【戸塚啓コラム】オシム時代のベストマッチ
イビチャ・オシムのもとで戦った日本代表の、ベストマッチをあげろと言われたら──すぐに思い浮かぶのは、2007年7月のUAE戦である。
もっといい試合があるじゃないか、と指摘されるのは承知している。07年のアジアカップからベストと呼べるゲームをあげるなら、普通に考えればオーストラリアとの準々決勝になるだろう。
0-1とリードされたゲームを、わずか3分で同点に持ち込んだ反発力は見事だった。何よりも、オーストラリアに競り勝ったという事実は痛快だ。1-1となった75分に相手が10人になったとしても、PK戦による決着だったとしても、ドイツW杯のリベンジを果たしたことには意味がある。胸のつかえが取れたような気持ちになったものだ。
PK戦の失敗に苦笑いをこぼしながらも、高原直泰の表情には充実感が浮かんでいた。川口能活、中澤佑二、中村俊輔、高原のドイツW杯組を背骨に据えたチームは、中村憲剛や鈴木啓太ら“ドイツ後のタレント”を加え、興味深い化学反応を示すようになっていた。
同年9月にスイスで行われた、3大陸トーナメントも印象深い。オーストリアとスイスと対戦したこの大会で、オシムは稲本潤一(当時フランクフルト)と松井大輔(当時ル・マン)を初めて招集している。
スイスとのゲームはスリリングな撃ち合いだった。前半のうちに2点を失いながら同点とし、再びリードを奪われたもののスコアを引っ繰り返す。松井のドリブルという新たな個性が肉付けされ、攻撃的な魅力が増したことを知らしめた一戦だ。各選手のタレント性を消すことなく、「日本代表の日本化」を追求していくオシムのチーム作りに、いよいよ共感を深めていった人も多かったのではないかと思う。僕自身もそのひとりだった。
ならばなぜ、UAE戦を思い浮かべるのか。
W杯最終予選に進出してくるかどうかというレベルの相手に、しっかりと違いを見せつけたところに価値があった。UAEやカタールといった国々から確実に勝ち点3をつかめるようにならなければ、W杯予選の突破などおぼつかない。同時に、このアジアカップでは“ドイツ後のタレント”に経験を積ませることも重要であり、経験に厚みを持たせるためにもUAE戦の勝利は価値がある、と僕は考えた。
実はもうひとつ、ベストマッチがある。内容的にはこちらのほうが、UAE戦よりも魅力的だった。サウジアラビアとの準決勝だ。