菊池雄星投手の昨季までの勝ち星は通算で8勝だった。しかしそれに、今季は6月の時点で並んでしまった。今季はここまで12試合に先発をして8勝2敗。防御率は1.30という素晴らしい数字だ。この数字だけを見るならば、まさにエースとしての活躍をしていると言える。だがエースと呼ぶにはまだ早い。菊池投手をエースと呼ぶのならば、それはしっかりと一年間投げ抜き、一つでもタイトルを獲ったあとだ。そうすれば菊池投手はまさに、名実共にエースと呼ばれることになるだろう。筆者はそれまでは、今はまだ「エースの階段を一歩ずつ登っている」という表現に留めておきたい。

8勝2敗という数字も実に素晴らしいが、さらに特筆をしたいのは12試合の先発中10試合で勝ち負けが付いているという点だ。これが何を意味するかと言えば、菊池投手がどれだけ先発として長いイニングを投げているか、ということだ。先発をしていても、勝ちも負けもあまり付かない投手がいる。そのような投手は先発として、首脳陣から信頼がまだないと言うことができる。つまり競った同点の場面で早めにスイッチされてしまうのだ。そうすることにより勝ちも負けも付かなくなり、数字はなかなか伸びて行かなくなる。昨季までの菊池投手もその内の一人だった。

では菊池投手は今季、昨季と比べると一体何が変わったのだろうか?これは筆者個人が感じていることなのだが、マウンド上で迷う姿がまったく見られなくなったのだ。昨季まではマウンドでも何か余計なことを考え過ぎ、それがピッチングのリズムを崩してしまうことが多々あった。それは菊池投手のマウンド上での仕種や表情を観察しているとよく分かる。迷いの多い投手は、マウンド上で余分なタイムを求めることが多い。例えば靴紐を結び直す振りをして頭の中を整理する時間を得ようとしたり、意味もなくピッチャーズプレートを外したりする。実は今季、大石達也投手は靴紐を結び直すことが数回あった。もちろん本当に解けているのかもしれないが、しかし1イニングで2回も靴紐を結び直すということは、普通では考えられない。

昨季までの菊池投手は、まるで自分自身と戦っているようだった。つまり頭の中に描き出した理想の投球フォームをあれこれと追い求め、それを実際にパフォーマンスで表現するためにはどうすればいいのか、そのようなことを考えながら投げているように筆者の目には映っていた。それは悩みではなく迷いだ。悩みというのは、行きたいところはハッキリしていて、その行き方を模索する作業だ。一方迷いとは、行きたいところをまだ模索している状態となる。昨季までの菊池投手は投球フォームを色々と考え過ぎ、行きたい場所が分からずにいる状態だった。しかし今季はそうではない。まず、投球フォームにブレがなくなった時点でフォームに対する迷い、悩みはなくなったと言って良いだろう。もちろん理想はまだまだ先にあるはずだが、それでも現時点でのベストパフォーマンスを発揮できるフォームは、明確に見つけられているのだと思う。

フォームに迷いがなくなったことで、マウンド上で自分自身と戦うという姿が見られなくなった。つまり今季はしっかりと打者と対峙することができているのだ。打者とではなく、自分と戦ってしまう投手は試合では勝てない。行きたいところに真っ直ぐ進めている時は良いのだが、一度道に迷ってしまうと、なかなか戻ってくることができないのだ。しかし自分との戦いをやめ、目の前の打者を抑えるピッチングに集中することにより、投手は明確な進化を遂げることができる。打者は自分の外側にいる存在だ。つまり自分自身との戦いにより内側に投げても打者は抑えられない。打者を抑えるためには、しっかりと外側に向けて集中し投げなくてはならない。そしてそれがしっかりとできているのが、今季の菊池雄星投手なのだ。