熊本の避難所で「女性被災者がお風呂に入れない」事態も “介護ボランティア頼み”限界…国主導の体制整備が必要なワケ
「もう家の再建は無理だと諦めています」――。震度7を観測した「令和8年熊本地震」の被災地で、高齢女性がつぶやいた言葉です。
35年にわたり高齢者介護の現場に立ち、阪神・淡路大震災や東日本大震災など数々の被災地で支援活動を行ってきた筆者が、災害時における福祉・介護の役割と、平時から続く構造的な課題について、現場からの視点でレポートします。(本文:ホームヘルパー・藤原るか)
私は、高齢者宅を訪問する仕事に35年間携わってきました。その中で、1995年の阪神・淡路大震災発生での公務派遣を皮切りに、新潟中越地震、東日本大震災、能登半島地震など、多くの被災地で主に介護分野でのボランティア活動を経験しました。
これらの活動を通じて痛感するのは、自然災害が繰り返される日本において、国の施策が被災者や現場の介護職員の実情に追いついていないという現実です。
本来、災害時における要配慮者の保護や避難所での適切な介助体制は、国が責任をもって法制度化し、迅速に予算や人員を投じるべき領域です。しかし現実は、国としての専門職派遣システムや緊急予算の措置が十分ではなく、結局は自治体の判断や民間ボランティアの善意に頼らざるを得ない状況になっています。
入浴支援「テルマエ・クマモト」への参加私は今回の熊本地震発災後、東洋大学で災害ケアを研究する八木裕子さんから打診を受け、危機管理教育研究所の国崎信江さんが立ち上げた民間主導の入浴支援プロジェクト「テルマエ・クマモト」に参加することになりました。
「テルマエ・クマモト」は、被災地での衛生環境悪化を防ぎ、自力で仮設風呂に入れない高齢者や要介護者に介助付きの温かいお風呂を提供することを目的とした緊急支援ネットワークです。
災害時、自衛隊などが設営する大型の仮設風呂は、段差や手すりの問題から身体の不自由なお年寄りが利用するのは困難です。そこで国崎さんは能登支援での経験を生かし、発災翌日には現地入り。いち早く入浴支援の必要性を訴え、高齢者施設や避難所へ巡回できるよう、行政や支援団体との調整を進められていました。
私の職場(訪問介護事業所)でも、「私たちにできる最善の形で支援しよう」と、職員の派遣体制やカンパの募集についてすぐに理解を得ることができました。こうして私は介護ヘルパーとして、発災から2週間後と1か月後の2回、それぞれ4泊5日の日程でボランティアチームと共に被災地へと向かいました。
入浴支援はなぜ、高齢者の“命綱”か派遣先では熊本市内に宿泊し、そこから車で八代市へ移動しました。2016年の熊本地震の教訓から道路が補修しやすい二重構造で整備されていたこともあり、時速20kmの制限はあったものの、幹線道路は通行可能でした。
活動の中心となった八代市や氷川町では断水が続いており、入浴支援はまさに高齢者の命綱でした。
入浴ができない状態が続くと単に「不快」というだけでは済みません。高齢者の場合、皮膚の不潔状態からあせもや感染症、褥瘡(じょくそう。床ずれのこと)が悪化するリスクが一気に高まります。また、温かいお湯に入れないことによる自律神経の乱れや睡眠不足は、心身の体力を奪い、災害関連死につながる恐れもあります。
現場では、県の給水車を水源とし、日本在宅介護協会から派遣された巡回入浴業者の車両が、特別養護老人ホーム、有料老人ホーム、デイサービスセンター、そして一般の福祉避難所などを巡回しました。
私たちのチームはボランティアで構成されていましたが、多くの課題に直面しました。特に避難所は、施設職員が常駐しているわけではないため、ボランティアが直接入浴介助を担います。しかし、ボランティアは必ずしも介護の専門職ではありません。
また、プライバシー等の観点から同性による介助が必須となるため、女性ボランティアがいなければ、女性の被災者が入浴する機会を提供できません。
誰が、どのように被災者の尊厳を守るのか。避難所の運営体制そのものを国レベルで見直す必要性を痛感しました。
現場で聞いたさまざまな立場の「被災者」の声活動の合間には、現地の施設職員の方々からもお話を聞きました。みなさん、ご自身の家の片付けは後回しにして、職場である介護施設の機能を維持することを最優先にされていました。
「朝4時に起きて、子どもの通学の準備をします。八代から宇土までは代行バスが出ていますが、普段なら30分の距離が道路事情で2時間もかかるんです」
「弱音は言っていられないけれど、調理ができないので食事はレトルト食品やパンばかり。食事を楽しみにしているお年寄りに申し訳ない気持ちです」
「仕事が終わると、水道が使える地域のコインランドリーへ洗濯に通うのが日課です。急いでいかないと間に合わないのがつらいですね」
また、入浴介助の際には、利用者である高齢者の方々とも言葉を交わしました。出身を尋ねると、多くの方が「熊本」ではなく、誇らしげに「八代」と答えるのが印象的でした。
ある方は、「親戚はみんな避難所にいるけれど、自分はここで泊まれて良かった。でも、もう家の再建は無理だと諦めています」と静かにつぶやいていました。
この方のように、発災時刻が夕方だったため、デイサービスなどを利用していて倒壊した自宅から離れており、九死に一生を得て、そのまま施設に避難しているという高齢者も少なくありませんでした。
災害現場における福祉や介護の役割は、単に「身体的なケア」にとどまりません。被災者の苦悩に寄り添い、受け止めること――それもまた、介護に携わる私たちが果たすべき重要な専門性です。
こうした専門性を活かすためにも、現場の高齢者を置き去りにしない国主導の支援体制の構築と、福祉の力が正しく評価される社会の実現を切に願っています。
■藤原るか
訪問介護事業所のヘルパー。学生時代に障害児の水泳指導ボランティアに参加したことから福祉の仕事に興味を持ち、区役所の福祉事務所でヘルパーとして勤務。介護保険スタートにあわせて退職し、以来訪問ヘルパーとして20年以上活動している。「共に介護を学び合い・励まし合いネットワーク」主宰。

