U-17W杯、チュニジア戦で苦戦に陥った理由
アラブ首長国連邦で開催されているU-17W杯。吉武博文監督率いる日本チームは、チュニジアを逆転で下し、グループリーグ1位抜けを決めた。
押し詰まった時間の中で生まれた同点弾、逆転弾。というわけで、感激度は高かった。劇的な勝利に酔いしれた人は多かっただろうと思われる。しかし「結果が全てではないサッカー」をするのがこのチームのセールスポイントだ。実際、試合後の選手、監督の様子に、良いサッカーをしたという満足感は全く見られなかった。
率直に言って苦戦だった。第1戦、第2戦との比較で言えば、左サイドの開きが足りなかったことが、その一番の理由に挙げられる。
4−3−3の左ウイングを務めた渡辺凌磨選手は、ポジショニングに深みが欠けていた。中途半端に内に入ってしまったため、真ん中のスペースを消すことになった。同時に左サイドのスペースも有効に活用できなくなった。
渡辺選手本人は試合後「縦に向け、裏を取ろうとしても相手のサイドバックに追いつかれてしまうので、足下でボールを受けたほうがいいと思った」と語った。その弱気を、ポジションを内に取ることで解消しようとしたとは、こちらの推測になるが、その位置取りは、A代表の香川と少しばかり重なって見えた。その結果、ピッチに描かれるデザインが左右均等ではなくなるところもA代表と重なって見えた。
外国の選手に、こうしたタイプの選手を見ることはほとんどない。いかなる理由があろうと、ポジションを独自判断で10m、15m変える選手はいない。日本だけに限った傾向といっても言いすぎではない。
布陣は4−2−3−1や4−3−3が主流になっても、その意味について、選手が深く理解している様子が見られないのだ。かつて流行った4−2−2−2、3−4−1−2と、サッカーゲームの進め方において何が違うか。理念というか根本的なところが同じままで、布陣だけ変わったという印象だ。
そこにポジションを取ることの重要性を理解していれば、スピード、馬力、体力、体格で劣るからといって、真ん中に移動するようなことはしないはずだ。
そのことを強く実感したのは、日本対チュニジア戦の後に行われた、モロッコ対パナマの試合を見ているときだった。この両チームに渡辺選手がいなかったのは言うまでもない。とりわけ目を引いたのは、左ウイングにエース格のキャプテンを置いていたモロッコだ。このアンデルレヒトに所属するジャディという選手。常に、深々と開いたポジションで構えていながら、大抵のチャンスに絡む、サッカーセンスを見せつけたのだ。その背景として、その圧倒的なスピードを見逃すことはできないが、切れ込んで、右足シュートにいたるボールの運び方、身体の面の使い方、ボール操作方法等々、彼のプレイには日本人選手のお手本となるようなプレイが集約されていた。
中に入ってはいけないワケではない。外の選手が内に入ったら、真ん中の選手が外に開くというルール、すなわち的確なポジションチェンジに基づいていれば何の問題もない。避けるべきは、周囲とコンセンサスないまま、独自の判断で動くことだ。香川が内に入ったら、本田が開けば何も問題はない。まずいのは、お互いが真ん中で重なり、左サイドに誰も人がいなくなることだ。
チュニジア戦のU−17日本チームは、日本代表と同じように、真ん中でごちゃごちゃ固まり、出たとこ勝負のパスワークに陥っていた。空いたエリア、スペースを有効に活用しながら、効率的かつ頭脳的なパスワークではなかった。苦戦してしまった一番の原因だ。
チュニジア戦と同じサッカーをしたらモロッコにはまず勝てない。良いサッカーはできない。そう思わざるを得なかった。
この傾向は、チュニジア戦に限った傾向だが、次戦以降、1、2戦のようなサッカーに戻れたとしても、ピッチを広く有効に使ってくるチーム、ボール支配を高めながら、正攻法で臨んでくるチームには、苦戦するだろうなと思う。言い換えれば、良いときの日本と同じコンセプトで迫ってくるチームこそが、日本にとって最も嫌なチームだ、と。
渡辺選手は、ロスタイムに劇的な決勝ゴール挙げ、ヒーローになった。真ん中にポジションを移していたことが、ゴールに繋がった恰好だ。しかし、それはあくまでも結果的な話だと思う。別の方法でチームに貢献した方が、サッカーそのものは良い内容になっていた。見ていて美しくも面白いサッカーになっていたと僕は思う。
押し詰まった時間の中で生まれた同点弾、逆転弾。というわけで、感激度は高かった。劇的な勝利に酔いしれた人は多かっただろうと思われる。しかし「結果が全てではないサッカー」をするのがこのチームのセールスポイントだ。実際、試合後の選手、監督の様子に、良いサッカーをしたという満足感は全く見られなかった。
率直に言って苦戦だった。第1戦、第2戦との比較で言えば、左サイドの開きが足りなかったことが、その一番の理由に挙げられる。
4−3−3の左ウイングを務めた渡辺凌磨選手は、ポジショニングに深みが欠けていた。中途半端に内に入ってしまったため、真ん中のスペースを消すことになった。同時に左サイドのスペースも有効に活用できなくなった。
渡辺選手本人は試合後「縦に向け、裏を取ろうとしても相手のサイドバックに追いつかれてしまうので、足下でボールを受けたほうがいいと思った」と語った。その弱気を、ポジションを内に取ることで解消しようとしたとは、こちらの推測になるが、その位置取りは、A代表の香川と少しばかり重なって見えた。その結果、ピッチに描かれるデザインが左右均等ではなくなるところもA代表と重なって見えた。
外国の選手に、こうしたタイプの選手を見ることはほとんどない。いかなる理由があろうと、ポジションを独自判断で10m、15m変える選手はいない。日本だけに限った傾向といっても言いすぎではない。
布陣は4−2−3−1や4−3−3が主流になっても、その意味について、選手が深く理解している様子が見られないのだ。かつて流行った4−2−2−2、3−4−1−2と、サッカーゲームの進め方において何が違うか。理念というか根本的なところが同じままで、布陣だけ変わったという印象だ。
そこにポジションを取ることの重要性を理解していれば、スピード、馬力、体力、体格で劣るからといって、真ん中に移動するようなことはしないはずだ。
そのことを強く実感したのは、日本対チュニジア戦の後に行われた、モロッコ対パナマの試合を見ているときだった。この両チームに渡辺選手がいなかったのは言うまでもない。とりわけ目を引いたのは、左ウイングにエース格のキャプテンを置いていたモロッコだ。このアンデルレヒトに所属するジャディという選手。常に、深々と開いたポジションで構えていながら、大抵のチャンスに絡む、サッカーセンスを見せつけたのだ。その背景として、その圧倒的なスピードを見逃すことはできないが、切れ込んで、右足シュートにいたるボールの運び方、身体の面の使い方、ボール操作方法等々、彼のプレイには日本人選手のお手本となるようなプレイが集約されていた。
チュニジア戦のU−17日本チームは、日本代表と同じように、真ん中でごちゃごちゃ固まり、出たとこ勝負のパスワークに陥っていた。空いたエリア、スペースを有効に活用しながら、効率的かつ頭脳的なパスワークではなかった。苦戦してしまった一番の原因だ。
チュニジア戦と同じサッカーをしたらモロッコにはまず勝てない。良いサッカーはできない。そう思わざるを得なかった。
この傾向は、チュニジア戦に限った傾向だが、次戦以降、1、2戦のようなサッカーに戻れたとしても、ピッチを広く有効に使ってくるチーム、ボール支配を高めながら、正攻法で臨んでくるチームには、苦戦するだろうなと思う。言い換えれば、良いときの日本と同じコンセプトで迫ってくるチームこそが、日本にとって最も嫌なチームだ、と。
渡辺選手は、ロスタイムに劇的な決勝ゴール挙げ、ヒーローになった。真ん中にポジションを移していたことが、ゴールに繋がった恰好だ。しかし、それはあくまでも結果的な話だと思う。別の方法でチームに貢献した方が、サッカーそのものは良い内容になっていた。見ていて美しくも面白いサッカーになっていたと僕は思う。
外部サイト
関連情報(BiZ PAGE+)
スポーツライター杉山茂樹氏の本音コラム。
