシーズン(2010−11)に、ミランはセリエAを制した。その翌シーズンは、イブラヒモビッチ、ガットゥーゾ、セードルフ、ザンブロッタ、チアゴ・シウバ、ネスタらを擁していたため首位ユベントスに勝ち点「4」差の2位。だが、そのシーズンを最後に主力が去ると、2012−13シーズンこそなんとか3位につけたものの、首位ユベントスとの勝ち点差は「15」に開いていた。
2013−14シーズン、もはやミランにかつての強さはなく、名門はその長い歴史に幕を下ろして"並のクラブ"になった。つまり、今シーズンはミランが並のクラブとなって迎える2季目。本田もまた、ミランでの2季目を戦っている。
そして、重要なのは、これからのミランが基本戦術を「4-4-2」に変えることで本田にもたらされる影響だ。つまり、MF4枚の両サイドは右がチェルチ、左はボナヴェントゥーラが第一の選択肢となり、FW2枚はメネスとデストロ。
「4−3−3」の右FWで起用されていた本田は定位置を失い、出場するとしてもトップ下での起用になる。事実、第22節のパルマ戦後半に、本田は「MF中央」としてプレーしている。とはいえ、これはあくまでも主将のモントリーボ不在が理由で、先発落ちの危機にあることに変わりはない。
それでも、ここ30年で最悪の状態にあるミランにおいて、本田は「10番」の責務を負わなければならない。もちろん、それは容易なことではない。ピッチ外では相も変わらずクラブ首脳陣の対立が続く。
ミラン内部に最も精通する人物、現在のチームの助監督を務めるマウロ・タソッティはこう明言した。
「セリエAの上位3枠に戻るには、少なくとも、来季から数えて3年は要する」
これが紛れもないミランの現実である。それでも、自らそのクラブの「10番」を背負うことを選んだ本田は、「もっと上に行くために、懸命に練習してこの状況から抜け出さなければならない」と語るように、期するものがあるはずだ。
ごく一部とはいえ、こうした声もある。
「現在のミランの"10番"が本田であるという事実。これこそがまさにミランが"並のクラブ"であることの証だ」
もちろん、私はそのような見方に与(くみ)しない。今季開幕前、本田が7戦で6ゴールを挙げることを予想した者などひとりとしていなかった。しかし、本田はそれを成し遂げた。残り15節で再び輝きを放つ可能性は残されている。だからこそ、私は本田を信じ続ける。1プレーで劇的に流れを変えられるのがサッカーだ。ミランを長く見続けてきた者のひとりとして、「10番」の奮起に期待を寄せている。
クリスティアーノ・ルイウ●取材・文 text by Cristiano Ruiu
宮崎隆司●翻訳 translation by Miyazaki Takashi