「人物レビュー・マック赤坂」後編。嘲笑われた。蹴飛ばされた。負け続けた。それでも孤独に戦った。過去は振り返らぬと心に決めた。母校京大に始まり、同志社、立命館を巡る京都編。マックの大学行脚は終わりを迎えようとしている。一億円の愛車ロールスロイスのなか、彼は言う。俺は幸せだよ、と。

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前編、中編より続く

戸並誠、65歳。彼はいかにしてマック赤坂となったのか。

【マック赤坂、炎と化し天に昇る───俺はマテリアルで死にたくない】

11月24日。京都大学11月祭。
門の真正面には、巨大なマック赤坂講演会の看板が設置してある。全長4メートルはあるだろうか。初となる母校での講演会。マックの意気込みが感じられる。

OBということで知名度も高く、7割ほどが京大の学生や関係者である。
自身の受験秘話、大学生時代のエピソードを語り始めるマック。

マック赤坂、本名、戸並誠は、1948年、名古屋の貧しい家庭に生まれた。早く金を稼げるようになりたい。大企業に勤め成功をおさめたい。とにかくナンバーワンを目指した戸並少年は、愛知県立瑞陵高校から、東京大学を目指した。
現役時代は理科II類を受験。結果は不合格。1点差で落ちたんだ、とマックは当時を振り返る。人生初の挫折であった。

浪人時代は予備校に通わず自学。
「当時は完全に東大病というか……。食事をする時間も怖かった。もう強迫観念だよ。朝昼晩、引きこもって勉強したね。……何度か電車に飛び込もうとしたよ。今でいう鬱病だな」
その経験が、政治家としてのマニフェストである鬱病、自殺対策に繋がったことは想像に難くない。

1968年。京都大学農学部に入学。
「京大で学んだのは、自由と自治。そして反中央の精神。なぜこの言葉に私は狂気乱舞したのか。この中央が、東大に見えたんですね」
当時は全共闘の時代だが、曰く「学生運動の旗振り役でもなんでもなかった」。

京都大学を卒業した戸並は、伊藤忠商事に入社しビジネスマンとして才覚を現す。48歳のときに伊藤忠を退社。貿易会社マックコーポレーションを設立。レアアース、レアメタル輸入の先駆者となり財を築いた。一時は50億円以上の年商があったという。
数年前に会社を一人息子である健太郎さんに譲り、自身はスマイルセラピー協会を立ち上げ、現在はセミナー活動等を行っている。

スマイルセラピーとはいかなるものなのか? 一言でいうと「メイクスマイル(作り笑い)」をすることで、心を「ネガティブからポジティブに切り替え」ていくという、一種の自己啓発である。
「マテリアルで死にたくなかった。俺はマネーじゃない! 貿易だけやっていて死にたくないんだ。メンタルで生きたかったんだ」
誠だからマック、好きな街は赤坂。戸並はマック赤坂を名乗り始めた。着実に老いつつある自分。金という成功だけでは満たされない。人生は一度きりしかないのに、単なる素材で終わりたくない。そういう思いが去来したのではないか。

夜、マックは11月祭の恒例行事であるキャンプファイヤー会場にいた。マック赤坂講演会の巨大看板を解体し、材料として差し出したという。
燃え上がる炎。
赤く顔を照らされながら、マックは最前列で踊っている。メイクスマイルではない。誰よりも、心の底から楽しんでいる顔で。

スマイルを浮かべガッツポーズをするマック赤坂の看板は、火の粉となり、灰となって、京都の空へと消えていった。

【マック赤坂、豊饒の海を漂う───やはり過去はないんです】

11月26日。同志社大学でも『映画「立候補」』の上映会とトークショーが行われる。
開演の2時間前。マックは学生プロレスの会場にいた。慶應大学でプロレス乱入を企てた際には、運営の人たちによって阻止されたが……。

試合が開始して10分。会場に「ハッスル」が鳴り響く。スーパーマン、マック赤坂の乱入である。
リングイン。動揺を隠せないレスラーの腹めがけて、パンチをお見舞いする。「で、でました! スマイルパンチです!」と実況がアドリブであわせる。
レスラーがぐったりしたところで、渾身のスマイルポーズ! その白目剥き出しの顔から発せられる謎のパワーで、レスラーは豪快に後ろへ吹っ飛んだ。すかさずフォール。レフリーがカウントする。
「10度! 20度! 30度!!」
マックの勝利を告げるゴングが、高々と打ち鳴らされた。会場は大盛り上がり。マイクパフォーマンスのあと、スマイルダンスを観客と踊った。
息が上がり、リングを降りようとして足をとられる。よろめくマック。両脇からレスラーに抱えられての退場となった。
何回叩きのめされても、立ち上がり、戦い続ける。マック赤坂とプロレスは、どこか似ているように思えた。

トークショーでマックは、三島由紀夫の小説について語った。
「彼の遺作『豊饒の海』。知ってる人いますか? これねえ私、何回読んでも涙が出てくるんです」

『豊饒の海』四部作は、人間の「輪廻転生」を巡る物語である。
悲恋の末夭折した第一部『春の雪』の主人公「清顕」。親友「本多」は、第二部『奔馬』、第三部『暁の寺』で、清顕の生まれ変わりらしき人物たちと邂逅を果たす。だが、彼らも結局は20歳でこの世を去る。
弁護士として成功し、億万長者となるも、取り残されたように老いていく本多。
第四部『天人五衰』で81歳になった本多は、清顕の恋の相手であり、尼となった「聡子」に会いに行く。
「最後のシーンですよ。聡子は、今までのことが何もなかったように『しかし松枝清顕さんというお方は、お名を聞いたこともありません。そんなお方は、もともとあらっしゃらなかったのと違いますか?』と言うんです」

静まる会場。マックは語り続ける。
「なぜ涙が出てくるんだろうか……。やはり過去は無いんです。フォーゲットじゃない。ナッシングなんだ。だからこの瞬間しかない。だから、行動するしかないんです」

【マック赤坂、西田亮介と議論する───投票があなたの人生にからんでくるんだよ】

11月27日。マックの大学行脚も最終日を迎えた。
この日は、立命館大学で社会学者西田亮介との対談の後、元・立誠小学校特設シアターでのトークショーが予定されている。

西田の専門は公共政策と情報社会論。近著に『ネット選挙とデジタル・デモクラシー』があり、2013年参院選で解禁されたネット選挙の専門家とも言える。
動画サイトで人気を博したマックとの対談は、現代選挙の問題点に始まり、投票という手段の有効性についての議論となった。

2007年の参院選。東京都選挙区から出馬したマックは、自身初の政見放送を、背広にネクタイ姿でのぞんだ。教育再生などをマニュフェストに掲げ、いじめ問題について語った。
結果は惨敗。マックは新人候補を平等に報じないメディアに憤慨した。そして、コスプレなどのパフォーマンスを行うようになり、先鋭化していく。

だがマックは2013年の参院選で、得意の「10度20度30度!」やスマイルダンスを封印。頭を丸めガンジーの衣装で、特攻隊の青年の遺書を朗読した。
「なぜ選挙への関心が低いのか。投票があなたの人生にからんでくるんだよ、という意識が若い人に薄いからです」

日本ではインターネットはさほど信頼されているメディアではない、としながらも、西田は言う。
「おそらく若者が政治に関心をもてない理由は、簡単に言えば、政治がつまらないから。そして、政治がよく分からないから、ではないかと思うんですね。だから投票するモチベーションという角度から言えば、マックさんの活動は、若者が政治に興味をもつ一番低い敷居になり得ると思います」

【一億円のロールスロイスのなかで───コインの裏と表のように。】

元・立誠小学校特設シアター。昭和3年建築の木造校舎のなかにある映画館である。
トークショーで、観客の一人からこんな質問があった。

───映画に出演なさった息子さんに感動しました。マックさんの子育ての秘訣を教えてください。
「あまり言いたくないですけど、私28歳で結婚して32のときに離婚してるんですよ。離婚してすぐ女房は亡くなりました。私の母親、健太郎のお婆さんが育ててくれました。もしね、マックが育てていたらあんな良い子はできてません。私は反面教師だったのかなという気がします」

『映画「立候補」』のクライマックス。身の震える光景が、スクリーンに映し出される。ここでは詳しくは書かない。是非、映画を観賞してもらいたい。

受け答えをするマックを眺めながら、私は思い出していた。立命館から元・立誠小学校へと向かうロールスロイスの車内。そこで交わした短い会話。

───やらない後悔よりやる後悔。そうマックさんは言ってましたよね。だから訊きます。
「ああ、そうだ。何でも訊いてくれ」
───マックさんは今、本当に幸せですか?
「……幸せだよ。幸せに決まってるだろ。愚問だな。愚問だよ、それは」
窓の外を見ながら、吐き捨てるように言った。
───でも僕にはときどき、マックさんが、すごくさびしそうに見えます。
「……お前は根本的に間違っている。幸せというのは、主観的なんだよ。俺が幸せだと言えば、幸せなんだ。自己暗示と言ってもいい。……そりゃ俺にだって、悩みや苦しみはあるよ。悔しくて、夜も眠れないこともしょっちゅうだ。だけど、孤独だということは、自由だということだ。コインの裏と表のように。俺は孤独を食って、力に変える。お前がどれだけ『戸並は不幸だ!』と叫んでも、無駄だよ。意味がない」
───だったら、マックさんは、誰かと幸せを共有することはできるんですか?
「本当に好きなやつとは……いや、共有したいという気持ちなんかないよ、究極的に言えば。人間最後はひとりで生きて、ひとりで死ぬ。所詮は、自分ひとりなんだ。人生は孤独だ」
───でも健太郎さんがあのとき……マックさん、嬉しかったって言ってたじゃないですか!
「あいつは、よくできた息子だよ。かわいいなとは思うけど」
───親子であっても、幸せは分かち合えないんですか?
「……子どもがいようがいまいが、そんなの関係ないんだよ! 普通の家庭? うらやましいと思ったことなんて一度もない! 俺は女房と子どもをもうけた。だからなんだ。人間、ひとりじゃないか。女房も子どもも自分じゃない。他人だよ」

ロールスロイスが止まった。
さすがに疲れたなあ、とマック。元・立誠小学校の軋む廊下を歩くその姿は、政見放送で踊るマックでも、敵陣に乗り込み叫ぶマックでもない。65歳、等身大の人間だ。
「お前はそうじゃないって言ってくれるけど、俺は心の広い人間じゃないよ。すぐに怒るし、酒癖も悪いしな。……これまでは、友だちでも、時が経つと離れていった。自分から排除してた。でもこれからは、受け入れようと思う。リリースしないようにしようと思う」

今後、マック赤坂が引退宣言を撤回し、出馬するかどうかは、私には分からない。
だが、彼はこれからも「行動」を続けていくことだろう。
「変わろうと思ってるんだ。脱皮したいんだ。エブリタイム、エブリウェア。今もだよ」
(HK 吉岡命・遠藤譲)