ブラジル・ワールドカップの開幕戦で主審を務めた西村雄一氏。議論を呼んだ開幕戦の判定について詳細に語ってくれた。(C) SOCCER DIGEST

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――ブラジル・ワールドカップの開幕前は、どんな準備をしましたか?
「6月上旬に審判団の拠点であるリオデジャネイロに入り、12日の開幕まで約1週間かけてセミナーを行ないました。そのなかでハンドリング、オフサイド、タックル、ホールディング、シミュレーション、異議など、各シーンに対する判断基準のコンセプトを確認しました。そして、実際にフィールドに出て、現役選手の協力を得て実戦練習をしました」
 
――判断基準の確認とは、映像を観ながら行なうものですか?
「そうです。そして皆さんにあまり知られていないのですが、判断基準を確認するのは審判員だけではありません。出場32か国がブラジルに到着した時に、FIFA審判委員会のメンバーがそれぞれのキャンプ地に赴いて『チーム・アライバル・ミーティング』を開いています。つまり、判断基準はチーム、選手、審判員が同じく共有しているものなのです」
 
――開幕戦(ブラジル対クロアチア)の担当を知らされたのは、いつでしたか?
「我々が知ったのもFIFAが公式に発表したのと同じ6月10日でした。今回の開幕戦は南米対欧州。そのふたつの大陸以外の審判員で、南アフリカ大会を経験している者は私を含めて3人しかおらず、開幕戦に割り当てられる可能性が高いことを勘案し、もしそうなっても、いつもどおりできるように準備していました」
 
――開幕戦を任されるのは日本人初の栄誉で、重責だったと思います。
「確かに重責ではありましたが、我々が心掛けたことは『いつも通りのパフォーマンス』をすることでした。この割り当て発表があった時に、前回の南アフリカ大会の決勝(スペイン対オランダ)で主審だったハワード・ウェブ氏が『ユウイチが前回の南アフリカ大会をクローズし、今回のブラジル大会をオープンしてくれるのはとても嬉しいよ。おめでとう!』と喜んでくれました。一緒に頑張ってきた仲間に喜んでもらえたのは、本当に嬉しいことでした」
 
――世界に大きな議論を呼んだ、ブラジルに与えたPKの判定について説明してください。
「あの場面では、クロアチアのDFロブレン選手はブラジルのFWフレッジ選手のプレーに対する予測を間違ってしまったために、ホールディングを犯したのではないかと思います。おそらくロブレン選手は、フレッジ選手がボールをトラップした後にボールをキープして味方に叩くのではないかと予測し、フレッジ選手に身体を寄せようと左手を掛ける選択をしたのだと思います。しかし、フレッジ選手の選択したプレーは、ボールをトラップして弾んだボールが落ちてくるまでに身体を反転させてシュートを打つことでした。立ち足を踏み込む時に肩を掴まれたことにより体勢が崩れ、そして、反転するために重心を後ろにかけていたことによって簡単に倒れました。その際に、両手を広げて大げさに倒れたので、多くの方々がシミュレーションではないかという意見を持たれたのだと思います」
 
――西村主審はすべての動作が見える位置にいたのでしょうか?
「はい。良いポジションにいました。FIFAも『見えない位置から判定したのではなく、しっかりと事実を見える位置に移動してその判定をした』と見解を示しています」
 
――状況はよく分かりました。しかしながら世界中からいろいろな意見が出たことなので、もう少し踏み込ませてください。ホールディングといっても、力はあまりかかっていなかったのではないでしょうか?
「皆さまのそのご意見は尊重します。ただ、今大会の『ホールディングをしっかり見極めていきます』という指針を、前述した大会前のミーティングで選手と審判員が共有しています。そして、これはあまり理解されていないことなのですが、ルールでは直接FKと判定するファウルは10項目あり、そのうちの7つは主審がその行為の程度を見極めてファウルと判定しますが、残りの3つ(ハンドリング、つばを吐きかける、ホールディング)は、その行為自体でファウルと判定されます。なぜなら、この3つの行為は選手が自らの意図を持って選択する行為だからです。ですので、ホールディングは『程度を見極める』のではなく『行為を見極める』ファウルになります」