そこで研究チームが立てた仮説が、「アンジオテンシンIIの受容体AT1が味細胞に発現しており、アンジオテンシンIIはAT1を介して味細胞に直接作用し、短時間でENaCを介する塩味感受性を抑制することでNa+摂取量を増やし、引き続き誘導されるアルドステロンは、Na+の体内への吸収を促進すると共に、塩味感受性を上昇することで摂取をストップさせる」というものだ。

アンジオテンシンIIが味覚応答に影響するかどうかを検索するため、今回の研究ではマウスにアンジオテンシンIIを投与し、味覚神経応答および行動応答への影響を調べ、またアンジオテンシンII受容体のAT1と味覚受容体との共発現性の解析がなされた。その結果、アンジオテンシンII腹腔内投与により、C57BLマウスの「鼓索(こさく)神経NaCl応答(AS成分)」が有意に減少することが明らかとなったのである。なお鼓索神経とは、味覚に関わる神経のことだ。

その効果は投与5分後に見られ、30分後にピークを示し、その後コントロール(通常)レベルに戻っていくことが確認された。また、投与後90〜120分ではAS成分の応答の増強が見られ、その効果はアンジオテンシンIIにより誘導されたアルドステロンの効果である可能性が推定されたのである。さらに、甘味応答が上昇することも判明。ちなみに、そのほかの味質である酸味、苦味やうま味応答には影響は見られていない。そしてこれらの効果は、AT1特異的阻害剤である「CV11974前処理」により消失した。

マウスの行動応答の解析ではAT1阻害剤投与により、食塩および甘味溶液の飲水量が有意に減少することも明らかとなり、アンジオテンシンIIは神経応答のみならず摂取行動にも影響すること、その効果はAT1を介していることが明らかとなったというわけだ。

味細胞における発現解析では、AT1はENaCαもしくは甘味受容体構成分子「T1r3(Taste receptor type1member3:味覚受容体I型-3)」と、一部共発現することが確認された。これまでの多くの研究から、塩味受容と甘味受容は別々の細胞群で起こっていることが明らかとなっていたので、アンジオテンシンIIによるAS塩味感受性の抑制効果と、甘味感受性の増強効果はそれぞれ独立した経路で起こっている可能性が予想されるという。

そして、これまでに甘味感受性は「内因性カンナビノイド」によりその受容体「CB1」を介して増強されることが明らかとなっており、またCB1はAT1と複合体を作ることや、AT1を介して活性化されることが報告されていたので、アンジオテンシンIIによる甘味増強効果にCB1が関与している可能性が推定されたのである。

そこで、CB1欠損マウスを用いた解析が行われた結果、アンジオテンシンII投与により、AS塩味感受性の抑制効果は野生型マウスと同様に見られたが、甘味増強効果は見られなかったことから、アンジオテンシンIIによる甘味増強はCB1を介していること、塩味抑制と甘味増強は独立した経路で生じていることが明らかとなったというわけだ。

以上の結果からアンジオテンシンIIは中枢や腎臓のみならず味細胞にも作用して、素早く塩味感受性を抑制すること、その後にはアルドステロンが塩味感受性を上げるという経時的なNa+摂取調節メカニズムが存在する可能性が示唆され、さらに甘味感受性を上げることで糖摂取量を高める可能性が示唆された。

近年の高血圧発症や、そのリスクファクターとしてのNa+の過剰摂取は、その根本に塩味物質などへの過度の嗜好が関与するものと推定されている。従って、食の健全化を通じて健康を維持するためには、食嗜好を決定する味の受容情報伝達システムの分子基盤を解明し、その理解に基づく新たな手段の確立が急務だと、研究チームは語る。