『人はなぜ突然怒りだすのか?』(北川貴英/イースト新書)帯の言葉“ロシア軍特殊部隊の感情コントロール法を大公開!”

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“襲いかかってくる者は攻撃することしか頭にない。でも先生は他の可能性もあるのだと見せることができる。「攻撃とは狭い視野でしかない、もっと広く」と。”
『ウィリアム・フォーサイス、武道家・日野晃に出会う』(日野晃/押切伸一)を読んで以来、この言葉が頭から離れない。

「攻撃とは狭い視野でしかない、もっと広く」

だが、どうすればいいのか。
他の可能性があるのだと、どうすれば相手に知ってもらえるのか。
攻撃する側は怒ってるのだ。聞く耳を持たないだろう。

主客逆転した場合も同じだ。
ついカッとしてしまう。怒りに支配されてしまう。知らない間に大声を出している。
大声を出してやれと思ってるわけじゃない。
わたしも、もういい年だ。何をしなくても威圧的である可能性も大きい。
大きな声をださずとも、尖った口調で相手は萎縮してしまう。相手の自由を奪ってしまう。
説教などもってのほかだ。そんなことはしたくない。
だが、怒りが、その冷静な思いをすっとばしてしまう。

怒りにとらわれないために、どういう手があるのか。
怒りにとらわれた相手に対して、どういう手を繰り出せばいいのか。

正直言って、その答えが、いままでさっぱり分からなかった。
「怒らないようにする」「がまんする」なんて決意は役に立たない。
がまんして、がまんして、それでもどうにもならないから、怒ってるのだ。
がまんしたぶん、事態はよけいにややこしいことになる。怒りが大きくなって制御でくなくなる。

道が見いだせなくて困惑していた。
だが、一冊の本で、どうにか道が見えてきた。
北川貴英『人はなぜ突然怒りだすのか?』(イースト新書)だ。

“私たちは必ず、怒ります。どんなに頑張っても怒ってしまいます。そう認めてしまうことで初めて見えてくる、怒りへの対処法があるのです”
というラインからスタートして、どう怒りをコントロールするか。
ロシアで生まれたシステマというアプローチをもとに書かれている。
“システマとは、旧ソ連時代は国家機密とされたロシア軍の訓練法。ソ連崩壊後に護身術としてロシア国外に広まりましたが、いまやストレスマネジメントや健康法として世界各国で幅広く活用されています。”
軍隊の技術なんである。
銃弾が飛び交う状況で感情をコントロールし、冷静でいる技術だ。

どれほどすごいものか。
と恐れながら読み進めると、なんと方法はめちゃめちゃシンプルなのだ。

“烈火の怒りを防ぐ二つの方法”は、「防火」と「初期消火」である。
だが「防火」を心がけていても、発火の可能性はゼロにならない。
だから、「初期消火」の術を身につけることが大切だ。
その具体的な方法が「ブリージング」である。
“鼻から息を吸って、口からフーッと音を立てながら吐く―”
これだけ。

「ええええー」という声が聞こえてきそうだ。
だが、シンプルな方法だからこそ、実際に使える。
“初期消火において重要なのは高性能な消火器や技術ではなく、誰にでも簡単にできる鎮火作業を、なるべく早く行うこと”だから、極めてシンプルな方法をタイミングよくやることが大切なのだ。

怒りを収めようと努力することはむずかしい。なぜなら意識が怒りに支配されてしまえば、それを収めようとする意識の入り込む余地がなくなってしまう。
だから、怒りを収めようとするのではなく、身体をリラックスさせようとする。そのためにブリージングを即座に実行する。

“フルマラソンを走り抜き、へとへとに疲れきった状態をイメージしてください。(…)こんな時に怒り狂うときができるでしょうか? 普段ならささいなことで立腹する神経質な人でも、「まあ、いいや」と後回しにしてしまうのではないかと思います”

だが、相手の怒りは、どうか。
他者の怒りを鎮めるにはどうすればいいのか。

同じだ。同じ方法でいいのだ。ブリージング、身体のリラックス。
本書は、そう解く。

なぜなら、“怒りが争いまでに発展するのは、両者が怒りの炎をぶつけ合って相乗効果的に炎を大きくしてしまうから。双方が合意し、協力し合って、怒りの炎を高めあうからこそ争いは成立するのです。つまり争いとは一種の共同作業なのです”。

だから、他者の怒りから身を守るために、自分の身体のリラックスが、最初の行動として最適なのだ。

単純な方法だ。そんなのが通用するのか。
文章で読むと、そう感じるかもしれない。
だが、それが文章の弱点だ。
ツイッターやメールでやりとりすると、実際に会って話すときより喧嘩腰みたいになることが多い。
それは、相手の身体の状態が見えないからだ。
文章は一直線に進む。
先へ先へ、情報を送り届けようとする。
身体同士のコミュニケーションのように、同時並列的に感覚を伝えることができない。
リラックスした身体を相手に示しながら語る言葉と、それを欠いた言葉は、まったく意味が変わってくる。

女性に色っぽいしぐさで「バカ」と言われればデレデレするが、ツイートでいきなり「バカ」と言われたときはデレデレできない。

だからこそ、相手の怒りを消化するためにも、自分自身のリラックスした身体は重要なのだろう。

システマの上級者の技がどのようなものか描かれている箇所がある。
たとえば、パンチ。
上級者がパンチを繰り出すと、受け手を“リラックスさせたり、笑わせたり、一撃で倒してみせたり、ある時はきりきり舞いにしてみせたりと、無数のバリエーションを披露するのです”。
なんと、パンチで、相手を笑わせるとは!

がぜんシステマに興味が湧いてきて『システマ実戦講座』も手に入れた。
DVDがついている。観た。
わー。武術というよりもダンス。
相手の攻撃をするりと流す。避けるというよりも、相手の攻撃が水のようにそれていく感じ。
地面に倒れると動きが制限され恐怖や敗北を感じるものだが、恐怖にとらわれない。するすると動く。立っているときよりも自由に動く。
攻撃する側もシステマをやってる人なので、双方が自由な動きになって、完全にダンス。

そんなシステマという武術を起点とした怒りをテーマにした技術論であり、怒りについて取り組むための基本書が『人はなぜ突然怒りだすのか?』だ。
「攻撃とは狭い視野でしかない、もっと広く」という言葉を実践するための方法論が書かれている。読んでみてください。
(米光一成)