『ゼロ・グラビティ』と関連の深い(?)SF短編「嘔吐した宇宙飛行士」は『銀河帝国の弘法も筆の誤り』『ぼくの、マシン ゼロ年代日本SFベスト集成〈S〉』などに収録されている。『ゼロ・グラビティ』と一緒にどうぞ。

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絶賛上映中『ゼロ・グラビティ』。宇宙空間に取り残された宇宙飛行士を描いたサスペンス映画だ。
静かさに満ちた宇宙、ところがいきなりスペースデプリが降ってきて激突! 宇宙服を着たサンドラ・ブロックがぐるぐる回転する。見ているこっちも宇宙にいるような気持ちになっているから、目は回って酔いそう。サンドラ・ブロックも吐き気を訴える。訴えるだけで吐くシーンはない。

予告を見て、真っ先に思い浮かべた小説がある。
田中啓文のSF短編「嘔吐した宇宙飛行士」。この話も、宇宙空間に取り残されてしまった宇宙飛行士を描いている。
ただしこの男、前日にとある事情から激マズ特大ピザを20枚胃袋に詰め込んでいた。当然ながら船外活動当日の気分は最悪。運悪くトイレに行く余裕もなく、船外活動に出発する。しかもみんなからはぐれてしまい、一人で取り残される……。男は船外活動服の中で派手に嘔吐。ピザ20枚分なのでぜんぜん止まらない。宇宙服の中をゲロまみれにしながら宇宙をさまよう彼。はたして無事に帰ることができるのか!?
『ゼロ・グラビティ』が「嘔吐した宇宙飛行士」と同じような展開になったらどうしようと思った(もちろんそうはならなかった)。
でも気になる。宇宙でゲロを吐いたら、実際どうなってしまうんだろう?

宇宙とゲロの関係は深い。2011年にソユーズに搭乗した古川聡さんは、Twitterでこう呟いている。
「主観的に。宇宙酔いしました。特に頭を急に動かすとウゲー、気持ち悪くて吐き気がする。頭の芯も重い。なんとかしてください」
「宇宙酔い」とは、その名のとおり宇宙空間で酔うこと。吐き気、頭痛、食欲減退などの症状が起こる。原因はまだ完全には解明されていないが、有力視されているのは「感覚器官」。
人間は三つの感覚器官から自分の身体の位置や状態を把握している。そのうちの二つ、前庭器官と深部感覚は、重力との関連が大きい。そのため、無重力空間では感覚器官が混乱し、酔ってしまうのだ。
宇宙酔いは、三日から一週間程度で収まる。それまでは、宇宙飛行士は吐き気と戦っている。我慢できずに吐いてしまうことだってある。
では、もし吐いてしまったら、そのゲロにどうやって対処するのだろう。イメージするのは、無重力空間にふよふよとゲロが漂っている姿なんだけど……。JAXAに「ゲロ、どうするんですか?」と聞いてみた。

「これが参考になれば幸いです」と教えてくれたのは、youtubeにアップされているカナダ宇宙庁「Chris Hadfield on getting sick in space」という動画。



動画は、宇宙ゲロ袋の使い方を説明している。
宇宙は無重力なので、吐いてもゲロが下に落ちていかない。顔や口の中にくっついた状態になってしまう。つまり、トイレにしがみついてグワーッと吐くというやり方ではダメなのだ。そこで活躍するのは宇宙ゲロ袋。
「もうダメだ! 吐きそう!」となったら、宇宙ゲロ袋を取り出す。その中に「吐く」というより、その袋を使って拭うような感じでゲロを処理する。それが終わったら袋を閉じる。袋は匂い対策のため、密閉できるつくりになっている。
ちなみにNASAはゲロレシピも作っている。ゲロの掃除技術や、ゲロ袋はじめゲロ対策アイテムの開発のために、匂いや形状がリアルなゲロっぽいものが必要になるということらしい。カッテージチーズ、トマトスープ、リンゴジュース、醤油、冷凍野菜を混ぜたものに、あの独特の匂いを再現する液体を滴下すると、まさにゲロそのものになるようだ。

でも、これらの対策はISS(国際宇宙ステーション)の中でのもの。もし船外活動服の中で吐いてしまったらどうするんだろう? 動きの自由は限られているから、ゲロを拭うこともできない。「嘔吐した宇宙飛行士」のように、実際に吐いちゃった人もいるんじゃないだろうか……。

JAXAの担当者によると、「お調べした範囲では、そのような例は確認できませんでした」。
船外活動は、ISSに到着して宇宙酔いが収まってから行われる。つまり、無重力に身体が慣れた状態なので、そう吐くことはない。また、宇宙飛行士は地上の医学チームに健康管理をサポートされている。船外活動の実施にあたっては、慎重に確認を行われるとのこと。
サンドラ・ブロックが演じるライアン・ストーン博士も、バッチリ無重力に慣れた状態で、きちんと健康管理もされていたはず。だから、あんなにぐるぐる回っても吐き気を我慢できたのだろうなー。
(青柳美帆子)