不妊の原因は何か。不妊のうち48%を占める男性側の原因の中でとくに多い原因不明の突発性の場合には、生活習慣から改善していくことが必要だという。ライターの村上敬さんが鳥取大学医学部附属病院が開設した「高度生殖医療センター」の取り組みをリポートする--。

※本稿は、鳥取大学医学部附属病院広報誌『カニジル 23杯目』の一部を再編集したものです。

■「射精しても精子が出てこない」夫婦の悩み

「先日、私の担当だった患者さんと偶然会う機会がありました。あのとき生まれた子がもう大学生になったそうで、とても幸せそうでした」

とりだい病院女性診療科教授の谷口文紀は、約20年前の「あのとき」をこう述懐する。

「射精しても精子が出てこない逆行性射精という障害に悩むご夫婦がいらっしゃったんです。ご主人の尿道から管を入れて膀胱内にいる数少ない精子を採って顕微授精するしかない。そのご夫婦の場合は、治療がうまくいって子どもができた。奥さんは『人生が変わった』とおっしゃっていた。そういう言葉を聞くと生殖医療に長く関わってきてよかったと思いますね」

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不妊症--妊娠を望むカップルが避妊せず通常の性交を継続的に行なっているにもかかわらず、1年以上妊娠しない状態--に悩むカップルは増えている。

国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査」によると、不妊治療を受けたことがある夫婦の割合は、第12回調査(2002年)で12.7%だったが、第16回調査(2021年)で22.7%に。19年で10ポイント増と、ほぼ倍増した。

背景にあるのは晩婚化だ。2024年の平均初婚年齢は男性が31.1歳、女性は29.8歳で、20年前と比べて男女とも2歳ほど遅くなった。

加齢により妊孕率(妊娠のしやすさ)は低下する。女性の年齢が21~24歳のカップルの妊孕比を1.00とすると、34~36歳では0.82、37~39歳では0.60、40~45歳では0.40と、30代後半から急激に落ちていく。晩婚化と妊孕率のギャップが、不妊に悩むカップルが増加する根底にある。

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■日本の子供の約8分の1を誕生させた生殖医療

そこで生殖補助医療(Assisted Reproductive Technology、以下ART)である。これは体外受精、そして顕微授精など不妊に対する医療である。

不妊治療は長らく、排卵のタイミングに合わせるタイミング法や、採取した精子を処理してから子宮に注入する人工授精が一般的だった。それらの治療でも妊娠しないカップルにとって希望の光となったのが、世界的に70年代末から始まった体外受精である。

「体外受精は、精子と卵子をそれぞれ取り出して体外で受精させた後に母体に戻します。ひとつの卵子にたくさんの精子をふりかけて受精を促すイメージです」

そして90年代から前出の顕微授精が始まった。

「顕微授精は一つの卵子に一つの精子を極めて細い針を使って注入して受精させます。そのため人工授精より受精率は高い。今や日本では、生まれる子の約8分の1がARTにより誕生しているほどです」

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産科婦人科では出産に関わる周産期医療が圧倒的にメジャーで、生殖医療の専門医は日本で1000人強しかいない。とりだい病院は昔から生殖医療も比較的活発だったが、それでもメジャーな分野とは言い難い。

■西の米子市は熱心だが東の鳥取市には少ない

谷口が生殖医療に力を入れるようになったのは巡り合わせだった。谷口が鳥取大学医学部を卒業して研修医になった93年は、顕微授精がこれから日本で普及するタイミングだったのだ。

それから30年以上が経った。ARTの定着に手応えを感じている反面、課題もある。地域格差だ。

「生殖医療の専門医や施設は東京に集中しています。鳥取県でも(西部の)米子市は熱心にARTに取り組んでいる医療機関がいくつかあるものの、(東部の)鳥取市には少ない。そのため神戸や大阪まで治療に行く患者も少なくない」

鳥取県は東西約126km、南北約62kmと横に長い。県西部のみ、一般の不妊治療はクリニック、高度な治療はとりだい病院というように役割分担ができている。しかし、県全体ではそうではない。

鳥取県全域を高度な生殖医療で支える--。その使命を持って今年4月に誕生したのが、とりだい病院の高度生殖医療センターだ。

■不妊治療の「内科的要因」と「外科的要因」

診療科を超えた連携を行う“センター化”は現代の医療の潮流の一つである。初代センター長に就任した谷口は、センター化の意義をこう語る。

「不妊治療には、内科的要因や外科的要因、遺伝的要因がからんでいて、他の治療と連携が求められる症例が少なくない。これまでも必要に応じてその都度連携してきましたが、センター化することで、組織としてより集学的な治療を提供できるようになります」

“内科的要因”の一例は、がんと生殖医療の連携だ。がんに罹って抗がん剤治療を受けると、卵巣や精巣に影響が出て、生殖機能が著しく損なわれることがある。

「がん治療を始めた後では妊娠が難しくなるので、治療前に生殖機能を保つ治療をします。具体的には、卵子や精子、卵巣組織などを採取して液体窒素で凍結保存をして、妊孕性を温存。がんの治療は早く始めたほうがよいため、よりスムーズな連携が必要です」

“外科的要因”には、子宮筋腫や子宮内膜症、子宮腺筋症が含まれる。

子宮筋腫は子宮の筋肉--子宮筋層にできる良性腫瘍。子宮内膜症とは本来は子宮の内側にある子宮内膜と似た組織が、卵巣や腹膜など子宮の外にできる疾患。そして子宮腺筋症は子宮内膜と似た組織が、子宮の筋肉の中(筋層)に入り込む疾患だ。こうした外科的要因を抱えていると妊娠しづらくなる。

こうした場合、手術による治療を行うという選択肢がある。

「手術療法で子宮内や骨盤内を整えて妊娠しやすい環境にするのです。ただ、手技が未熟だとかえって子宮や卵巣を傷つけて妊孕性が低下するリスクがある。適切な治療をするには、十分な技量を持った医師や設備のもと、手術療法と不妊治療を連携して行うことが望ましい」

■未知の領域ゆえに新しい知識に触れられる

連携の核となるのが、高度生殖医療センターである。

そして連携の中でも一番の鍵は妊娠において必須の男性の生殖機能を扱う泌尿器科との協力関係だ。

「あまり知られていないかもしれませんが、不妊症の原因は男性要因のものも多いんです」と谷口は言う。

婦人科の中で生殖はメジャーな領域ではないことは前述した。泌尿器科における不妊治療はそれ以上だ。

泌尿器科助教の寺岡祥吾の話を聞こう。

寺岡は鳥大医学部を卒業後、泌尿器科を選んだ。泌尿器科で男性不妊を扱うことは知っていたが、表面的な知識にとどまり、実際に診察することもほぼなかったという。

そんな状況を変えたのは、現とりだい病院長である泌尿器科の武中篤教授だった。かねてから男性不妊への対応を考えていた武中は、先進的な男性不妊治療に取り組んでいる医療施設に若手医師を送り込むことにした。白羽の矢が立ったのが寺岡だった。

「男性不妊の症例をほとんど診たことがなかったので、どれだけニーズがあるのかはよくわかりませんでした。ただ、未知の領域ゆえに新しい知識に触れられるという期待感は大きかったです」

出向先は山口大学医学部附属病院だった。男性不妊治療で有名な泌尿器科教授、白石晃司のもとで25年4月から半年間経験を積み、10月にとりだい病院に戻ってきた。

写真=七咲友梨
高度生殖医療センターでは、女性診療科、泌尿器科、遺伝子診療科、助産師、検査技師など、多職種が連携して診療にあたっている - 写真=七咲友梨

■不妊原因の半分は男性にある

ここで改めて男性側の不妊について紹介しておこう。

不妊のうち男性のみに原因があるケースは24%、男女とも原因があるケースは24%で、男性に原因があるケースはあわせて48%にのぼる。

もっとも多い原因は特発性、つまり原因不明で、4割以上を占めている。

「特発性は根本治療が難しいのですが、精巣は高温で機能が低下するため、サウナや長時間の入浴は良くない。また、膝の上にパソコンを置いて作業するのも、パソコンが熱を帯びるので避けたほうがいい。生活習慣を見直すことで改善する可能性があります」

次に多いのは約3割を占める精索静脈瘤だ。これは精巣から流れ出る静脈が異常に拡張して、こぶのようにふくらむ症状で、精子形成の質が悪くなる。命に別状はないが、妊娠には大きく関係してくる。1時間程度の手術で治療が可能だ。

山口大学医学部附属病院で何より刺激を受けたのは、顕微鏡下精巣内精子採取術(micro-TESE)だった。

「主として非閉塞性無精子症に対して行われる治療法です。原因不明の場合だけでなく、遺伝的・後天的な造精機能障害も対象になり得ます。精巣を開いて精子がいそうな組織を取り、顕微鏡で見ながら組織から精子を採取します」

精巣を大きく開いて内部を広範囲に探索する、ダイナミックな手術だと寺岡は言う。

micro-TESEは精巣への負担があり、繰り返し安易に行える手術ではない。初回不成功後に再手術を検討する場合もあるが、成功率やリスクを慎重に評価し、チャンスは一回のみのことも多い。日本で手術を受けられる施設はまだ少ない。寺岡が学んで帰ってきたことで、今ではとりだい病院でも可能になった。

■不妊に悩む方にも何か貢献できないか

次世代の生殖医療を担うのは医師ばかりではない。助産師の松本知美は今年7月から不妊カウンセラーとして活動している。

松本は中学生のころに助産師を志し、とりだい病院に入職して夢を叶えた。

「大学病院で出産する患者さんはハイリスクな要因を抱えていることが多く、そのぶん分娩は毎回緊張感があります。でも、それを乗り越えて赤ちゃんが生まれてきた喜びを分娩室で一緒に共有できるのは助産師の特権です」

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/minianne

とりだい病院では産科の看護師・助産師も女性診療科の外来に出るため、不妊に悩む方を担当する機会は以前から多かった。処置をしながら気になっていたのはコミュニケーションだ。

「妊婦さんにはいろいろ不安にならないよう積極的に声かけしています。不妊のことで来られる方もおそらく不安を感じていて、本来なら妊婦さんと同じように声かけすべきです。でも、私に不妊の知識が足りないから、『下手に声をかけて質問に答えられなかったら、余計に不安にさせるのでは』と躊躇してしまう。それが自分でももどかしかったです」

不妊に悩む方にも何か貢献できないか。そう悩んでいたところ、師長から背中を押されて不妊カウンセラーの資格を取得した。

「不妊カウンセラーに何かを決める役割はない。求められているのは、患者さんに寄り添って不安な気持ちを吐き出してもらうこと。そう聞いて、私でもできることがあると思いました」

■不妊治療の受診から妊娠まで平均5~6年

とりだい病院ではしばらく不妊に精通した看護師が不在だった。松本に寄せられる期待は大きい。

「意識したいのは、スタッフと情報共有すること。実は先日初めて不妊治療のカンファレンスに出ました。不妊カウンセラーが橋渡し役になってカンファレンスの内容を共有すれば、みんなで患者さんを支えられる。そんな環境をつくりたいです」

高度生殖医療センターという器はできた。そしてその中身となる人材もそろいつつある。しかし、センター長の谷口は、まだまだ足りないと言う。

「例えば顕微授精は針の先に糸を通すような手先の器用さを求められ、私より胚培養士のほうがずっと得意です。ただ、都会には十数人の胚培養士を抱える施設がある一方、とりだい病院は現状で一人だけ。その他にもまだ不足気味の職種も多い。早く充実させたいですね」

そして患者への啓蒙も必要だと考えている。

不妊治療を受け始めてから妊娠するまで平均5~6年もかかっているというデータがある。一般的な治療から始めて、次に成功率の低い人工授精、それからやっとARTというようにステップを踏むケースが多いからだ。ただ、5~6年の間に妊孕能が低下して途中で治療をあきらめてしまう患者は少なくない。

谷口は子どもを望むカップルに向けて、こうアドバイスをしてくれた。

「重要なのは、妊娠しにくいかなと思ったら、できるだけ早く専門の医療施設で受診すること、そして結果が出なければすぐ早く次のステップに進むことです。とりだい病院はセンター化で、さまざまな患者さんに寄り添って対応できる体制ができました。これからさらに受診しやすい体制をつくっていきます。ぜひ気軽にご相談いただきたいですね」

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村上 敬(むらかみ・けい)
ジャーナリスト
ビジネス誌を中心に、経営論、自己啓発、法律問題など、幅広い分野で取材・執筆活動を展開。スタートアップから日本を代表する大企業まで、経営者インタビューは年間50本を超える。
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(ジャーナリスト 村上 敬)