『なぜ競馬学校には「茶道教室」があるのか』(原千代江著・小学館)。武豊、柴田善臣、横山典弘など一線で活躍するジョッキーたちのエピソードも満載

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年齢・学歴は中学卒業以上で20歳未満。
視力は裸眼左右0.8以上(眼鏡、コンタクトレンズの使用は不可)。
体重は46.5キロ〜44キロ以下(生年月日により異なる)。
これらの条件を満たした者だけが競馬学校騎手課程に入学できる。

そもそも競馬学校とは何か。JRAのサイトではこう説明されている。
“競馬学校は、JRAが騎手の養成を行うとともに、将来、中央競馬の厩舎スタッフ(厩務員・調教助手)を目指す人の教育を行うところです。「学校教育法」などに規定されている「高等学校」や「専修学校」ではなく、「職能訓練校」のような組織にあたります。”

全寮制のため、原則として外泊NG。
毎朝、寮監立ち会いのもと、体重計測が行われる。
“(注)騎手課程在籍期間中は年齢区分毎に上限体重が指定され、いかなる理由であっても、この体重を超過することは認められておりません。なお、卒業時の上限体重(指定体重)は、全生徒一律47.5kgとなっております。”
いかなる理由であっても!

授業のスケジュールもみっちり。
朝は5時半起床。
朝食前に、各自2頭の馬の世話をする。
午前中は実技トレーニング。
昼食をはさんで、午後は学科。
夕方に再び馬の世話をした後、夕食。
木馬を使って競争姿勢を確認するなど自主トレをし、
22時に消灯。

かなりハードなカリキュラムだ。
しかも、馬に関する授業だけではなく、音楽や芸術、文化の授業など、“一般教科”にも力を入
れているという。

『なぜ競馬学校には「茶道教室」があるのか』(原千代江著・小学館)に登場する茶道教室は、まさにこの一般教科のひとつだ。
著者である原さんは、JRA競馬学校が1982年に開校して以来、同校で茶道の指導にあたってきた。
勤続30年で表彰!

しかし、なぜ、競馬学校で茶道なのか。

“いまでこそ、各自お菓子をしまっておけるロッカールームがあり、寮監さんに申告さえすれば自由に食べられますが、当時は、お菓子類は一切禁止。(中略)せめて授業の中で公然とお菓子を食べさせてあげたいーーという親心が、競馬学校の授業にお茶を取り入れる発端だったようです”

お菓子目的だったとは!

迷いつつも、引き受けた原さん。まったく茶道に関心のない10代男子相手に、どうアプローチしたのか。

“私が見つけた答えは、学校で用意された和菓子を、生徒たちの手で、縁高という小ぶりな重箱に盛りつけるところから始めようというものでした”

和菓子は柔らかいので、ちょっとした力の入れ加減で形が崩れてしまう。じかに手で扱い、その繊細さに触れることで、和菓子職人の心を感じてもらいたかったという。

茶室に飾る花は馬場の周りに咲いていた野の花を使用。改修工事で花がすべて引き抜かれることになってからは、花を自宅に持ち帰り、庭で育てることに。そして、授業のたびに、毎回3〜4種類ほど持参し、生徒が活ける。

“一年を通し、ほとんど休みなく勝負の世界で活きる彼らに、季節を感じる心をもってほしかったからです。(中略)レースを前にして、心が震え、身体が緊張でガチガチになることだってあるでしょう。もしもそんなとき、競馬場に咲いている一輪の花を見つけて、授業で覚えたことを思い出してくれたら、少しは心が落ち着くはずです。”

興味のない相手に、興味を持たせるにはどうすればいいのか。
美しいお辞儀とはどのようなものか。
おもてなしとは何か。

この本に書かれているのは、単なる「競馬」と「茶道」の話ではない。
誰かに何かを伝えたいときのヒントが凝縮されている。

日本騎手クラブの柴田善臣会長も、原さんにかかれば、やんちゃな善臣クン。
武豊騎手も“博多人形のように綺麗なお顔”の武クン。
“これまで教えてきた生徒は、私にとって、みんな子供のようなものでした”
有名ジョッキーたちの知られざる顔が次々に登場するのも楽しい。
(島影真奈美)